第50話 大会の影響
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五十話達成しました。
大会が終わってから数日が経過した。
葵を通じて美琴に、彩香と穂香を連れて来てほしいと琴恵から連絡があった。激しい拒絶反応を覚えた二人ではあったが、琴恵の命令に逆らえるはずもない。
ご丁寧に自宅まで迎えの人間が来たそうだ。
そして、美琴。
完全に無関係のはずが、何故か一緒に拉致されて月宮家まで連れてこられた。
「お疲れ様、おかげで助かったわ」
月宮家当主の御前。
開口一番に、琴恵は二人にねぎらいの言葉を掛けた。
「はい……」
「きょ、恐縮です……」
二人とも、緊張のあまりガチガチである。
以前とは違い月宮家当主としての姿を見せる琴恵に恐怖さえ覚えている様子だ。湯呑を持つ手が僅かに震えていた。
「それで、何の御用です?」
二人の精神衛生上、この場に長居するのは良くない。
美琴としても、こうも頻繁に出入りしたくはない。人払いはされているとは言っても、どこで目撃されるか分かったものではないからだ。
早々に立ち去りたいのだが……
「老い先短い祖母の話し相手になってくれてもいいと思うのだけれど?」
「お戯れを。お婆様なら、あと一世紀は生きていても可笑しくないですよ」
「そうかしら?」
美琴は、八割は本気で言ったのだが、本人は冗談だと思ったのだろう。
当主クラスの膨大な魔素を持てば、身体能力が自然と高くなる。琴恵は老化が見られるものの、美琴の知る他の当主は年齢の割に若さを保っている。
ただ、目の前の御仁は老いとは無関係に長生きしそうである。
「せっかちな孫で御免なさいね。この子の母親は思い立ったらすぐ行動に移すような子だったから、おそらく母親に似たのでしょうね」
「そ、そうなんですね」
ぎこちなく笑う彩香。
当主としての風格、そして溢れ出る膨大な魔素。並の人間であれば、この空間において口を開くことさえできないだろう。
冷や汗を流す二人を見て、美琴は咎めるように琴恵に視線を向けた。
「話がしたいのであれば、もう少し力を抑えて欲しいものです。私はともかく、二人には酷です」
「ふふっ、ごめんなさいね。少し試してみたくなったの」
美琴の諫言に、威圧を解く琴恵。
途端に場を包み込んでいた、刃を向けられているような冷たい緊張感は解かれていく。温かさが感じられるようになると、二人は息を大きくはいた。
「……まったく」
気が落ち着いた様子の二人を見て、美琴は小さく息を吐く。
すると、そんな美琴を見て彩香が尋ねて来た。
「美琴は、どうして……平気なの?」
「慣れ、でしょうか? 場合によってはもっと重苦しい感じでしたから」
中学生相手ということもあって、琴恵も無暗に威圧するようなことはない。
だが、大人相手であれば話は別だ。ただ居座っているだけでも感じられる風格、そして潤沢な魔素。その威圧感はかなりのものだ。
そして、集会では分家の当主も集まる。
琴恵ほどではないが、分家にも貫禄を持つ者は多い。そんな傑物とも言える人物が集まる場を経験したことのある美琴としては、この程度児戯に過ぎない。
「それで、そろそろ本題に戻りませんか?」
「その方が良さそうね」
美琴が話を進めると、琴恵も同意する。
「今日集まってもらったのは、まずはお礼よ。貴方たち二人のおかげで、秋月は良いスタートを切ることができたわ」
「そうですか」
琴恵の話を聞いて、美琴は一応安堵の息を吐く。
秋月の当主について、噂程度には知っている。気が弱い人物で集会などに不参加が多く、直接の面識はない。だが、その商才は琴恵が認めるほどだそうだ。
好スタートを切ったのであれば、まず失敗することはないだろう。
「差し支えなければ、注文がどの程度入ったか知りたいですね」
「良いわよ……昨日確認した時点では、すでに六か月待ちになったそうよ」
「ろ、六か月……」
「……」
大会からまだそれ程経っていない。
しかも在庫がかなり残っている状態だった。あまりの人気ぶりに、彩香も穂香も言葉を失っている。
そんな二人を見て、琴恵は「貴方たちのおかげよ」と言って微笑む。
「それはそうと、貴方の方も準備は進んでいるの?」
何がとは聞かない。
このタイミングで話すとなれば、魔法演舞の話のほかないからだ。嫌なことを思い出したと端正な顔を歪めると……
「ええ、残念ながら着々と……。まだ時間があるので、二人に代わっていただきたいほどです」
そう言って、お茶を啜る。
豊かな香りに心を落ち着けた。
「まだ諦めてなかったんだ……」
「いい加減、往生際が悪い……」
美琴の発言に、二人は呆れた様子だ。
対面に座る琴恵も、柔和な笑みを浮かべているものの、その表情はどこか呆れを孕んでいた。
「それで、あれは?」
「……まだ秋月に持って行くと決めたわけではありませんよ」
すぐさま、並列魔法のデバイスのハードについてだと分かり、眉を顰める。
