第63話 人財探し
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翌日の午後二時過ぎ。
美琴と弘人の姿は、車で三十分ほどの距離にあるファミリーレストランにあった。そこで、弘人の大学時代の後輩である戸塚志郎と会っているところだ。
「……やっぱり無理かい?」
「はい。いくら先輩の頼みでも、こればかりは……。すみません」
戸塚は、申し訳なさそうに目を伏せる。
美琴は、二人の間にどのような繋がりがあるかは分からない。しかし、昨日の今日で直接会って話すということは、弘人に対して強い恩を感じているのは確かだ。
それゆえに、事情を知って断らなければならないことは、戸塚にとって悔しいことなのだろう。
「いや、気にしないでくれ。君ももう家庭を持つ身だ。無理ができないのは、僕も分かっているからね。こうして、元気な姿を見れただけでも、十分だよ」
「先輩……」
戸塚の苦悩を理解しているからこそ、明るくふるまう弘人。
その思いは、戸塚にも伝わったのだろう。気丈に振舞おうとするが、うまく表情を取り繕えない様子だ。
弘人の隣に座る美琴は、二人の会話を静観する。
(これで、六人目ですか……)
表情には出さないものの、内心ひどく落胆していた。
こうして直接会ったのは、戸塚が初めてだ。しかし、電話やメールのやり取りで、すでに五人から断られていた。
(彼らを薄情だとは思いません。それだけ、無茶なことを言っているのですから)
戸塚は現在三十代半ば。技術者として一番脂がのった時期だ。
企業としても第一線で働ける戸塚の存在は重要で、そう簡単には手放さないだろう。それに、弘人の話によると戸塚は一昨年結婚したばかりで、妊娠している妻と一歳になった長男がいる。
妻子のことを思えば、給料が大幅に減るどころか、支払いさえ覚束ない零細企業に転職できるはずがなかった。
(ですが、この人なら信用できそうな気がするんですよね)
しばらくの間、三人の間に沈黙が漂うと……。
「ですが。……やはり、先輩はすごい」
戸塚は、ポツリと呟いた。
そして、カバンの中から書類の束を取り出す。それは、美琴が作成し弘人が送ったデータを、わざわざプリントアウトしたものだろう。
「ムーンクラフトで並列魔法が開発されるようになったのは知っています。ですが、そのコアを先輩が作っているとは思ってもいませんでした。これを見たとき、信じられないという気持ちと同時に、先輩なら……どこか納得してしまいました」
「ははっ、それは買いかぶりすぎだよ。僕は、そんなすごい人じゃないからね」
「「そんなことないです!」」
苦笑交じりの弘人の言葉に、戸塚と美琴は口をそろえて反論する。
「お父さん。以前から言っていましたが、並列魔法の開発は全世界で難航していたのです。それを、一朝一夕に作り上げたのですから、歴史に名を残せる偉業です」
「その通りです! 魔法業界に名前を残すどころか、小学校の教科書にだって名前を載せても良いくらいです!」
「ええ、戸塚さんの言う通り。ですが、悲しいことにあの愚物には、理解できないのですよ。まったく嘆かわしい……」
「私もこの話を聞いたときは、目を疑ってしまいましたよ。今話題のムーンクラフトに、そんな愚か者がいるとは……。どこの企業も人手不足なのだと実感しましたね」
互いに頷きあう戸塚と美琴。
あまりの息の合いように、弘人はびっくり。
「戸塚さん。貴方は、なかなか見る目がありますね」
「そういう美琴ちゃんこそ。若いのに大したものだね」
何故だろうか、弘人の表情が断られた時よりも険しいものになっているのは。それに気づいた美琴と戸塚は……
(なるほど、能ある鷹は爪を隠すということですか。……さすがはお父さんです)
(決して爪を見せびらかせない。傲りや油断のない姿には、感動さえしてしまいそうだ。……さすがは先輩です)
と思った。
言葉は交わしていない。約束もしていない。しかし、この時、美琴と戸塚は確かに通じあった。
ーーいつか、一緒に働きましょう!
