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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
奇運のファンタジア
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第48話 観戦

誤字報告、ありがとうございます!

 迎えた大会当日。

 魔法協会主催ということもあって、地方大会でありながらもかなりの出場人数となる。選手ではない美琴はというと、観客席で大会が始まるのを待っていた。


「それにしても観客が多いですね」


 周囲を見渡せば、ほとんど満席状態だ。

 以前にも、トロイメライの大会を見たことはある。だが、その時はこれほど混んでいなかった。

 そんな呟きが聞こえたのか、隣に座るキャサリンが声を掛けて来る。


「あらん、美琴ちゃんは知らないのかしら? うちの調べだと、中学生対象のアンケートでトロイメライは一番人気よ」


「ああ、魔法協会の調査ですか」


「そうよ。何でも、魔法を撃ち合う高揚感が堪らないらしいわぁ」


 そう言って、体をくねらせるキャサリン。

 頬を赤くして「若い子は良いわねぇ……」などと口にしたところ、先ほどから美琴にチラチラと向けられる視線が一気に減った。

 心なしか、周囲に座る観客との距離が開いたような気がする。


(こんなことなら、お父さんと一緒に来れば良かったですね)


 何を想像してか興奮している様子のキャサリンを横目に、そんなことを思う美琴。

 この場にいるのは、美琴とキャサリンの二人きりだ。彩香と穂香は選手であり、カーラと明久は秋月の関係者である。

 そして、弘人は千幸と一緒にいるのだ。

 せっかくの娘の晴れ舞台であり、休暇を取った千幸が弘人を誘った。

 その間に入れば、馬に蹴られてしまうのも仕方がないだろう。空気を読んだ美琴は、こうしてキャサリンと二人でさびしく観戦している状況だ。


「それにしても、秋月は良い席に座っていますね」


 ちょうど貴賓席に位置する場所に、秋月家の当主とカーラや明久の姿があった。


「それは当然よ。秋月……というよりも、月宮は魔法協会に多額の寄付をしてくれているのだからぁ。当然、貴賓席は確保してあるのよ」


「当然と言えば、当然の配慮ですか」


「因みに、以前使っていたのは秋宮よぉ。今日は【オータム】からも選手を出しているみたいで、席を巡っていちゃもんがあったみたいよ」


「それは、災難でしたね……スタッフがですけど」


 初めて聞いた話だが、現場の光景が目に浮かぶ。

 きっと、スタッフは対応に困ったことだろう。秋宮が使おうと思っていた貴賓席は、月宮のものであり、月宮と縁を切った秋宮に使う資格はない。

 だが、それを素直に認められるような人物ではない。あの場に秋月がいるということは、秋宮は部下を残して本人は帰ったのだろう。


「確かに可哀想よねぇ……下手なクレーマーよりも質が悪いから」


「本当にその通りです……と言うよりも、娘の方をどうにかしてほしいのですが。割と真剣に」


 まさかと思うが放置しているのでは。

 そんな風に思う美琴。あれだけ問題を起こしたのだから、放置しているようなことはないと思いたいが……そこは秋宮だ。

 嫌な想像をしていると、キャサリンが首を振った。


「その点は問題なさそうよ。聞いた話だと、秋宮には優秀な従者がいるみたい。麗子ちゃんの我儘に振り回されていたみたいだけど、しっかりとした良識を持つ人物みたいよ」


「そんな人物がいるのですか?」


 まさか、秋宮にそんな人物がいるとは。

 初めて聞く事実に、美琴は興味深そうな表情を浮かべる。


「こら、美琴ちゃん。引き抜きを多用すれば、あとで余計な軋轢あつれきを生むことになるわよ。ただでさえ、【オータム】の半数近くを引き抜いたのだから」


「それは、そうですけど……待って下さい、私は優秀な技師がいると言っただけで、実際に引き抜きをしたのは月宮です」


「結果が分かっていて、そう提案したのだから変わらないわよ」


 美琴が自分は関係ないと主張すると、キャサリンは呆れた声を上げる。

 否定しようと思えばできるが、それは意味のないことだ。喉まで出かけた言葉をぐっと飲みこむ。


「それにしても、貴方は本当に中学生らしくないわね」


 すると、唐突にそんなことを言うキャサリン。

 既に何度も言われた言葉であるため、今さら動揺することはない。どこかうんざりとした表情を浮かべる。


「私が中学生でないとして、何に見えるんですか?」


「雰囲気は大人びているから、高校生くらいには見えるわよ。中身はどこか老成しているようだけどね」


