第49話 彩香と穂香
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彩香と穂香は順調に勝利を重ね、第四試合出場を勝ち取った。
第四試合は、お昼を挟んで午後に行われる。二人の試合が終えたのを確認すると、美琴はキャサリンを連れて最寄りのファミリーレストランで席を取っておいた。
待っていること二十分ほど。
店内が混雑し始めたときに、彩香たちがファミリーレストランを訪れた。
「……随分とお疲れの様子ですね」
ぐったりとした様子の彩香たちを見て、首を傾げる美琴。
観客席から見た時よりも、遥かに疲弊している様子だからだ。いったいどうしたのかと思いつつ、尋ねると……
「イッパイノヒト、カコマレタ」
「ネホリ、ハホリ、キカレタ」
心ここにあらずと言った様子の二人。
片言であるが、何が言いたいか伝わった美琴は「ご愁傷さまです」と言って苦笑を浮かべる。
「なにはともあれ、順調に勝ち進んでいるみたいで安心したわ」
美琴の隣に座るのは、キャサリンだ。
秋宮が凶行にでないとは限らない状況で、琴恵から護衛でも頼まれているのかもしれないが、美琴としては暑苦しいことこの上ない。……尤も、口に出すようなことはしないが。
「それは、そうですよ……たくさん、練習しましたし」
「しかも、これだから」
穂香はそう言って、デバイスを取り出す。
おそらく、ずるいとでも感じているのだろう。だが、それは違うのだ。美琴は首を横に振った。
「その魔法は誰にでも使えるという訳ではありません。使用者への負担を考えると、大抵の人は普通のデバイスを使った方が楽だと思いますよ」
「美琴ちゃんの言う通りよぉ。貴方だって、最初はそよ風しか生み出せなかったでしょう。それを使い熟しているのは自分の実力なのだから、気にする必要はないわ」
美琴とキャサリンに窘められて、少しだけ納得を見せる穂香。
一方で彩香はというと……
「別に狡くはないと思うわよ。圧倒しているわけでもないし」
「最初のゴーレム使いですか。他の人も、なかなかのレベルでしたね」
「あれは本当に厄介だった。単発でしか撃てなかったら、持久戦で負けてたかも」
美琴が真っ先に思い浮かべるのは、彩香の第一試合の対戦相手だ。
あのゴーレムは学生にしては上出来だった。そんな風に思っていると……
「もし美琴だったら、あのゴーレムどうやって倒すの?」
突然、美琴に尋ねて来る彩香。
「私、ですか? そうですね……」
突然の疑問にどう答えたものかと悩み、顎に手を当てる。
「私なら、手っ取り早く制御権を奪いますね。拘束力が低そうでしたから。それ以外だと、再生できないほど壊すか……凍らせるという手がありますね」
考えてみれば、いくらでも手が思い浮かぶ。
それ以外にもいくつか語っていると、どこか呆れたような表情を浮かべる三人。彩香は深いため息を吐いた。
「美琴に聞いた私が馬鹿だった……参考にならないわ」
「うん。今日、改めて美琴がチートだと思い知った」
「ああ、それ分かる。比較対象が美琴だから、大抵のことに驚かなかったわ」
「分かる。美琴に比べればって感じになった」
「……」
好き勝手に言ってくる二人にジト目を向ける美琴。
しかし、二人は確かに結果を残しているのだ。寛大な心を持って、文句を言うことはなかった。
彩香たちが合流してから注文した料理が届く。
「ペペロンチーノって、奢り甲斐がないわね」
「非常に良心的な値段なので。因みに、ペペロンチーノではなく、アーリオ・オリオです」
「似たようなものじゃない」
呆れを滲ませた声でこちらに視線を向けるキャサリンに、端的にそう伝えるとスプーンとフォークで器用に食べ始める美琴。
麺はアルデンテで、歯ごたえの残る触感。
味付けは極めてシンプル。ニンニクとオリーブオイルの香りが口の中に広がる。
「三百円くらいの料理のはずなのに、美琴が食べるとそう見えないから不思議」
対面に座る彩香は、ハンバーグを食べながらそんなことを言う。
「たまに忘れるけど、家計が厳しいんだっけか?」
「まぁ、収入が安定しませんから」
淡々と語る美琴。
彩香は、田辺家を頻繁に訪れるため家庭内の状況をよく知っている。最近来たお客様と言えば、明久だけだ。
誇張などしても意味はない。
