プロローグ
「お前は、もう用済みだ!」
とある屋敷の門でルールーは突き飛ばされた。
門の内側には、ルールーの夫のネルト、友人のリコがいる。
ネルトはルールーを見下ろし、びっと指さし、リコはその腕に抱きついている。
舗装されていない砂利道に打ちつけられたので、尻も手も痛い。
砂埃をはらって、立ち上がる。
「怪しいとは思っていたけど、まさかリコとはね」
きりっとにらみつける。
「ネルトは、いつも私のことを綺麗って、言ってくれるの。あんたとは違ってね」
ふふん、と得意げに笑う。
「ネルト、ねえ」
ネルトの浮気を疑っているとき、ネルト様と呼び、しおらしく心配してくれていたのに、いつの間に呼び捨てするようになったのか。
「俺は、リコと結婚する。お前は、出ていけ」
「あなたのものは私が有効活用してあげるわね」
そう言い捨てると、門がしまり、二人は館へと入っていく。
「奥様大丈夫ですか?」
ルールーのもとにメイドが駆け寄ってくる。
「これくらい大したことないわ。ほら、さっさと行きましょう」
ルールーとメイドは、少し歩いた先で馬車に乗り込む。
馬車は、ガタガタと進んでいく。
「呼んでおいてよかったわね」
「そうですね。元々出かける予定でしたし」
「ええ」
ドレスの下からアクセサリーをいくつも取り出す。
「このあと売りに行くつもりだったものね」
ふふ、と得意げに笑う。
「あのクズが浮気をしていることが分かってから、荷物を少しずつ実家に送っていて、よかったですね」
「少し前まで主人だった人相手によく言うわね」
「私の主は、拾ってくれた奥様のみですので」
メイドはルールーに一礼する。
「離縁するために、実家に話したり、動いてはいたからね。まあ、実家から絞れないと思ったから、見限ったんだろうね。浮気したあいつから離縁を言ってくるのはむかつくし、相手が親友のリコなのは腹が立つけど」
「一発くらい殴っても許されますよ。今からでも忍び込みますか?」
「もうあいつらと関わりたくないし、いいわ。家に何もないことが分かって、追いかけてくるかもしれないもの」
「家具家財は、ほとんど奥様の実家から持ってきたものですからね」
「ええ。実家のものは実家に返すのが筋よ。浮気して、ろくに家に帰ってきてないから、ずっと気づいてないみたいだったけどね」
「それで、奥様はこれからどうされるんですか?」
「そうねえ。一度実家には帰るつもりだけど。でも、治安悪いから、無事に帰れるかしら」
「私が奥様をお守りします」
「ありがとう」
微笑みかける。
「それと奥様はもうやめてちょうだい。もうあいつの嫁じゃないんだから」
「失礼いたしました。では、お嬢様?」
「もう、そんな年でもないわね。名前で呼んでちょうだい」
「…はい、ルールー様」
「様もつけないでいいんだけど、それはまたおいおいね」
馬車の窓の景色が変わっていくなか、二人はたわいもない話をしていく。
「…ルールー、ルールー」
馬車でもたれかかっていたルールーは、呼びかけられた声で目が覚める。
「私、いつの間に寝ていたの?」
寝ぼけ眼をこする。
馬車の外はすっかり夕暮れになっていた。
「パーティーの前に宿に行く予定がすっかり遅れてしまったわね」
声をかけた女性は、窓の外を眺めていた。
その姿を見て、驚いたルールーは崩れ落ちる。
「リ、リコ?」
ルールーを裏切った元親友であった。
「そうよ。ふふ、寝ぼけちゃった?」
長い時間馬車に乗っていたものね、と本性を現す前のたおやかな笑みを浮かべる。
「う、うん頭混乱してる」
辺りを見回してみると、メイドの姿はない。
自分一人だけ捕らわれてしまったようだ。
それにも関わらず、手も足も縛られていないので、リコを何とかすれば逃げられそうだ。
「何のつもり?言っておくけど、家具はとっくに実家に送っているから。まあ、ジュエリーくらいなら置いていってあげるけど」
どうせネルトから贈られたが、趣味の合わなかった代物だ。
派手に着飾っていたリコには気に入るものだろう。
「何言ってるの?今日のパーティーでろくに着飾る気のないルールーに、ジュエリーを貸してあげると言ったのは私でしょ?本当は持っていたの?まあ、どうせルールーのセンスは地味だから、そのまま私の使っていいわ」
「え?」
この会話には心当たりがある。
まだ親友だった頃。
学園を卒業したばかりの、ルールーとリコの二人で、最低限の侍従だけで旅行したときのことだった。
とある街に滞在しているとき、馬車で数時間乗った先の港町の貴族がパーティーを主催するという話を聞いた。
社交にあまり興味のないルールーは乗り気ではなかったが、パーティー大好きなリコが、パーティーの豪華な食事をえさに、誘ったのだった。
何かのときのために、普段使いのワンピースの他にドレスは持っていたが、普段のパーティーからジュエリーを身につけることが少なかったルールーは、持ってきていなかった。
まだ婚約者のいない二人は、誰も知らない街のパーティーで見つけるチャンスだと、いつも以上に着飾ろうと、リコがジュエリーを貸してくれると言ってくれたのだった。
改めて、窓の外を見る。
ネルトの住んでいた館からは馬車で何日もかかる海が広がっていた。
「え?」
そして、薄く映る自分の姿は、着ていたドレスが違うこともあるが、まだ十代の若い姿だった。




