★無自覚だったのか★
りりんの様子が、さっきから、少しおかしい。
その事に気が付いたのは、彼女の指先に口づけを落とした少し後の事。
彼女は、私が指先に口づけを落とした後、赤くなったり青くなったり。
挙句の果てには私の顔をじっと見つめて、困った顔をしたりと、表情の変化が著しい事この上なかった。
今も、なんだか、後ろめたそうな表情をうかべつつ、つる草の表皮を剥ぐ作業に勤しんでいる。
(おそらく、イカ下足君たちと一緒に作る事になった釣り竿用の釣り糸を作ろうとしているのだと思う。)
そんな彼女の百面相を眺めながら、私は少し、安心していた。
なにせ、彼女はこのセカンドワールドで私と顔を合わせて以来、普通に恋人同士のようなそぶりを見せながらも、まるで姉弟であるかのような心持ちで振舞ってきていたのだ。
――最も、その事に私が気付いたのも、こうやって、彼女がおかしなそぶりを見せ始めたからではあるのだが……。
表情をクルクルと変化させる彼女の心の中を想像するのは、思いの他、簡単だ。
今、なにやら後ろめたそうな雰囲気を辿よわせる表情を浮かべたところから察するに、『弟に対するような』とか、もっと悪ければ『愛玩動物に対するような』気持ちを私に向けていたんじゃないかとでも言う事に気が付いたのだろう。
悲しい事に、おそらくそれ自体は事実だ。
少し冷静になって思い返してみると、セカンド・ワールドを始めてからリリンがしてきた行動のアレコレが、身内の人間に対して真ん中の従妹がやっている行動と被るのだ。
ルナはいつもではないものの、兄のレイと手を繋いで出かけて行く事もあるし(少しだけ、引きずっているように見えなくもないが)、外町などで彼がしつこく女性に声を掛けられたりした時には自らを兄の『恋人』だと称して相手を追い払ったりしていた事もあるらしい。
まるっきり、初日のリリンの行動ではないか。
その事に気が付いた瞬間、ちょっぴり、泣きたくなってしまった。
ただ、今、彼女の中にある感情は、それとはまた違うもののように思える。
なんだか、リリンの中で私の存在が『弟』や『愛玩動物』から『一人の男』として認識され始めてるのではないかと言う、そんな感覚だ。
頭の中で必死に何やら考え続けていたリリンが、頬を染め、気まずげに俯きながらもチラリとこちらを上目遣いに窺い見るその姿に、なんだか胸のあたりをギュッと掴まれたような感覚にとらわれる。
多分、これが、『胸がキュンとした』とか言う感覚に違いない。
その表情をもっと良く見たくて思わず、作りかけの仕掛けを放り出して彼女の足元に片膝をついて、その顔を覗き込む。
「……アル……??」
その行動に対して返ってきたのは、当然のことながら、彼女の戸惑いの声。
その声が、いつもの彼女らしくなく戸惑いと後ろめたさに少し震えているというだけで、胸が少し締め付けられるような感覚を覚える。
「――なんだか、君が、妙な勘違いをしているよな気がしたのだ。」
少し、間をおいて口にした言葉は、自分の想定以上に落ち着いて聞こえたのではないかと思う。
「勘、ちが……い?」
「うむ。」
彼女は驚いたように、私の言葉を繰り返して、その意味を問うように視線を向けてくる。
その金茶色の瞳が頼りなく揺れる様に心を奪われかけながらも、何とか言葉を繋ぐ。
多分、今この時を逃したら、リリンの中での私の立ち位置が『弟』だとか『愛玩動物もどき』で固定されてしまいそうだ。
今後、『男』として見てもらう事が出来なくなる、なんて事は許容できない。
だからこそ、気合を入れて声に力を籠めた。
「私は、君の弟でも、愛玩動物でもない。」
切り出したその言葉に、リリンは、ほんの瞬きほどの時間だけ私から目を逸らす。
――危なかった……。
やはり、彼女はそういう方向に自分の気持ちを理解していたらしい。
その反応に、ため息を吐きそうになったものの、それを何とか呑み込んで言葉を続ける。
「――その事は、君も重々承知のことだと思う。君だって兄妹や、愛玩動物、指先に口づけされたからと言って、自分が赤面することがないなんてことは、重々承知だろう?」
「……う、ソウデスネ……。」
やはり、彼女はそちら方向に思考を逸らそうとしていたらしい。
このまま放置していたら、いくら求愛しても彼女の心に届かなくなってしまうところだった。
自信なさげに揺れる瞳を見つめながら、ゆっくりと、彼女に私の気持ちを伝える。
「少なくとも私は、『リリン』と言う『女性』に対してだからこそ、あのような行為をしたのだ。」
「――ああいうのって、アルのところでは女の子に普通にやるの?」
私の言葉に彼女から返ってきたのは、不安げな声。
「他の者はどうだか知らない。ただ、私は好きな女性以外に積極的に触れたいとは思わない。」
「……そっか……。」
――そう言えば……。
ふと思い出したのは、毎日の別れ間際の行為。
アレは、兄弟や愛玩動物にはやらないのではないだろうか?
「それよりも、君の方こそ兄弟や愛玩動物に対して、いつもああいう事をするのかね?」
「ああいう事??」
キョトンとした表情で、首を傾げる彼女の耳元に小さく呟く。
「エスキモーのキス。」
「!!!!!」
途端に、火でも噴くんじゃないかと思ってしまうほどに真っ赤に染まる彼女の顔。
いたたまれないとばかりに両手で顔を覆ってしゃがみ込むその姿に、ホッとする。
結局、リリンと私の気持ちは同じ種類のものだったのだ。
彼女は何故か無自覚で、私の方には自覚があったというだけの事で。
なにはともあれ、コレで彼女もきちんと自覚してくれたことだろうし、一件落着だ。
リリンがこんなに恥ずかしがる姿なんて、そんなに見る機会もなさそうだから、今はこの姿を堪能させてもらう事にしよう。
私は、真っ赤になった頬を押さえてしゃがみ込むリリンの姿をたっぷりと楽しませてもらった。
これはこれで、意外と良いものだ。
――ああ、でも……。
「リリン?」
「……うい?」
「改めて今日から、私と結婚を前提にお付き合いしてもらえないかね?」
「~~~~~~~~!」
再度、顔を真っ赤にした彼女からの返事は小さく頷く仕草だけ。
言葉での返答はなかったが、これはこれで、私は満足だ。




