表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

創作

 ここまで鮮明に夢を覚えていること自体が、すでに異常だった。

 シロエは静かにコーヒーを淹れ、立ちのぼる湯気を横目にノートを開く。白いページに、迷いなくペンを走らせた。

 ――量子空間

 ――レベル

 ――シリーズ三三三。

 文字にした瞬間、夢の情景が蘇る。断片ではない。曖昧でもない。それはまるで、昨夜“実際に”足を踏み入れた場所の記憶だった。

 まず、量子。

 人類が世界の最小単位を求め、辿り着いた深淵。数式と仮説の果てに広がる、答えなき領域。資料を読み進めるうちに、ある一文が目に留まる。

 観測された瞬間、状態が確定する。動かなくなる。

 「……意味が分からない」

 思わず呟く。

 だが、夢の中の量子空間で出会ったセディーは、確かに“存在”していた。曖昧な粒子ではない。輪郭を持ち、視線を交わし、言葉を交わした。それは、観測に値しないからか?それとも――夢という媒介が、現実とは異なる観測者を生み出すのか。現実から量子空間を直接覗くことはできない。だが、夢を経由すればどうだ。夢は観測ではない。干渉でもない。夢と量子の関係を考えたとき、背筋に冷たいものが走った。

 レベル。

 セディーは上限の存在を示唆していた。しかし、その先は彼女にも分からないという。レベルが上がれば、量子空間で出来ることが増える――おそらくそうだ。

 だが、どうやって?セディーは、どうやって私のレベルを引き上げた?

 シロエは質問を書き連ねる。

 そして――シリーズ三三三。

 シリーズは自分の世界を識別する番号。それ以上の意味は見えない。だが、セディーの口調には確かな“違い”があった。三三三は他にもシリーズを凌駕する特殊なものだと。

 無数に存在する量子空間のうちの、ひとつに過ぎないのだろう。セディーはその世界の特殊を引き延ばす為にレベルを上げたのだろう。考えがそこに至った瞬間、はっとする。

 「……どうやって量子空間に入るのか、聞いてない」

 痛恨のミスだったが、だがすぐに、冷静さを取り戻す。レベルは上がったみたいだから、また会えるでしょうね。毎晩でも。

 ……毎晩?

 思考が止まる。

 「待って。毎日量子空間で活動してたら、脳が休まる時間はあるのかしら。睡眠を阻害するものでない事を祈るしかなわね?」

 夢が活動になるなら、それは休息ではない。ノートに走り書きを加える。

 疑問は増え続ける。だが、それは恐怖ではなかった。むしろ、確信に近かった。量子空間については、まだまだ学ぶことは多そうだとシロエは予測した。

二時間が過ぎていたが、結局、結論はひとつだった。

 何十年も研究している学者たちが未だ掴めない領域を、夢を見ただけの自分が理解できるはずがない。焦るな。答えは向こう側にある。シロエはノートを閉じ、深く息を吐く。探偵としての現実に戻るように気持ちを切り替えた。


 その夜。シロエは胸の奥で小さく祈りながら、そっとベッドに身を沈めた。

 ――どうか、またセディーに会えますように。

 意識がゆっくりと沈んでいく。境界がほどけ、世界が反転した瞬間だった。

 ==========

 「はい、はい、帰ってきたわね。もう……いきなり飛び出して行くんだから」

 「えっ」

 目の前に、まるで瞬間移動でもしたかのようにセディーが現れ、開口一番に叱られた。あまりの急展開に、シロエの思考が追いつかない。

 「“えっ”じゃないわよ。話、まだ途中だったのに。空間を行き来する者はたまに戻ると話をした事を忘れる者が居てて、初めからやり直しって事がよくあるのよ。今のシロエの様子を見ている感じでは、戻っても忘れなかったってことね。よかったわ」