「聞いた話だけど、美琴ちゃんは株をやってるらしいわね。随分と儲かったみたいな話を聞いたけど」
「株?」
キャサリンの言葉に、斜め向かいで食事を取っていた穂香が首を傾げる。
彩香以外に話した覚えがないので、知らなかったのだろう。キャサリンが知っていたのは、名前をあげないことから琴恵からの情報だとすぐに分かる。
「一時期は儲かりましたが、一度リセットされましたので」
「あぁ、あれかぁ……」
突然の話題に、苦笑を浮かべる彩香。
リセットの原因は、弘人だ。大幅な赤字により、コツコツためた利益が一瞬で消えてしまったのだ。
美琴としては気にしていないが、大金と言って差し支えない金額であったため、弘人や弘人から話を聞いた彩香は心を痛めていた。
「多少高額ですが、授業料だと思えばどうってことはありません。お父さんも、情報の大切さが分かってくれたようですし」
「何であんな大金を多少で済ませられるの? なんで、ペペロンチーノなの?」
「それは関係ないと思うのですが。それと、アーリオ・オリオです。唐辛子は入っていません」
脈絡のない会話に呆れた様子の美琴。
だが、三人はまったく納得できていない様子だ。
「別に麺類が好きなだけです。それよりも、次の試合の相手はお二人のようですね」
居心地の悪さを覚えた美琴は、話題を変える。
「うん、そう。次の試合は彩香が相手」
トーナメント形式であるため、当然だが二人が当たることになった。
「穂香とかぁ……いつも相手になってもらってるから、どっちが勝つか分からないよね」
「そうですね。二人とも消耗している様子ですし」
多重展開魔法のデメリットは、消費する魔素が多い。
二人とも四家の分家においてトップクラス……本家でも通用するような魔素を保有しているのだ。
そのため、魔素の保有量は多少の余裕があるだろう。
だが、多重展開魔法による精神的な疲労は確かに蓄積されている。魔素制御も必要なため、見えない所では疲れ切っているだろう。
「思いのほか、今年はレベルが高かったからねぇ……優勝は厳しそうね」
キャサリンは食事を終えると、そんなことを言う。
二人の対戦相手のみならず、全体的にレベルが高かったのだ。残りの六人は使用者に最適化された通常のデバイスを使用しているため、精神的な負担は二人に比べて軽い。
すると、二人は暗い表情をして……
「さっき、連絡があったんだけど、どちらかが棄権してほしいって」
彩香がポツリと呟いた。
美琴は端正な眉を顰めると……
「それは、秋月からですか?」
「うん」
「……そうですか。確かに合理的な判断かもしれませんね」
二人の消耗具合を考えると、確かに効果的な策である。
どちらかが棄権をすれば、一試合分休憩ができる。そして、次の試合は準決勝だ。万全の状態で挑むことができる。
しかし……
「二人は納得できていないのですね」
「うん。分かるんだけど、流石に……」
「やるなら全力が良い」
と、語る二人。
美琴は隣に座るキャサリンにアイコンタクトを取ると、互いに頷く。
「なら、それで問題ありません」
「えっ?」
美琴の言葉が意外だったのだろう。呆然とする二人。
「そうよぉ。それに、あの方なら棄権をした方が怒ると思うわ」
「十分に広告の役割を果たしていますし。せっかくなので、同じコンセプトのデバイス同士の衝突を披露すれば良いでしょう」
「こちらで話を通しておくから、気にしなくて良いわぁ」
美琴とキャサリンがそう伝えると、二人の表情は明るくなる。
そして、キャサリンは席を立つと秋月家に連絡を取りに出た。
「もし情けない試合になれば、美智乃雄真さんが現れますよ」
「あれは、ちょっと……」
「私も遠慮しておく」
二人は途端に嫌そうな表情を浮かべる。
競技場から見た観客席の美智乃雄真さんはそれだけ嫌なのだろう。間違いなく恥ずかしかったはずだ。
「隣に座る私の身になって、お願いしますね」
美琴が切実さを滲ませて、そう言うと二人は苦笑を浮かべて頷くのであった。
◇
そして、迎えた第四回戦。
午前中も人が多かったが、午後は更に人が多い。それどころか、カメラまで入っていた。午前中座っていた席は、何故か空席。
首を傾げつつも、美琴とキャサリンはその席に座っていた。
「どちらが勝つかしらね?」
