ペット扱い
「メルモーザの位置はここです」
壁に銀河系が映し出された。その中の一点が拡大。たくさんの恒星が輝いていて、その中の一つが強調表示される。
「いや、全然わからないけど、どこ?」
「……ここです、としか言いようがないので」
地球との位置を比較してほしかったけれど、向こうもそれを知りたくて困っているというのだから、どうしようもない。
「じゃあ、大英博物館って言うのは?」
「地球にあったとされる、有名な博物館です。ご存じありませんか?」
「いや、名前は聞いた事があるけど……本物じゃないだろ」
しかも「元祖大英博物館」だ。元祖とか言い出すのが怪しい。
「そのようなことは言わないでください。お嬢様が気を悪くします」
「……わかったよ。それで、これから俺はどうしたらいいんだ?」
帰りたいが場所がわからないし、わかったところで、宇宙船とタイムマシンが必要だ。ほぼ帰れないと考えていいだろう。
「その件については、お嬢様が処遇を決めると思われます。ただ……、あなたは男性ですね?」
「ああ。それが何か?」
「実は、お嬢様は……」
メイド少女は何か言いかけ、はっとなって姿勢を正した。何が、と思っていると、壁の一面が消滅して隣の部屋とつながる。
向こうの部屋には五人ぐらいの女性がいた。一人を除いた全員が、メイド服を着ている。
中央に立つ若い女は、オレンジと黄色のドレスに身を包んで頭に宝石がきらめく髪飾りをつけている。これが「お嬢様」か。
「もういいわよ、レコア。必要な情報はとれたでしょ」
宝石キラキラ女は、この世の全てをバカにしたような表情で、俺の前に立つ。
今まで俺の相手をしていたメイド少女は、レコアという名前らしい。そのレコアがキラキラ女に言う。
「アドル様、安全が確認されていません。直接接触には早いかと」
「別にいいじゃない。あんたの防衛機構も反応してないみたいだし、即座に悪影響のある細菌とかはいないんでしょ」
何か物凄く失礼な物言いをされている気もする。確かに、検疫は重要かもしれないけど……。
だからと言って、メイドをカナリヤ代わりに使うのもどうなのか。
むしろ俺は大丈夫なんだろうか? 9000年後の進化したインフルエンザとか免疫が対応できないかも。
「この少年の処遇ですが、どういたしますか」
「さすがに人間もどきを展示物にはできないわね。まあ、処分しちゃっていいんじゃない?」
処分って何? 翻訳が間違ってないなら、殺すって意味だよね?
慌てて会話に割り込む。
「え? ちょっとまって、もしかして俺、殺されるの? いくら未来でも人権とかあるでしょ?」
「何? あんた人間なの? サルの亜種じゃないって証明できる?」
「証明?」
また滅茶苦茶なことを言う。外見的特徴を見るだけでも、人間だってわかるだろうに……。
「あなたを情報源以外の理由で欲しがる国家があるなら、引き渡してもいいけど、ないでしょ?」
「に、日本とか……」
「二ホン? それは9000年前のソルにあった国の名前?」
あ、まずい。ここで俺が殺されても法が適用されないし、国際問題にもならないのか?