 「えっと……じゃあ、もう量子空間に入ってるってこと?」

 セディーは呆れたように眉をひそめる。

 「私がここにいる時点で分かるでしょ」

 「だって、前はもっと遠くからゆっくり来てたのに……いきなり目の前に現れるから、心の準備ができてなくて」

 「シロエのレベルが上がったから”境界”がつながるようになったのよ。だから次からは、この“境界”を抜けたところから始まるの。覚えておいてね」

 「えーっと……じゃあセディーは、私が来るまでずっと待っててくれてるの?」

 「待つって訳ではないけど、当面はシロエと一緒よ。」

 「……当面一緒って……、他の量子人の人たちは?セディーがいなくて困らないの?」

 「困らないわよ。別の“私”が相手するから」

 「えっ」

 「“えっ”って、シロエはそればっかりねー。別の私がいるから大丈夫」

 「……ちょっと待って、意味が分からない。セディーって、何人もいるの?」

 「意味が分からなくても、いるんだから仕方ないでしょ。」

 シロエは理解が追いつかないまま、しばらくセディーの姿を見つめた。

 「……あれ?聞き流すところだったけど、“抜けたところから始まる”ってどういう意味?ここって時間が流れないの?」

 セディーは少しだけ表情を曇らせ、シロエに近づいた。

 「もう一度、三三三を調べさせて」

 そう言うと、彼女はシロエの額にそっと指を当てた。触れた瞬間、世界が静かに震え、シロエの内側に眠る“何か”が読み取られていくようだった。

 「――OK。“時間”ってやつを理解したわ。この空間には、そんな概念は存在しないわ。あれは三三三の世界が勝手に決めたルールよ。もっとレベルが上がれば――」

 セディーが言いかけた瞬間、彼女の隣の空間がゆらりと歪んだ。そこから、まったく同じ姿のセディーが滑り出るように現れて語る。

 「こういうことができるのよ。私はシロエの世界でいう“五秒先”から来た私」

 言い終えると同時に、元のセディーが霧のように消えた。

 「えっ……」

 「わかった?この世界には、あなたの世界でいう時間というものはないよ。レベルが上がれば、シロエ自身も自由に行き来できるようになるわ。そこまでレベルがあがるかどうかは、まだ分からないけどね。けど、シロエは今まで無意識のうちに未来を覗いたり、過去へ戻ったりしているみたいよ」

 シロエはぽかんと口を開けたまま、ふと何かを思い出したように目を見開いた。

 「あっ……たまに“閃き”が当たることがあったんだけど、それって……」

 「たぶん、そうね。無意識に先の世界へ踏み込んでいたのよ。レベルが上がれば、自分の歩んできた空間には意図的にどこでも移動できるようになる。けど、これから歩む空間にはどれだけレベルを上げても、三三三の世界でいう二週間先が限界ね。私のマスターは制限がないって噂だけど」

 「なるほど、時間で区切られるのではなく、空間情報が記録されて、その空間に移動する事ができる感じね。夢の世界みたい……あっ夢か……あっ量子空間か。」

 セディーが腕を組みなおして、シロエを見つめる。

 「あっそうそう、それ!レベルを上げる方法を聞きたかったのよ。いったい…」

 シロエが手のひらを向けて話を遮ると、セディーは小さく笑った。

 「その前に、こんな何もない草原じゃ落ち着かないでしょ。場所を変えましょう。シロエが“落ち着く場所”を想像して、“変われ”って念じればいいわ。その時、何かジェスチャーを加えると実行するようにするの」

 「あー、この世界を抜ける時みたいにってことね」

 「そういうこと」

 シロエは少し考え、指を軽く構えた。

 「じゃあ……こういうのはどう?」

 パチン、と指を鳴らした瞬間、世界が反転した。草原は消え、代わりに見慣れた事務所の空間が広がる。足元から白い霧の輪が立ち上がり、シロエの身体をすり抜けて頭上で消えた。

 「すご……これ、私がやったのよね」

 「そうよ。何でもできるわけじゃないけど、自分が“体験したことのあるもの”なら、ほぼ思い通りになるわ」

 「ふーん。ちなみにさっきの白いの、身体を抜けていったやつ……あれって“完了しました”って合図?」

 「レベルが上がったってこと。この世界を知ることでレベルは上がるの。レベルアップの余地が大きい間は、私が引き上げることもできるけど……ある程度まで来たら、自分で上げていくことになるわ」

