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御者のおじさんとは関所で別れてAzumashiの5人とリョークは王太子が用意した馬車で王城へ向かうこととなった。
「え、これ、8人乗れるの?」
隼人が箱型の馬車を見上げて困惑する。定員オーバーになりそうな予感しかない。
「ああ、心配ない」
王太子が軽く笑う。
「乗ってみればわかる」
従者が扉を開けると王太子は知花の手を取る。いわゆるエスコートというものに、男5人は、野太い感嘆の声をあげた。
「王子様だ・・」
「あれが本場のエスコートか・・!」
手のひらの上、そっと添えられる知花の手が可憐に見える。
「お客様からお乗りください」
知花がにこりと微笑むと王太子と目を合わせて笑った。イチャイチャしてる。5人は瞬時に真顔になる。
馬車の中は、広かった。8人でも余裕がありそうな広さにそれぞれ首を傾げていると、リョークが感心したようにつぶやく。
「空間魔術か・・初めてみた」
「空間魔術・・」
いまだ魔法に馴染めない浩平が遠い目をする。
「ええ、でもこれは庶民には縁のない魔術ですね・・。僕も初めて見ました」
「なんか、ラノベとかで読んだことある。外側に比べて中がめちゃ広くなる。ああ、四次元なんとかもこれに似てるんじゃない?」
「ああ、なるほど。そうだね」
隼人が、例のキャラクターの口真似をする。似てない。
知花と王太子が乗り込んできて席につくと馬車が滑らかに走り出した。
荷馬車とは乗り心地が格段に違う。
「・・これ、サスペンションついてる?」
浩平の言葉に知花が頷く。
「振動を吸収する術式を組み込んでいます。・・自動車の乗り心地に近いでしょう?」
「そうだね。車に近いね、これを考えたのは知花ちゃん?」
尚文がにこにこと警戒心を解く笑顔を浮かべて話しかけると、王太子が知花の腰に手を回して、その体を引き寄せた。
「発想は知花だが術式は王城の魔術師が組んだものだ」
「王子様、囲い込んでるね」
透が面白がっている顔で揶揄う。リョークが透の軽口に青ざめる。
しかし、王太子は気にする風もなくフン、と鼻で息を飛ばした。
「当然だ。知花はこの国になくてはならない存在だし、私と想いを交わしてくれた人だ。囲い込んで何が悪い。異世界人は油断ならん」
王太子はまじめな顔だ。知花が苦笑している。
馬車はほどなく王城についた。少々の手続きの後、馬車はそのまま王城に入り、城を通り過ぎさらに奥に入っていく。
不安そうなリョークの顔に、5人もなんだか不安になる。
「ああ、心配ない。この先のゾーンに異世界へ飛ばす魔法陣が書いた屋敷があるんだ。返還の儀式はそこで行われる」
王太子の説明に知花がにこりと笑う。
「返還の儀式、っていうけどオリーイ様にお願いして返してもらうだけだから、大丈夫、ちゃんと帰れるよ。
恵美ちゃんも史さんもちゃんと帰れたって連絡がきたから。
皆さんも向こうに着いて落ち着いたらオリーイ様に呼び掛けてくれれば、こっちと通信できるよ」
「恵美ちゃんと史さんって?」
尚文の問いに知花は首を傾げた。
「あれ?斎藤さんに聞いてない?あなたたちと同じようにこっちに来て、帰っていった人よ。私がこ
ちらに来てきてから半年スパンでこっちに来る人がいて、大慌てで法を整備したの」
そのおかげで、5人は最速で向こうに帰れる。
屋敷に着くと、屋敷の二階の豪華な部屋に通された。そこには立派な身なりをした、いかにも「王様」「王妃様」そして「王女様」がAzumashiたちをを待っていた。
リョークの顔が青ざめている。
Azumashi達にはなんだか他人事のように感じるが、地元の人には恐れ多い光景なんだろうな、とあっけらからんと考える。
王太子と知花も王様たちの横に並ぶと、王家の面々と、その後ろに控えていた偉いだろう人々が、Azumashiに向かって跪く。
それには少しAzumashiの5人も焦った。
「異世界の方。この十数年探して、しかし見つからなかった緑の声を持つものを王城に連れてきてくれたことに深い感謝をささげる」
「は?」
5人の声が見事にハモる。和音になっていたのは職業病だろうか。
5人の視線がリョークに注がれる。
リョークは青を通り越して白くなって固まっていた。
「そう、彼はオリーイ様から授かった‘緑の声‘を持つもの。あなたたちの辿ってきた道のりで次々に奇跡が起きているのがその証拠」
王がリョークに視線を移す。
「君は先の国境の小競り合いを覚えているか」
リョークの顔色がさらに悪くなる。
「君は、オオオノ殿の養子という話だったね」
「・・はい。親からはぐれ、オッオノをさまよっていた僕を父が拾って育ててくれました」
王は頷いた。そのあとの言葉の穂を受け取ったのは背後にいた男だった。話し始める前に、「あ、宰相です」と名乗っていたので宰相なのだろう。
「その小競り合いの数年前にオリーイ様が王妃の枕元に立たれました。緑の声を持つものを遣わしたからよろしく、と。具体的な話は何もなく、私たちは探しあぐねていました。そんなおり、国境付近に鉱山が見つかり、小競り合いが起こったのです」
