第1章 ①
ガチャンっと激しい音と共に食器が吹っ飛んでいくのを、光ヶ咲穂南は複数の子供たちの泣き声や騒ぐ声をBGMに遠い目で眺めていた。
「ほなちゃん、ギーくん炎ふいてるよー」
「やめてよ、やめてよ!」
「泣き虫~。お前人狼のくせにすーぐ泣く。泣き虫泣き虫~」
子供たちが食事をするにはあまりにも不向きな調度品や食器が並ぶテーブルに座りながら、穂南はどうしてこうなったと一瞬だけ遠い目をする。
(叔父さん~これは聞いてないよ~っ)
噎せながら火を吐く子供や頭に動物の耳や尻尾がついている目の前の子供たちは、見た目通り人間ではない。まさか自分が人間以外の子供たちの面倒を見る羽目になるなど、叔父から頼み事を聞いた時は思ってもいなかった。
おおよそ人間の子供ならばできないであろう部屋の惨状に、穂南は叔父に頼まれたあの日のことを思い出していた。
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「穂南さ、夏休みちょっとバイトしない?」
キッチンで夕食を作っていた穂南は叔父である隼人のそんな一言に手を止めて目を瞬かせた。
「バイト?」
幼い頃に両親を不慮の事故で亡くしてから、隼人が親代わりとなって男手一つで育ててくれた。本当の家族同然に愛情をかけてくれた叔父の頼みならば、穂南に断る選択肢は端からない。
「いいよ」
「いや、お前さぁ、内容聞いてからとかにしなさいよ」
「変なことはさせないでしょ」
信頼からくる言葉に、隼人は「そうだけどさぁ」と頭を掻いて苦笑いする。
夕食の支度を再開させながら隼人をチラリと見ると、彼はソファでくつろぎながら続けた。
「穂南保育士目指してるじゃん? だから練習も兼ねて知り合いの子供たちの面倒を見てほしいんだよね。ベビーシッターみたいな」
「知り合いの子供たち? いいけど、人数は何人いるの? ボランティアで保育園行ったことあるけど、一人で見られる人数って限られるよ」
「七ひ……七人いる」
「七人!? 経験ないのに一人で見れるかな……」
さすがに命を預かる手前躊躇いが生まれる。もし怪我をさせても大変だ。
「一応お世話係みたいなのが常駐してるから、いざとなったらそいつらを頼ればいいよ。ちょっと元気が良すぎる以外、良いとこの子供だからそこまで手がかかんないはずだからさ。……ダメ?」
暫く考えてから、他にもお世話をするがいるならばと了承する。
「本当か? あー良かったぁ……人が見つかんなくてどうしようかと思っててさ。穂南なら安心して任せられる」
「また調子の良いこと言って」
「いや、ホントホント。……ちなみに泊まりなんだけど」
「それを先に言ってよ」
後出しのようなことをする隼人に呆れていると、彼は穂南の顔色を窺うような顔をした。
「夏休み潰れるし、やっぱ無理か? いや、無理ならいいんだ、断る」
「別に夏休み潰れるのは気にしてないよ。それよりも、私がいない間叔父さんのご飯はどうするの? 料理できないでしょ」
「あ、そこなのね。面目ない、情けない叔父さんでごめんなぁ」
外ではきちんとした格好でバリバリ働いている隼人だが、家事一切できないズボラな男だった。
「ま、デリバリーか後は家事代行頼むから俺のことは気にすんな」
あまり信用ならないが、とりあえず彼が困っているなら力になりたい。そうして、穂南はシッターの件を了承したのだった。
それからあっという間にバイト当日を迎えたのだが、その時の違和感に回れ右をして帰るべきだった。叔父の車で送ってもらったのは山の中だった。道と呼ぶのを躊躇うような道なき道を行くと、山の中にポツンと一つ扉が現れた。扉の奥は人が一人歩けるだけの細く長いトンネルのようなものが続いていて、少しだけ不安に思いながら隼人に着いていくと、トンネルを抜けた先は別世界だった。
文字通り、別の世界なのである。
漫画やゲームで見るような異国めいた造りの建物に、行き交う人々の人間離れした外見。獣の耳や尻尾のある者、長い耳をもつ者、額に角がある者、背中に翼がある者など多種多様である。最初こそコスプレイベントかとも思ったが、空を羽ばたくドラゴンのような生き物を目にして自分の目を疑った。
「え、叔父さん、なにこれ……」
呆然と隣の隼人を見上げれば、彼はエヘッと可愛い子ぶって笑うのだった。




