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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
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87/92

第87話 美学部でも魔王様

感想ありがとうございます!

読ませていただきました!


「私をアルバイトに雇いたい?」


 対面に座る穂香は、まるでハトが豆鉄砲を食らったような間抜けな表情を浮かべる。


「ええ。うちが人手不足なのは、穂香も知っているでしょう」


「そりゃ、知ってるけど……どうして私なの?」


 至極当然な疑問だろう。

 カーラから穂香の名前が挙がるなど、露ほどにも考えなかった。それを噯にも出さず、微笑みを浮かべる。


「もちろん、穂香の才能を買ってのことですよ」


 穂香は煽てに弱い。

 そう思っての言葉なのだが……。


「……」


 なぜか、白けた目を向けられてしまった。

 理由が分からずにいると、静かにこちらの話を聞いていたキャサリンがため息を吐いた。


「美琴ちゃんが、そういう笑顔を浮かべるときって大抵ろくなことを考えてないときなのよ。ねぇ、穂香?」


「正直言って、胡散臭い」


「……!?」


 微笑みが凍り付き、顔の筋肉が引きつりそうになる。

 ポーカーフェイスを意識して、何のことか分からないと小首を傾げる。しかし、二人から向けられる視線は相変わらず冷ややかだった。


「あざといわねぇ」


「胡散臭い」


「……コホン!」


 二人の視線に耐えかねて、咳払いをした。

 そして、先ほどのやり取りがまるでなかったかのように白を切る。


「それで、いかがでしょうか? 穂香も、デバイス作成には興味があると言っていましたよね」


 あからさまな話題逸らしに、二人の顔に苦笑いが浮かぶ。


「当然。バイトとしてなら、なお良し……けど、どうして私なの?」


「それはもちろん穂香の才能を……」


「そういうのは良いから」


 解せない。

 疑う余地がない爽やかな表情を浮かべたというのに、穂香から向けられる視線は白けたものだった。

 キャサリンもまた、「今度は表情を作る特訓かしら」とため息をついていた。

 こういう時ばかりは冷徹無慈悲な血も涙もない冷血漢の厚い顔の皮が羨ましく思えてしまう。


「穂香の才能を見込んでと言うのは事実ですよ。カーラに聞いたところ、すぐに名前が挙がりましたから」


「えっ」


 まるでハトが豆鉄砲を食らったような表情だ。

 しかし、それも仕方がないだろう。何せ、相手はあのカーラだ。傲岸不遜を地で行き、あの冷血漢と付き合っていられる稀有な変人。

 そのカーラから褒められたとなれば、穂香の表情も納得だ。


「そ、そう。あの変人が私のことを……ぐへへへへ」


 よほど嬉しいのだろう。

 いつも通り平坦な表情ではあるが、僅かに口角がピクピクしているのが分かる。心なしか頬も赤く俯いている。

 嬉しいのは分かるが、うら若き少女がぐへへへと笑うのはどうかと思う。

 キャサリンもまた同じことを思ったのか、盛大に顔をしかめている。


「まったく。……まぁ、今日のところは大目に見てあげようかしら。大事な副部長だから、模範となる乙女になってもらわないとね」


 そう言って腰に手を当ててため息を吐く。


「模範……」


 キャサリンの言葉に引きつりそうになる表情を抑えて部室の中を一瞥する。

 美を磨くためにひたすら女子力を高める少年たち。男たちが、まるで乙女のように化粧やら服装の話をしている光景はかなりシュールだ。

 そして、反対に女子たち。

 彼女らは悟りでも開いているのか、死んだ魚のような目をして勉強をしているではないか。


「模範……」


 再び、穂香に視線を向ける。

 自分の世界に籠っているのか、相変わらずぐへへへという乙女にあるまじき笑い声を漏らしながら悦に浸っている。


「もともと、この美学部は穂香たちの補習の補習のために設立したのよ」


「補習の補習? ……そもそも、テスト自体がまだでは?」


「美琴ちゃんは興味ないだろうけど、ここって赤点には厳しいのよね。赤点を取った場合、補習を受けてから追試を受けるんだけど、もう一度赤点を取ると最悪の場合留年もあり得るのよ」


「あぁ。そんな話を以前彩香から聞いたような記憶があります。つまり、今の内から赤点を取らないように勉強をするため設立したと?」


「いえ。うちの子たちが赤点を回避することは不可能よ」


「「「「「「「…………」」」」」」


 キャサリンの言葉に、一斉に視線を背ける部員たち。

 勇気でさえも裁縫の手を止めて、窓の外に視線を向けていた。


「赤点前提……なるほど、だからこそ補習の補習なのですね」


 それよりも赤点を避ける努力をするべきだと思うが、部室内の雰囲気からして無理な話なのだろう。

 だが、一つだけ解せなかった。


「それにしては、当初の目的から随分とズレているように見えますが?」


 確かに、女子たちは死に物狂いで勉強しているように見える。

 この地獄から一刻も早く抜け出したいという願望が透けて見えるようだ。一方で、男子たちは勉強を……。


――勉強?