小競り合い自体はすぐに収まった。鉱山は隣国で運用するには大掛かりな運搬手段が必要になるため、費用対効果が低いと隣国が手を引いたのだ。
その後、しばらくは平穏な日々が続いたが、なぜか作物の収穫量が落ちて行く。
「理由はさまざまでした。日照不足、雨不足、原因不明の病に虫・・その都度対処をしていましたが、収穫量は伸びません」
さらに、国境近くでは運用された鉱山の鉱毒で水が汚れ、作物が立ち枯れを起こした。
「しかし、それは斎藤殿がこちらへ来てくれたことで解決をしました」
水と土は魔法を駆使して浄化され、そもそもの原因である鉱毒も斎藤の助言により取り除く機構も構築された。
しかし、収穫量は伸びない。徐々に落ちていく。食糧難が目前に迫りくる。
「私たちは、緑の声を持つものがこの国にいないからではないか、と考え、隣国やその先も血眼になって探しました」
しかし、なんにも情報がないのだ。探しようがない。その間にもどんどんと農作物の収穫量は落ちていく。
それに伴い物価も上がっていく。
「ショウカクインがあなた方を囲い込もうとしたのはそれが原因です。国内で作物の収穫量が落ちているのに、あなたたちが通った道の畑の作物は勢いを取り戻している。さらには、枯れていた木に花が咲いたという報告もある」
その力は異世界人のAzumashiではなくリョークの力だったが。
「ほええ」
透が妙な声を上げる。尚文と優陽は苦笑いだ。
「じゃあ、おれたちはリョークくんを王城に連れてくるために呼ばれたってこと?」
隼人の言葉に、宰相はそれだけではありません、と応じた。
「リョーク殿は吟遊詩人として致命的な欠陥を抱えていた。それを解決することも期待されていたようです。その期待は大いにかなえられた」
歌が歌えなかった吟遊詩人リョークに歌を教え、師の思いと技術を受け継ぐものと引き合わせた。
「それは、あなた方の功績です」
5人は気まずげに互いに顔を見合わせ、そういう風になっているんなら、まあいっかととりあえず納得する。まるで納得していないがそういうことにする。
「と、まあ、これがあなたたちがこの世界に来た理由です。・・今回の働きでオリーイ様がとても喜んでいらして。オリーイ様が思っているよりも大きな成果を生んだみたいですよ」
知花がにっこりと笑った。
「オリーイ様が、お礼に‘スペシャル‘を用意したとおっしゃっていたから、向こうの世界で期待して待っていて」
それが締めの言葉だったらしい。王がごほんと咳ばらいをした。
「異世界からの客人よ。晩餐の用意も宿泊の用意もあるがどうする?返還自体はすぐにできるが」
「帰ります」
5人の声がそろった。
「わかった。知花殿、よろしく頼む」
「えっと・・その前に一つお願いが・・」
知花が言い淀んで、しかし、きっぱりといった。
「私に歌を聞かせて下さい」
知花のリクエストは20年前くらいに流行った曲だった。女性の声でしっとりと歌い上げるその曲は、Azumashiの面々も良く知っているものだった。
「きっともう聞くことがないだろうから」
という知花の言葉に浩平が笑った。
「何言ってんの。ここに吟遊詩人がいるでしょ。リョークくんなら一発で覚えられるから、知花ちゃんが聞きたい曲を覚えてもらえばいいよ」
ちなみにリョークには斎藤が好きだったというバンドの曲を何曲か仕込んでいた。斎藤には連絡済みである。
「嬉しい!リョークさん、よろしくお願いしますね」
知花のリクエストはその頃の流行歌ばかりだったので、「なんとなく」でも歌えた。細かなコードは違うだろうがそれはそれで郷愁を誘うだろう。
何曲か歌い喉も温まった。最後にアンコールの曲の音を確認する。
「じゃあ、リョークくん、元気でね」
優陽が最初に会ったときとおなじ笑顔でリョークに向き合った。
「じゃあ、イチカナちゃんと仲良くね」
尚文の揶揄いに、リョークは目元を赤くして、そんなんじゃないですと返す。
「じゃあな。元気で。喉は大事にしろよ。喉がつらくなったらはちみつが効くぞ」
隼人が自分の肩をリョークにぶつけて背中を痛くない力で叩く。
「これから宿のランク下げるのきついでしょ。ランク維持できるように歌、がんばってね」
透が的外れな励ましをするとリョークは苦笑いをした。
「ほら、浩平は?」
隼人の促しに、浩平はしばし言葉を探し、
「無理せずに頑張って」
と締めた。
なんだそれ、と尚文が呆れている。
「み、みなさん。ありがとうございます。僕は、忘れません。ありがとう、ありがとうございました」
リョークの目元が赤くなり、ぽろぽろと涙がこぼれる。う、とうつむいてリョークはずずと鼻水を啜るとすぐに顔を上げて笑った。
「宿のランク、下げないように頑張ります!」
5人は笑った。晴れやかな気持ちだった。
「じゃあ、知花さん、よろしくお願いします」
「さくっとやっちゃってください!」
尚文が茶化すと浩平が真顔で言った。
「やめろ」
知花が祈り始めると彼女が淡く光り始めた。
「・・手を繋いで上に掲げてください」
それは、こちらに来たときに5人がしていたポーズだ。5人も淡く光り始める。
「オリーイ様のご加護がありますように」