 「なるほど。そういうのを聞きたかったの」

 「教えるつもりだったけど、その前に消えたのはあなたでしょ」

 シロエは肩をすくめて笑った。

 「じゃあ、“シリーズ”ってやつが何なのか教えてくれる?」

 「シリーズは、その人の特有の世界の番号。番号は世界が生まれた時にマスターが決めるの。世界は複雑さを表わす指標ね。普通は十以下。珍しくても百を超える程度ね。百を超える者は、この量子空間を事前に知るはず。……でもシロエ、あなたは私のことを何も知らなかったでしょ。百どころか三百越え、あなたは本当に特殊な存在なの』

 「なんか……それ聞くと、私ってめちゃくちゃ凄いんじゃない?完全に独走してる感じじゃない。同じような世界って他にもあるの」

 「同じような世界は数限りなくあるわ。その中でも特殊なのがシロエの世界。これからの自分を楽しみにしておくことね」

 「自分の思ったことが実現されるんだよね」

 「ふふっ。この場所だって、シロエが作ったんでしょ」

 「OK~」

 シロエは何かを思いついたように指を鳴らす。白い輪が再び身体を駆け抜けた。

 「おぉ、またレベルが上がったわね。……表に出てみましょう」

 表へ出ると世界が一変していた。そこは巨大な交差点のど真ん中。四方には、頂上が霞んで見えないほどの超高層ビル群が林立していた。夜空を突き刺すような光の塔が、無数の影を地上へ落としている。

 「うわ……本当に、こんなことまでできるんだ」

 「説明しただけで、これほどの力。それに、こんな短時間でレベルが上がる人、初めて見たわ。やっぱりシロエは特別ね」

 シロエは胸の奥がざわつくのを感じながら、ふと空を見上げた。

 「じゃあ……こんなことも、できたりするのかな」

 次の瞬間、二人の身体がふわりと浮き上がった。交差点がみるみる小さくなり、白い輪が三つ、淡い光をまとってシロエの身体を通り抜けていく。風が頬を切り、ビルの屋上へと着地したとき、遠くに広がっていたのは――都市ではなく、果てしない緑の平原だった。

 「……都市の周囲も想像しないといけないってことね。でも、夢の中では何も考えなくても最初から全部揃ってるのに。どうして今は何もないの?」

 「それは、揃っているように思っているだけ、無意識のあなたが全てが揃っていると都合よく理解しているだけ。広い世界のように見えるけど、無意識の時は見えている所だけが構築されるから、全てが揃っているように感じるわ』

 「なるほど……夢は夢で完結させる方がいいのか、今みたいに自分で作る方がいいのか……どっちがいいんだろう」

 「無意識の世界に戻したいなら、そう念じればいいわ。森だった時みたいにね。ただし――意識した瞬間、無意識が作ったものは消えるの」

 「むずかしいわね……。でも、この世界で私は何をすればいいんだろう。現実とは繋がってないんでしょ?」

 「量子空間を楽しんでいる人の多くは、現実でできないことを叶えているわ。美味しいものを好きなだけ食べたり、作ったり。猛獣を飼う人もいれば、絶滅した動物を蘇らせる人もいる。宇宙へ飛び出す人だっている。ここは“自由”そのものよ。まずは楽しむことを覚えてみたら?そのうち、自分でこの世界でしかできないことや目的が出来るわよ。やる事なければ出て行けばいいだけ。目的がない者は、無意識に戻ることが多いわね」

 「わかった。じゃあまずは、無意識の夢の世界に戻るところから始めるわ」

 「じゃあ今回はここで消えるのね。また会いましょう、シロエ」

 セディーが柔らかく微笑む。シロエは手を振り返し、無意識の夢へ戻る自分を強く思い描いた。

 パチン――。

 指先の音が響いた瞬間、世界が静かにほどけていった。

 ==========

 次の日から、シロエの生活は静かに色を変えた。夜が来るのが待ち遠しい――そんな感覚、今まで一度もなかった。眠りにつくたびにレベルが上がっていく自分が、まるで秘密の成長を遂げているようで、胸の奥がくすぐったい。