「そればかりは分かりません。どちらが勝ったとしても不思議はない試合ですから」
早さに優れた穂香と威力に優れた彩香。
どちらも、方向性こそ違っても才を持つ者だ。午前中の試合での疲労を考えると、さらに結果が分からなくなってしまう。
「秋月に連絡は?」
「ちゃんと頼んでおいたから平気よ。美琴ちゃんのこともそれとなく匂わせておいたから」
「……頼んでいたというより、脅しじゃないですか。あまり人の名前を広めるようなことをしないでほしいのですが」
「まぁ、友達のためなんだから。一肌脱いであげても良いじゃない」
「キャサリンさんは人皮脱がないで下さいよ」
内心「恥ずかしいので」と付け加える美琴。
しかし、キャサリンはよく分かっていないのだろう。可愛らしく?首を傾げる。その破壊力は抜群だ。
美琴は何も見なかったことにし、周囲からは色々と拙い効果音が出ているような気がする。
「試合が始まりました」
それからしばらくして、試合開始の合図が響く。
二人は試合直前に何か話していたようだが、今は集中した面持ちだ。
先制したのは穂香だ。午前中とは違って、最初から全力である。
「いったい、いくつあるんだ!?」
「十、いや二十はあるぞ!」
「下級魔法とは言え、一度にこれほどの数を!」
周囲から驚愕の声が響く。
初見の彼らにとっては、驚愕せざるを得ない光景なのだろう。普通であれば、あれだけの魔法の嵐になすすべもなく負けてしまう。
だが……
「互角と言ったところですか……」
穂香が数ならば、彩香は質だ。
防御なしの殴り合い。彩香の二条の光線は穂香の風の弾丸を打ち破り直撃し、穂香の風の弾丸は彩香の光線を無視してマテリアルへ降り注ぐ。
過剰に魔素を込めることによって生まれる防壁を張り、耐え凌いでいるが着々とマテリアルの耐久値が減って行く。
(穂香さんがこのまま押し切れるか、それとも彩香さんが立て直せるか)
耐久値の減り具合は、彩香の方が大きい。
だが、時間をかけるほど彩香に魔素を収束させる時間を与えることになる。先ほどまで二条だった光は三条に増え、四つ目となる次の魔法式が展開される。
「負けんじゃないわよ、穂香ぁ!!! 勝ちやがれ、彩香ぁ!!!」
いったい、どっちを応援しているのだろうか。
隣の美智乃雄真さんが雄々しい声を上げる。
どうやら気分の高揚で人皮が剥がれてしまったようだ。試合中の二人がピクリと反応するが、それも一瞬の事である。
「まだ増えるのですか」
以前は三十ほどだった魔法。
だが、穂香が展開する魔法はすでに四十を越えている。驚くべき進歩だ……成長力は彩香よりも穂香の方が大きいらしい。
(それに、二人の才能に応えられるあのデバイスも。流石ですね、カーラ)
デバイスは精密な構造をしている。
穂香の成長に応えられるということは、当然調整を担当している人物がそれを把握しているということだ。
貴賓席に座るカーラに視線を向ける。
適当に見ているようで、二人の事をしっかりと見ていたのだろう。美琴に対しては容赦がないが、思いのほか人情に溢れるようだ。
「本当に後先の事を考えていませんね」
愚直なまでに真っ直ぐな戦い。
四十を超える魔法と五条の光。
友人二人だからだろう。清々しく見えてしまうその試合に、美琴は自然と笑みを浮かべてしまう。
周囲も同様だ。
先ほどまでの驚愕は収まり、誰もがこの試合に見入っている。
決着は近い。
このまま行けば、どちらかの魔素が切れる。
誰もがその一瞬まで目を離さず、そして手に汗を握ってその一瞬を待ち続ける。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
「決着ですね」
試合終了の合図が鳴り響く中、静寂に包まれた会場で美琴はポツリと呟く。
そして、疲労困憊の様子の二人に視線を向けた。
「……おめでとうございます、穂香」
あと数ドットのギリギリの戦いを制したのは穂香だった。
互いに魔素切れの状態で、立っていることも困難な様子だ。しかし、勝った穂香も、負けた彩香も満足そうな表情をしている。
惜しみのない歓声が、観客席から送られ二人は競技場を後にした。
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