「そこは、せめて成熟にしてください!」


 失礼極まりない発言に、思わず声を上げる美琴。

 そんな取り留めのない会話をしていると、ようやく大会が始まったようだ。トーナメント形式で、六十四人の選手がいる。


「確か、第三試合までは八試合ずつ行うのでしたか」


「ええ、そのとおりよ。高校生以下の部となると、最長で五年しか魔法の練習をしていないからね」


 魔素の制御などは小学生の時に教えられるが、魔道具の使用は原則として中学生以上だ。

 そのため、高校生以下となれば高校三年生でも五年と少ししか魔法を使ってはいない。そのため、出場者数が多くとも、見られるだけの実力がある者はそれほど多くないのだ。


「そう言えば、ひとつ気になっていたのだけど……」


「何ですか?」


「どうして、彩香ちゃんたちにお披露目をしてもらおうと思ったのかしら? 美琴ちゃんは知らない?」


「そのことですか……」


 注目を集めたいのであれば、高校生以下の部ではなくもっと大きな大会で使うべきだろう。美琴も詳しい事情を知っている訳ではないが……


「おそらく、無様をさらさないためでしょうね」


「それって、どういう……」


「多重展開魔法は、確かに驚異的な魔法です。一度に同じ魔法を複数展開できるのですから。……ですが、大人の部では奇策としてしか通用しないでしょう。二回戦目以降では、間違いなく苦戦を強いられることになります」


「なるほどねぇ……注目の集まる場で大敗すれば、マイナスイメージにつながるものね」


 キャサリンは、美琴の説明に納得したように頷く。


「後は、秋月のターゲットは、魔法を覚え始める中学生だからでしょうね」


「それは、間違いないでしょうね。一度魔道具を使わせてもらったけど、普通の魔道具に使い慣れていると違和感が大きいから。なら、最初からそちらの感覚を覚えさせようとしているのね」


「その通りです」


 多重展開魔法は、単発の魔法と当然だが違う。

 その感覚を先に覚えていれば、後で苦労することはないからだ。普通の魔道具を使い慣れた者は、多重展開魔法を嫌厭けんえんし、逆にその将来性を見込んで魔法を覚えたての少年少女たちは注目するだろう。


「なるほどねぇ……だから、中学生である二人がちょうど良いという訳かぁ」


 納得の表情を浮かべるキャサリン。

 それからしばらく二人で話していると、開会されるのであった。





 トロイメライは、基本的に外で行われる競技だ。

 魔法演舞とは違い、魔法に威力が求められるからである。全体を耐魔素性の素材にすれば良いのだが、そこは予算の問題だろう。

 仮に壊されでもしたら、修理費用は相当なものとなる。

 その代わり、観客席への守りは厚い。円形状に広がる観客席は魔法が飛んできても問題ないように、透明な防壁が張られていた。


「ようやく、彩香の出番のようですね」


 一時間ほどが経ち、ようやく登場した彩香。

 遠目ではあるが、どこか緊張した面持ちのように見える。いや、事実緊張しているのだろう。

 対戦相手は、高校生だ。

 年上であるということで、なおさら緊張するのだろう。


「それにしても、言うほどレベルは低くないと思うのですが」


 美琴の率直な感想だ。

 これまで何試合も見学をして来た。確かに、彩香たちに比べると、いくらか見劣りする選手ばかり。だが、二人は美琴がデバイスのイメージモデルをしてもらいたいと思えるほどの才能を持っている。

 キャサリンも同様のことを感じたのだろう。

 神妙な表情で首を縦に振った。


「そうねぇ……。どの試合も、高校生以下にしてもハイレベルよ。しかも、なかなか珍しい魔法も見られるし」


「はい。流石に、真新しい魔法はありませんでしたが、海外製のものもいくつか紛れ込んでいますね」


「どこかのボンボンが紛れ込んでいたのかしら?」


 などと会話をする二人。

 次の試合の準備が整ったのか、試合開始の合図が響き渡る。


「珍しいものを……」


 彩香の試合に注目していた美琴は、感嘆の声を上げる。


「ゴーレムかぁ。高校生が使うとは思わなかったわねぇ」


 意外そうな表情で見るキャサリン。

 彩香の相手選手は、開始と同時に二メートルほどの人型ゴーレムを作りだしたのだ。地面からい出て来たゴーレムは、すぐさまマテリアルの守護を始める。


「どうするつもりでしょうか?」


 周囲がゴーレムの登場に驚愕するなか、美琴は彩香の試合を興味深そうに見る。

 彩香も驚いた様子だったが、それは一瞬の事だ。冷静さを取り戻すと、すぐさま魔道具を起動させる。


(どうやら、あちらは防御力に自信があるようですね)