 「いらっしゃい。焼き立てのパンもあるよ」

 プラッドの声は、いつ聞いても不思議と心を軽くしてくれる。落ち込んでいた日でさえ、この声を聞けば、ほんの少し前向きになれた。

 「何か最近いいことあったみたいだね。かっこいい彼氏でもできたなら、この店に連れてきて紹介してくれよ」

 「彼ができたら、言われなくても連れてくるわよ。美味しいパン屋さんを紹介するってね」

 「そりゃいい。仕事が順調ってことでも嬉しいけど、何でも“いい顔”になる出来事があるのはいいことだ。今は客もいないし、コーヒーでも淹れようか」

 「そうね。プラッドも一緒できる?」

 「客が来たら対応しなきゃいけないけど、横で話を聞くくらいなら付き合うよ」

 香ばしい香りがふわりと漂い、プラッドは窓際の席に腰を下ろした。

 「お待たせ。何か相談ごとでもあるのかい」

 シロエは軽く手を振った。

 「相談ってほどじゃないわ。ただ、ちょっと雑談したかっただけ」

 プラッドは両手を広げ、なんでも話せと言わんばかりに笑う。

 「変な質問だけど……見たい“夢”ってある?」

 「見たい夢?」

 「そう。大金が入る夢とかさ」

 「大金を手に入れる夢なんて見たら、現実に戻った時が辛いだろう。それにこの歳だし、そんなにいっぱいお金があっても使う事がないしな」

 プラッドがにやけてながら続ける。

 「そうだな……あえて言うなら、若い頃に戻って、嫁さんと約束してたのに行けなかった遊園地に行く夢かな。最近はパンの夢ばかりで、嫁さんも出てこなくなっちゃったからな」

 プラッドは照れくさそうに笑った。

 「なるほど……そういうの、素敵ね。いい夢だわ」

 「おっと、ごめんな。お客さんだ。ごめんな、ゆっくりしてって」

 プラッドは立ち上がり、店のレジへ向かっていった。シロエは湯気の立つカップを両手で包みながら、胸の奥に小さな温かさが灯るのを感じていた。


 その夜の量子空間。

 シロエは“過去の自分”へ戻ることを意識してみたが、どうやら意識している限り、無意識が作り出すあの鮮やかな思い出には届かないらしい。過去の幸福は、意図ではなく“無意識”の領域に宿っている――そんな感覚だけが残った。

 「ねぇ、セディー。過去の楽しかったことを……夢として再現できないのかな?」

 「シロエはレベルの上がり方が異常なのは知ってるけど、クリエイターになろうとするのは、さすがに早いんじゃない?」

 「クリエイターって……夢を作れる存在ってこと?」

 セディーは顎に指を当て、少し考え込むように目を細めた。

 「シロエは特殊だから、試してみる価値はあるわね。花が開けばいいけど……やってみる?」

 「うん、うん、うん。何するのか全然わかんないけど、挑戦できるならやってみたい!」

 セディーが小さく呪文のような響きを紡ぎ、掌を広げる。すると、そこに三つの小さな光がふわりと生まれた。よく見ると、それは小さな天使のような姿で、三人がくるくると絡まりながら遊んでいる。

 「紹介するわ。サプリナ、シル、ケラー。彼女たちは“創造者の量子空間”から記憶空間を覗き、ランダムに記憶を取り出して、好き勝手に組み立てるの。クリエイターチームにも色々あるけど、この子たちは……まあ、悪ガキ三人組ね。強い記憶――つまり印象に残った記憶を中心に、他の記憶を混ぜて遊ぶタイプ。いちばん簡単な組み立てだから、まずは真似してみるといいわ」

 「えっと……まずは、この小さな天使みたいになればいいのよね。でも、自分で自分の記憶を覗けるの?」

 「ここはあなたの量子空間でしょ。記憶空間も同じような構造よ。ただ、記憶空間はその人の量子空間とつながっている。だから、ここからならシロエも自分の記憶空間に入れるわ」

 「……そういう仕組みなのね」

 シロエは深呼吸し、小さな天使たちと同じ姿になるよう強く念じる。指を弾くと、身体がみるみる縮んでいき、背中に小さな羽が生えた。羽ばたくたびに、身体がふわりと浮き、セディーの掌にいる三人の仲間のもとへ滑り込む。