レコアが口を挟む。
「ペット、という扱いにしてはどうでしょうか?」
「は? 私はこんなのいらないけど?」
「では私が飼います」
「……あんた、本気で言ってるの?」
「しかし……いくらなんでも殺すのは……」
レコアが食い下がってくれる。キラキラ女はため息をつく。
「まあいいわ。あなたが責任を持って飼えるというのなら、飼ってもいいわよ」
「ありがとうございます」
「とりあえず、あんたの部屋にスペースを用意してやりなさい。5000クレジットまでの使用を許可するわ」
キラキラ女は、俺を追い払うように手を振る。
レコアが俺の手を掴む。滑らかな肌触りで暖かい手だった。
「来なさい。部屋に案内します」
「あ、ああ……」
レコアは妙に早足で歩く。廊下を歩いて、右や左に何度も曲がって、ようやく目的地らしき場所にたどり着いた。
ドアをくぐると、そこは六メートル四方の部屋があった。
あのドアはたぶんユニットバスだな、あっちのドアは物置かな? とか、それぐらいしか言う事がない。本当にベッド以外には何の家具もない、殺風景な部屋だった。
「ここが君の部屋なの?」
「そうです」
ここで共同生活を送れと? いいのかそれ。などと思っているとレコアは壁際の端末を操作する。
「あなたのためのスペースを、今用意します。少しお待ちを」
いかにもロボットという感じをしたロボットがドアから入って来た。
一メートル四方の薄い板のような物を何枚も、部屋の隅を四角く囲う。
「部屋を作るのって簡単なんだな」
「あなたの時代とは違うかもしれませんね」
新しくできた部屋に入ってみる。どうやら簡単な鍵が外から掛かるようになっているらしい。
中は四畳半ぐらいの広さ。畳がないのが気になるが、以前から暮らしていた部屋と似たような物だ。
ベッドと小さなテーブル、壁際には流し台。部屋の端にトイレとシャワーがあった。ただしシャワーは水が飛び散るのを防ぐカーテンしかないし、トイレに至っては目隠しすらない。
本当に最低限の設備だ。
トイレとシャワーが設置されたという事は、基本的にこのスペースから出るなと言っているのか。いや、出たすぐ外が女の子の私室であることを考えるとやむを得ないとは思うけど。
俺はため息をついてベッドに座る。
「それで、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「いえ、何も……先ほど記憶をコピーしましたので。あなた自身はもう不要なのです」
「不要って、どういう事だ?」
あれで終わりなら、なんで召喚するの?
レコアは言いづらそうに目を逸らす。
「過去物体複製装置は、人間だけを呼び出す装置ではないのです。運が悪ければ石とか土とか、運が良くても何かの残骸とか植物とか、そんな物しか呼び出せません。ソルと関係があるかどうかも怪しい物です。銀河帝国時代なら、公共交通機関の看板のような物を召喚したのが最大の成果だったと言われています」
「え? じゃあ、俺は、凄いんじゃないの?」
「どうでしょう? ここ百年ぐらいだと二十人ぐらいは成功例があるようなので、微妙です」
「そっか……」
微妙な貴重度だな。
「既にあなたの記憶はコピーしたので用はありません。DNA情報的にも、私たちと大きな違いがあるわけでもないので……。あなたの肉体自身には何の価値もないのです」
価値がない。言われると落ち込むな。
「ですが、気を付けてください。あなたを標本にしたがる人がいるかもしれません」
「うえええ? 標本?」
「あなたの現在の立ち位置は、私のペットです。ペットとして扱われるのは嫌な気分になるかもしれませんが、私の所有物である以上、あなたに危害を加えるのは違法です。これがあなたの生存権を主張できる唯一の方法です」
「人間としての生存権は、無理なの?」
「申請だけはやってみますが、あまり期待しないでください」
「そっか……」
このよくわからない世界で、俺はなんとかやっていくしかないみたいだ。
レコアは念を押すように言う。
「ペットとしての登録が完了されるまでに、十日間の猶予期間があります。その間に何か問題を起こした場合、申請自体が取り消されます。たぶんあなたは殺されます。私でも助けられないので気を付けてください」
「問題なんか起こさないよ」
よくわからないが、たった十日だろ。部屋から出る事すら制限されている俺が、どんな問題を起こすというのか。
しかしレコアは俺を睨む。
「登録が終わったからと言って、問題を起こしていいわけではないですよ? その責任は私が負わされることになります」
「わかってるよ」
「もちろん私を不快にさせるようなこともダメです。私があなたを助けたのは、ただの同情からです。勘違いしないように」
「お、おう」
なんだよ。ツンデレみたいなこと言って……。