……と。
言葉は不要。弘人の前でしっかりと握手をかわす二人。
一方で、弘人はというと……。
「……なんか、引き合わせてはいけない二人を引き合わせてしまった気分だよ」
と、今日一番で最も疲れたようなため息をつくのであった。
その姿にカリスマを感じていたのは、きっと美琴と戸塚の二人だけのことだろう。
◇
戸塚が立ち去った後、美琴と弘人はファミリーレストランに残った。
美琴はコーヒーを片手に、資料を眺める。その資料とは、昨日豊増が置いて行ったものだ。
「はぁ」
思わずため息をついてしまう。
すると、先ほどドリンクを取りに行っていた弘人が戻ってきたようだ。難しい表情を浮かべる美琴に尋ねてきた。
「やっぱり、僕一人じゃ無理かな?」
カチャリとカップを机に置く音が響き、弘人は美琴の対面に座る。
「ムーンクラフトのもとを去るということですか? 独立して高級路線で行くのも、確かにそれも一つの手です。ただ、それをするにはあまりにも私たちは非力です。ハイエナがうろつく荒野に裸で出ていくようなものですから。それこそ秋宮の二の舞いに……」
弘人がついに爪を出すと思った美琴であるが、心苦しいが時期尚早だと窘める。
しかし、どうやら美琴の早合点だったようだ。
弘人は、慌てて否定の声をあげる。
「ちょっと待って! そうじゃなくて、納品の件だよ!」
納品の件だと聞いて、美琴はあからさまにがっかりするが、すぐに頭のなかでそろばんを引く。
「無理でしょうね。来月の納品は、今月納品した数の約三倍……お父さんがいくら頑張ったところで、今の倍でさえ厳しいでしょう」
並列魔法のデバイスのコアは、非常に繊細な技術が求められる。それゆえに、量産は不向きといえるのだが。
美琴でも手伝えることはあるが、美琴はソフトウェアの専門であって、ハードウェアの分野では、弘人やカーラには遠く及ばない。
美琴が手伝ったところで焼け石に水、というわけだ。
(しかし、秋月もどうしてこんな馬鹿げた指示を許可したのですか? 並列魔法の技術が欲しいから……とは考えられませんね。向こうは、多重展開術式の大量生産に力を入れていますから)
欲をかけば共倒れもあり得る。
経営者として、ここで並列魔法にまで手を出すのは下策と評価せざるを得ない。美琴の知っている秋月家の当主が、そんな下策を打つ人物だと思えない。
となると……。
(部下の暴走を抑えられなかった。これが、一番可能性が高いな)
田辺工房は、ムーンクラフトからすれば吹けば飛ぶような零細企業。
しかし、その社長である秋月家当主は美琴の正体を知っている。それ故に、田辺工房を特別視している。
しかし、豊増のような下っ端どころか役員でさえも、美琴の正体を知らないだろう。
秋月を除けば、おそらく前任の村田が薄々察していたくらいだ。あの男は、勘が鋭く、豊増とは比べ物にならないくらい有能な人物だった。
(おそらくこの考えは十中八九当たっている。けど、まだ何か裏がありそうな気がする)
それは天才経営者と呼ばれた誠の勘だ。
しかし、まるで掴みどころのない意図に、いくら思考を巡らせても答えが出ることはない。気が付けば、先ほどまで暖かかったはずのコーヒーが冷めていた。
「何者かの意図を考えても仕方がありません。目下の問題は、次回の納品……まだ、期日までには余裕がありますが、どうしても資金と人手が必要ですね」
そう言って、空になったコーヒーカップを置く。
(……この体になってから会うのは嫌ですが、背に腹は代えられませんね)
渋々であるが決意を固めると、「お父さん」と言って弘人に視線を向ける。
「しばらく、所用で家を出ます」
「えっ、家を出る……? 待って、美琴! 何か気に障ったのなら謝るから、家出は考え直して!」
「違いますから!? 所用でと言いましたよね。私にも当てがあるので、その人のところへ行ってみようかと」
「なんだ、そういうことか……」
「普通に考えればそういうことだと思うのですが」
「いや、お母さんに会う前に付き合っていた人が、そう言っていなくなっちゃったから……。それで、つい」
「そういうことですか」
美琴は、硬質な声色で頷く。
初めて聞いた話だが、弘人は人たらしだ。温和な性格から異性に人気があり、美琴の母である琴音と結婚する前に、彼女がいたとしても不思議ではない。
そのことに怒りはしないが、むしろ敬愛する父が死別ではなく捨てられたことに対する怒りがこみあげてくる。
「それで、さっきの話だけど……」
「要するに、ここからは手分けして探しましょうということです。私の方も、確実とは言えませんが色よい返事をしてくれるだろう人物に心当たりがあります」
「そんな人がいるのかい!? けど、拒まれる可能性もあるんじゃないの?」
「拒む?」
弘人の言葉に、きょとんとした表情を浮かべる美琴。
美琴の脳裏に浮かぶ人物が拒否する光景など、全く想像できない。むしろ、誠が声をかければ赤い涙を流して喜ぶほどだ。
きっと、色よい返事を頂けるはずだ。
まるで、「拒否権? なんですかそれは?」と言わんばかりの表情。それを見た弘人は、口元を引きつらせて……
「お手柔らかにね。可哀そうだから……」
「問題ありません。それで、お父さんの方ですが」
「うん。僕も、心当たりを当たってみるよ。美琴一人に、全部任せるのも気が引けるからね」
そう言って、笑みを浮かべる弘人。
いつもであれば、頼もしく感じるその姿。しかし、何故だろうか。美琴は何か嫌な予感を覚えつつ、弘人と別れると一人自宅へと向かうのであった。
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仕事の方が忙しく……。しっかりと目を通させていただいています。
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