 「こんにちは。シロエ。あなたの“三三三”のことは、私たちの間でも有名よ。一度でもあなたのクリエイターになれただけで幸運なのに、本人と作業できるなんて……もう最強って感じ~」

 サプリナが弾む声で話しかけてくる。

 「そうよね~。私たち、超幸運だわ。いい記憶を選ぶから、私の活躍を見ててね。今日はよろしくって感じ~」

 「話題のシロエの記憶を探れるなんて、超幸運って感じ~」

 シルとケラーも続き、三人の声は鈴のように軽やかで、シロエは思わず頬がゆるんだ。聞いているだけで胸が温かくなる。

 「シロエはまだレベルが低いから、この粉を振りかけないとダメねって感じ~」

 サプリナが黄金色のパウダーをシロエにふわりと振りかけた。光の粒が身体に染み込み、視界が柔らかく揺らぐ。

 「じゃあ――行きましょうって感じ~」

 三人の声が重なり、世界がゆっくりと開いていく。


 三人の小さな天使に身体を支えられ、シロエは宙を滑るように進んだ。サプリナが手をかざすと、その掌がまばゆい光を帯び、空間そのものを裂くように二つに割った。裂け目の向こうから、柔らかな光が溢れ出す。

 その光の中へ――三人に導かれるまま、シロエは飛び込んだ。

 そこは、無数の球体が静かに浮かぶ空間だった。どの球体も淡く脈動し、内側にはシロエ自身の記憶が映し出されている。先日のプラッドとの会話も、まるで透明な水の中に閉じ込められた映像のように揺れていた。

 音はない。けれど、記憶の中の声だけが、心の奥で微かに響く。

 「……なんてこと……」

 思わず漏れたシロエの声に、三人は振り返り、いたずらっぽく笑った。そして速度を上げる。光の球が流星のように横を通り過ぎ、やがて速度が緩む。

 目の前に現れた球体には、赤ん坊のシロエが映っていた。若い父と母が、笑顔で覗き込んでいる。

 「こんな記憶にまで遡れるのね……。私が覚えていないだけで、ちゃんと残ってるんだ」

 「目に映ったものは記憶として残るって感じ~」

 サプリナが軽やかに説明する。

 「ってことは……意識して見てなくても、視界に入ったものは全部記憶されてるってこと?」

 「そうだよ~って感じ~」

 サプリナがくるりと回りながら同意した。

 「ってすると……想像もつかない程すごい数の記憶の球体があるってことね」

 「そうだよー、もう少し成長した頃に移りましょうって感じ~」

 三人に手を引かれ、シロエは再び光の海を進む。玉と玉の間を、恐ろしいほどの速度で駆け抜けていく中、三人は玉から光の玉を抜き取りながら進んで行った。その途中、ケラーが声を上げた。

 「ちょっとここで止まってって感じ~」

 他の球体よりも大きく、強く輝く球があった。中心に映るのは、小学生のシロエ。両親と妹と車に乗り、どこかへ向かっている。シロエはその記憶をはっきり覚えていた。

 「これ……念願の映画を見に行く途中ね。妹と喧嘩して怪我させちゃって、映画が中止になった時の……」

 ケラーは球体に手を当て、中から小さな光をひとつ取り出した。肩から下げた小さな光のバッグにしまう。

 「OKって感じ~」

 「じゃあ、私たちもね~って感じ~」

 サプリナとシルも同じように光を取り出す。その後もいくつかの記憶を拾い集め、やがてサプリナが再び空間を割った。通り抜けた先は――完全な闇だった。

 天使たちの光だけが、ぽつりと浮かんでいる。

 「ここは……どうなるの?」

 三人は無言で頷き、バッグから光の玉を取り出した。それを広げると、光は形を変え、立体映像となって宙に浮かぶ。記憶のコピーだ――とシロエは直感した。

 三人はその映像を切り出し、組み合わせ、順番を変え、笑いながら新しい“物語”を作っていく。記憶の編集。創造者の遊び。シロエも同じように記憶の玉を並べ、当時の感情を思い起こしていた。その時、サプリナが声をかけた。