だが、琴恵相手にウソなど通用しない。
「構わないわよ。けど、あれは量産が不可能なのでしょう?」
「そうですね」
並列魔法の欠点は、その仕組みの煩雑さだ。
既存の機械では作成不可能であり、弘人やカーラのような一部の者が、魔道具製造機を用いてハンドメイドするしかない。
一点ものという扱いになるだろう。
そして、それを扱ってくれるような企業はというと……
(秋月くらいでしょうね。こちらの要望を受け入れてくれるのは)
思わずため息を吐きそうになる。
魔法演舞で注目を浴びれば、それこそ他の四家から話が得られるかもしれない。だが、月宮学園で練習をしている時点で、すでに手つきだと分かってしまう。
ここで無理に話を持ってこようとする者はいないだろう。
つまり、ゴール地点は結局のところ一つしか用意されていないのだ。
(なら出場しなくても……)
「あなた、諦めが悪いわね」
そんなことを思っていると、琴恵に心を読まれた。
彩香と穂香は月宮の異能について知らない。だから、何の脈絡もない言葉に驚いた様子だ。
「それは仕方がありません。ただで働かせられるようなものですから」
美琴が魔法演舞に出場する理由。
広告塔に他ならない。完全に手のひらで踊らされているようなもので、反発したいところだが父親の仕事を思うとできない。
お金を借りたことは仕方のないことだが、今さらながら別の手段がなかったのかと後悔をする。
ほんとに厄介な状況だと思う。
「まぁ、悪い話ではないというのがネックなんですよね」
「カーラからの報告は目にしているわ」
彩香たちがいるため明言をしないが、カーラからの報告で並列魔法と多重展開魔法は組み合わせが可能ということだ。
なおさら、秋月以外の場所に持って行けなくなった。
「それで、秋宮の方は? 今日の話の目的はそちらでしょう?」
美琴の発言に、二人は表情を強張らせる。
あらかじめ話しておいたため、驚きはない。だが、今後のことは気になるのだ。
「秋宮麗子だったかしら……彼女には転校してもらうことに決まったわ」
「「っ……」」
琴恵の言葉に、驚きを顕わにする彩香たち。
きっと、心のどこかで処罰がされないのではないかという疑念を抱いていた。琴恵から転校を明言され、どこか安堵を覚えた様子だ。
「それにしても、よく同意しましたね」
琴恵が交渉を持ちかけたのは秋宮夫妻だ。
いくら証拠があったとしても、あの二人ならば愛娘をいくらでも庇うだろう。美琴も少し意外に感じていた。
「関わっていた証拠と一緒に、手土産を用意してあげただけよ」
「手土産、ですか?」
「それについては、貴方でも教えられないわ。まぁ、私の跡を継いでくれるのであれば教えてあげるわ」
「結構です」
着々と外堀が埋められているような気もするが、月宮家を継ぐつもりは毛頭ない。
まさかこんな話があるとは思っていなかった様子の彩香たちは、一瞬目をぎょっとさせる。
「なんか、聞いてはいけない話を聞いたような」
「気のせい。私たち、何も聞いてない」
普通の女子中学生が知るには、大きすぎる話。
敢えて二人に聞かせたのだと分かると、琴恵のことをキッと睨む。だが、琴恵は素知らぬ顔でお茶を啜る。
その対応が誰かに似ているような気がするが、きっと気のせいだろう。
「取りあえず、話は分かりました。ですが、本当に秋宮を切り離すおつもりですか? 【オータム】の施設を手放すのは少々惜しいかと」
【オータム】が悪いのではなく、秋宮が悪いのだ。
実際、明久を始め有能な人材が多かった。そして、機材も大量生産に向いたものが多い。秋月に一番必要な設備である。
だからこそ、伝えたのだが……
「その通りね」
琴恵はそう言って、微笑みを浮かべる。
――ゾクリ
その瞬間、美琴が感じたのは恐怖だった。
いつもと変わらない、柔和な笑み。両隣に座る彩香と穂香の表情は変わらないことから、本当に自然な姿だ。
(お婆様が……月宮家当主が、離反を許す?)
脳裏によぎったのは、今回の件の不自然さだ。
秋宮は月宮の中でもデバイス産業を支える家だ。つまり、それほど重大なポストを持つ名家である。
そんな家の離反。
それは、他家からの嘲笑の材料にもなり得る。
実際に、諸星が秋宮を手に入れるため動いたのは確実だ。このままでは、月宮琴恵が耄碌したと思われ、他家から笑われることになるだろう。
場合によっては、更なる離反も……
――だが、本当にそうなのか?
琴恵の余裕の表情。
それが、美琴の脳裏によぎる疑念を否定する。もしかすると、今回の出来事全てが琴恵の描いた精巧な絵画だとしたら……
(妖怪……言い得て妙ですね)
美琴は、目の前の怪物を改めて理解するのであった。
あとは魔法演舞で終了になります。
来週中には完結を迎えられそうです。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます!