 化粧やファッションについて語り合い、編み物や裁縫に精を出す。

 見間違いではなければメイド服を着て、紅茶の淹れ方について真剣に話し合っている姿も見えるではないか。

 これを果たして勉強と言えるのだろうか。

 凍てつくような視線をキャサリンへと向ける。


「完全に趣味に走ってません?」


「あらやだ。そんなことわないわよ。ただ、ちょっとだけ最初厳しくしちゃったからかしらね」


 ほほに手を当てて、オホホホホと笑うキャサリン。

 すると、一人のメイド服姿の少年が恐る恐るといった様子で、近づいてきた。


「よ、よろしければ! 紅茶の味を見ていただけませんでしょうか!」


 少年の顔立ちにはまだあどけなさが残り、勇気ほどではないが中性的な容姿をしている。

 目の前にモンスターがいるからだろうか、女装姿を見ても思いのほか似合っているという感想が出てしまう。

 少年は緊張しているのか、体がわずかに震えていた。


「ええ。いいわよぉ。美琴ちゃんも、ぜひ味見をしてあげてね」


「まぁ、ちょうど喉が渇いていたところなので構いませんが」


 そう答えるや否や、さっそく紅茶を淹れ始める少年。

 その動作に淀みはなく、緊張こそしているが流麗な動きだと舌を巻く。メイド服姿ではなく、執事服であればまだ格好がつくのにともったいなく感じてしまう。

 そして、淹れたての紅茶を冷ましながらゆっくりと口に運ぶ。


「……美味しい」


 お世辞抜きで美味しかった。

 茶葉の香りを殺さない最適な温度で淹れられ、茶葉の良質な香りが口全体から鼻孔にまで広がる。

 お茶と一緒に用意されたクッキーも甘さを控えることで、絶妙なバランスを築いていた。


「本当ですかっ!」


 純粋な絶賛に、少年は飛び跳ねる。

 それをまるで親のように温かい視線を向けるキャサリンが印象的だった。そして、続くようにキャサリンもまた紅茶を嗜んだ。


「義政、見事な出来栄えよ。流石は私の教え子」


「はいっ!」


 感動したように目を潤ませる少年義政。

 その姿は教師と教え子に相応しい光景なのだが、どうしてだろうか?


(これって、完全に道を違えてますよね)