 「玉に顔を入れてごらんって感じ~」

 シロエは少し躊躇したが、そっと顔を寄せた。

 ――抵抗は、まったくなかった。

 記憶の球体の中へ、すうっと視界が溶け込んでいく。


 幼いシロエが、人形の髪を丁寧に整えていた。

 「キャサリン、これからミッキーを見に行くんだから、綺麗にしておきましょうね」

 その瞬間、人形の足がコツンと何かに触れた。ミッキーのビー玉が、コロコロと転がり、運転席の下へ消えていく。

 ――えっ……そういうことだったの。

 記憶の中の幼いシロエが、きょろきょろと周囲を見回す。

 「あれ?私のミッキーは?ケイラ、どこにやったの?」

 外を眺めながら歌っていた妹のケイラが、振り向いて言う。

 「お姉ちゃんのミッキーなんて知らないよ」

 「ここに置いてたでしょ」

 「知らないってば」

 「ポケットに隠したんでしょ!」

 大切にしていたビー玉が見つからず、幼いシロエは疑いを募らせ、苛立ちが膨らんでいく。そして、感情が爆発して妹の顔を引っかいてしまう。映画は中止になり、家族の空気は重く沈んだ。


 すべてを見ていた今のシロエは、胸の奥がじんと痛んだ。

 ――ケイラに連絡して、ちゃんと謝らないと。

 顔を球体から離し、次々と別の記憶を覗いていく。気づけば、三人の天使が組み立てた“新しい記憶”に囲まれていた。

 それは、同じ失敗を繰り返さないように作られた優しい記憶だったり、空を飛べるようになった夢のような記憶だったり。三人が大笑いしながら組み立てる姿は、まさに悪戯好きの天使そのものだった。

 ――彼女たちが、人の夢を作っているんだ。他のクリエイターチームにも会ってみたい。私も……作ってみたい。

 「ねぇ、サプリナ、シル、ケラー。私も記憶を組み立てたりできるのかな?」

 三人は声を揃えて弾むように答えた。

 「もちろん。一緒に組み立てて遊ぼうって感じ~!」

 三人はハイタッチし合い、光の粉を散らしながら大はしゃぎ。その様子を見て、シロエは少し落ち着いたところで尋ねた。

 「どうやってやればいいの?」

 「好きなように思えばいいだけって感じ~」

 「私たちのやり方はね~」とシルが続ける。

 「まずサプリナが一つのシーンを思い浮かべるの。次のシーンはシルが自由に構想して、最後は私ケラーが構想するの。それを繰り返すの。集めた記憶から場面を引き出して、くっつけてもいいし、もう自由にすればいいって感じ~」

 なるほど、とシロエは頷いた。

 「じゃあ……私一人で作るのはダメなの?」

 その瞬間、三人の表情が一斉に険しくなった。

 「それは違うチームの遊び。チームによってやり方が違うの。私たちは三人。シロエは一人で作りたいって感じ?それなら、別のチームにお願いしないといけないって感じ~」

怒ったような三人の顔に、シロエは慌てて手を振った。

 「違う、違う!ただ聞いただけよ。あなたたちと作りたくないわけじゃないの。怒らないで」

 三人はぱっと笑顔に戻る。

 「じゃあシロエ、おいで。私の次のシーンを作ってみてって感じ~」

 シロエは別の球体から“固まった自分”をそっと引き出し、ケラーが作ったスクールバスのシーンの運転手に重ねてみた。

 すると――運転手となった自分が、鼻歌を歌いながらバスを走らせ始めた。後ろから生徒たちが集まり、ざわざわと声が上がる。一人が運転手に語りかける。

 「なんで今日はの運転はスタロンおじさんじゃないの?」

 「今日は特別なのよ。さぁ、学校までみんなで歌いましょう」

 バスの中は、ハイキングに向かうような陽気な空気に包まれ、子どもたちの歌声が響き渡った。

 ――なるほど。これは……楽しい。

 シロエは夢中になった。クリエイターとしての作業は、想像以上に楽しかった。

 その夜は、今までにないほどレベルが上がった。そして最後に、無意識の夢の世界にはいるために、セディーと天使たちに別れを告げ、自分で作り上げた夢の世界へと身を沈めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