 彩香が魔法を準備しているまでの間、相手に動く様子はない。

 おそらくだが、持久戦で来るつもりだろう。ゴーレムが守りを固め、疲れ果てたところでカウンターを狙っている。


(取りあえずは様子見をしているようですね……)


 彩香とゴーレム使いの男子の戦いは、膠着こうちゃく状態にある。

 単発で撃つ【フォトンレーザー】はゴーレムを破壊するものの、火力が足らずすぐに直されてしまう。

 壊しては、直される光景が何度も繰り返されていた。

 彩香は、最初から多重展開魔法を使わない様子だ。

 普通の魔法よりも、消費が激しいからだ。最高で六度試合をすることになるのだから、その選択は正しい。だが……


「じれったいわねぇ……」


 隣では、歯がゆそうな表情で試合を見るキャサリンの姿がある。

 消費を抑えているのは分かるが、このままでは却って消耗してしまう。もしかすると、秋月になにかを吹き込まれたのかもしれない。

 そんなことを思っていると……


「オラァ、彩香!! 思いっきりやっちまえ!!」


 突然の大声に、ぎょっとする美琴。

 隣を見ると、立ち上がって応援する美智乃雄真さんの姿があった。体育会系並みの声量。もともとキャサリンから距離を置いていた面々は、元ヤンキーの本性を現したキャサリンを前に、そっと距離を開ける。


「……」


 周囲から向けられる視線を前に、美琴は思わず口元を引きつらせる。

 彩香の方を見ると、美琴と視線が合う。同情されているような気もするが、悪目立ちしているだけあって美智乃雄真さんに気づいた様子だ。


「んなガラクタ、とっとと壊しちまえ!!」


 美智乃雄真さんは、彩香が気づいたことが分かった様子だ。

 伝えたいことを伝えると、そのまま勢いよく腰を下ろす。そして、頬に手を当てると……


「あらやだ、私ったら……恥ずかしいわねぇ」


 キャサリンは、周囲に向けてそんなことを言う。

 一転した態度に、こちらを見る者たちが表情を引きつらせていた。


(私の方が恥ずかしいのですが……)


 隣に座る美琴の方が恥ずかしい。

 そう言いたいところだが、無心になって彩香の試合を見る。こちらに向けて一瞬笑ったように見えたが、すぐに試合に集中した。


「どうやら、一気にやるみたいね」


「そのようですね。大方、午後まで使わないようにとでも言われたのでしょうが、秋月も余計なことを」


 秋月もまた、初戦の相手がこれほどとは思っていなかったはずだ。

 午後の部で目立ってほしいという思いも分からなくはないが、それでも初戦で負けては意味がないだろうに。

 そんな思惑とは反対に、集中した様子の彩香。

 先ほどまで自分から動く様子のなかった相手選手は何かを感じたのだろう。突然、ゴーレムにマテリアルを襲うように指示を出した。

 しかし、もう遅い……


「三重【フォトンレーザー】」


 放たれたのは、三条の光線。

 美琴に対して使われたものよりも数も質も低い。だが、普通のゴーレムであれば中級魔法三発に抗うことはできない。

 ゴーレムを貫通した光は、そのままマテリアルへ衝突。

 一撃だ。

 一撃で、試合終了の合図が鳴り響く。


「何だよ、今のあれ!?」


「今、三つ同時に使用したよね!? 魔道具を三つ同時に操作したとでも言うの!?」


「そんな訳があるか!? なんだよ、あの魔道具!」


「【ムーンクラフト】製、あそこは秋月の……そうか、先日発表された多重展開魔法か!?」


 周囲から驚愕の声が響き渡る。

 中には、なかなか情報に敏い人物もいたようだ。ちらほらと多重展開魔法という言葉が聞こえて来る。


「どうやら、成功のようね」


「みたいですね」


 間違いなく、これで秋月の……【ムーンクラフト】の名が広がることになる。

 その確信を覚えて、試合会場を後にする彩香の背中を見送るのであった。







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