 と、思わずにはいられなかった。

 端で勉強している女子生徒たちがポツリと「また一人堕ちたのね」という呟きが美琴の耳にも聞こえてくる。

 優雅に紅茶を嗜んでいると、なぜか女子生徒たちから畏敬のこもった視線を向けられてしまう。


 それから、しばらくして。

 コンコンと部室の扉がノックされると、扉が開かれた。


「失礼します」


 中に入ってきたのは彩香だった。

 どうやら、カーラの研究室の掃除は終わったようだ。


「……」


 部室に入るなり、目をぱちりと瞬きさせる。

 メイド服姿の少年や、化粧品やファッションについて話し合う少年たち。編み物、裁縫に精を出す傍らで、猛勉強する少女たち。

 この混とんとした空間を見渡して、美琴や穂香のところで視線を止めた。


「良かった。入れ違いにはならなかったみたいね」


 ペンが落ちる音が何度か響く。

 そちらに視線を向けると、信じられないものを見たような目で彩香を見ていた。


「信じられない、この光景を見て動じないなんて」


 部室全体に動揺が伝播する。

 しかし、それに気が付いた様子もなく、彩香は堂々と歩み寄ってきた。


「彩香、この光景に何か感じないのですか?」


「何かって? 特には感じないけど?」


 美琴の質問に首を傾げる反応をする。

 本気で違和感を覚えていないようだ。美琴ですら、見なかったことにして部屋を出ようとしたというのに、一切動じた様子もない。


「あらっ、お姉さまも来たのね」


「その呼び方、本当にやめて。私がいつからあんたの姉になったのよ」


「ふふっ、私とお姉さまの仲じゃない」


 女性であれば見とれてしまいそうな柔らかい笑みに、彩香は盛大に顔をしかめる。

 だが、これについてはいくら言っても無駄だと悟っているのか、ため息をついて勇気から視線を外す。


「美琴の要件は……穂香が気持ち悪い笑い方をしてるんだけど、どうしたの?」


「カーラが褒めていたと話したら、かれこれ三十分ほどこの様子です」


「なるほど……」


 三十分という時間に呆れたような表情をしているが、納得したように頷く。


「それはそうと、彩香はどうしてここに? もう少しすれば研究室に戻りましたよ」


 美琴が尋ねると、「そうだった」と彩香が鞄から見慣れたデバイスを取り出した。


「カーラ先生からアップデートが終わったから届けるようにって。本当に、あの人って人使いが荒いわね」


「カーラですから」


 苦笑交じりに答えると、彩香からデバイスを受け取る。


「ついでに、一度試せって言ってたわよ。校門に繋げば、ショートカットできるだろって」


「ここから校門まで十分もかからない距離なんですけど。その距離で使うんですか?」


「私もそう思ったけど、どうせ魔素は余るほどあるだろって」


「……その通りですけど」


 贅沢な使い方、この上ない。

 とはいえ、魔法学の授業も実技が始まっていないため、魔素は有り余っている。尤も、実技があったところで大して減ってはいないのだが。


「それでは、穂香をお借りしますね」


「ええ、良いわよ」


 二つ返事で了承が得られた。

 そのことに対して、女子生徒たちから不平不満が飛んできたが、取り合う様子はない。


「その代わりに、美琴ちゃんが穂香の勉強を見てあげてね」


「私ですか? まぁ、別に構いませんが」


 と楽観的に返答する。

 それを聞いたキャサリンは、笑みを深めた。


「そう、なら安心だわ。言い忘れていたけど、赤点を取った生徒はバイトが禁止になるから気を付けてね」


 特大の爆弾が投げ込まれる。

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。しかし、徐々にキャサリンの言葉が飲み込めると、夢心地の穂香に視線を向けた。

 まるで勉強という言葉を忘れてしまったような表情だ。

 穂香のテストの点数は知らないが、カーラもキャサリンもお手上げ状態なのを考えると、美琴の想像以上に悪いのかもしれない。

 だが、他に方法はなかった。美琴はクスリと笑った。


「死ぬ気で勉強させますので、問題ありません。まぁ、かわいい子は奈落に落せということわざもありますが、きっと穂香なら大丈夫でしょうね」


「……奈落に突き落としちゃダメだろ」


 なぜかドン引きしたような様子の美智乃遊馬さん。

 先ほどまで不平不満を唱えていた女生徒たちに視線を向けると、視線を逸らされた。そして、男子生徒たちは……。


「副部長、私はあなたのことを忘れないわ」


「来世で会いましょう」


「生きていれば、美味しいお茶菓子を食べましょうね」


「コーディネートしてあげたかったわ」


 と、合掌をする人も現れる始末。

 何か変なことを言ったのかと小首を傾げるが、あまり長居をする理由もないため、立ち上がるとデバイスを手に持つ。


(場所をあらかじめ設定して、そこにつながるゲートを作り出すと)


 カーラの言う通り、これならば大分魔素の消費を抑えられるだろう。

 膨大な黒色の魔素が解き放たれる。久しぶりに空間移動の魔法を使うが、思った以上に苦にはならなかった。

 ふと、最近聞いた覚えのある声が聞こえる。


――ようやく我の出番か


 それは、美琴にとって忌まわしき悪霊の声だった。

 よくよく考えれば具現化できないだけで、魔素に宿っているのだから不思議はないだろう。

 黒色の魔素が空間を歪め、画面が切り替わるかのように一瞬でゲートが構成される。


「「「「「「……っ」」」」」」


 部員たちの息をのむ声が聞こえる。

 どうしてかキャサリンと彩香が表情を引きつらせ、勇気だけが「あら悪魔が現れたわね」と笑っていた。


「では、穂香をお借りしますね」


 怪訝に思いながらも、未だ戻ってきていない穂香の手を引いてゲートをくぐるのであった。




*****




 美琴たちが立ち去った部室では。


「今のって、最近話題になってた空間移動魔法だよね」


 ポツリと誰かが呟いた。

 毎日のように魔道具を見ているため、比較的驚きは少ない。だが、個人でとなれば話は別だった。

 呆然としている彼らだったが、キャサリンがポツリと呟く。


「ねぇ、それよりもさっきの狼ちゃんは何だったのかしら?」


 一瞬の出来事だった。

 美琴の背後に、確かに翼の生えた狼の姿が朧気に映っていた。幻影にしてはあまりにも鮮明な姿。

 あれが何だったのか。

 本能的に恐怖を覚える存在であったことには違いなかった。

 幸いなことに、その答えを持つ者がこの場にはいた。


「あぁ、あれは姫様が従えている悪魔で地獄の侯爵マルコシアスよ! デバイスもなしに現れるなんて、さすが姫様ね!」


「悪魔?」


「地獄の」


「侯爵」


「従える?」


 勇気の言葉に、ポツリポツリと単語が行き交う。

 キャサリンも表情を引きつらせていた。そして、誰かが再びポツリと呟くのであった。


「魔王様」


 校門に移動した美琴が、それを知る由はなかった。




*****




一方で、昇降口近くのゲート。


「この距離で魔法を使うなんて、本当に贅沢ですね」


 目の前の光景が切り替わると、思わずため息をついてしまう。

 分かってはいた。だが、想像以上に贅沢な使い方にため息をついてしまう。


「美琴、それよりもさっきのあれは何!?」


「あれとは?」


「美琴の後ろに現れた……」


 彩香が言葉をつづけようとしたその瞬間だった。


「なんだと、てめぇ! もう一回言ってみやがれ!」


 聞き覚えのある声が外から響き渡るのであった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 美琴は女帝でもなく女神でもなく魔王として印象が定着しそうですね。 そのうち、はた迷惑でしかない熱狂的なファンが出てきそうな気がします。 穂香が美琴による地獄のスパルタと二年生もキャサリンが…
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