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part 14 覚悟

読んでいただき、ありがとうございます。

 九条が出現させた槍すべてが刺さったわけではない。だが数さえ打てば当たる、というものだろう。数本が刺さり、数本が腕や身体を掠る。十数秒の間、槍は放ち続けられていた。


「ぐっ……」


 苦しそうな息を漏らす。先程の腹部を殴られたような感覚とは違い、刺さった部分が抉られるような痛みが力を入れていなくても身体を蝕む。

 倒れこんだままの海斗を見て、九条は笑いもせず、怒りもせずにこちらに接近してきた。


「…もう無理でしょう。その状態ではもう相手にすることさえしたくありません」


 このままでは、あの子が危ない。だが今の串刺しにされた状態では歯向うことさえできない。


 もう手はないのか。


「このあたりは人気が少ないですが、恐らく仕事帰りの誰かが見つけてくれるでしょう」


 あれだけ見栄を張っておいて、この程度だったのか。


 これでは終れない。


 決めたんだ。


 あの子を守ると。


「……ん?」


 九条神奈が異変に気付いた。


「何をしているのですか?」


 手首には細い槍が刺さっている。神経を貫いているはずなのに、一ノ条海斗はその手を動かしていた。震えながら、ゆっくりと動かす。その右手は、左下腹部に刺さった槍に向かって伸びている。


「何を…?」


 ようやくの思いで、指が下腹部の槍に届いた。それを握ると、唸り声をあげながらその槍を引き抜こうとする。腹部に激痛がはしる。額に冷や汗をだしながら、ようやくの思いで槍は抜けた。黄金に光る槍の先は海斗の血で真っ赤に染められていた。槍を抜いたからか、先程よりも傷口から血が滲みだしてきた。引き抜いた槍を握りしめると、腕は地面に自由落下する。


 すると。


 引き抜かれた槍がゆっくりと消滅していった。槍についていた血は物体が無くなり、地面に不自然に落下する。

 握られた槍は消えたが、周りの地面に刺さった槍や、まだ海斗に刺さったままの槍は消えていない。九条神奈は自分の手元にまだ槍を戻していない。

 地面に倒れて死にそうになっている一ノ条海斗の口からはこんな言葉が発せらrれた。


「『覚えた』」



―――――――――――――――――――


 息遣いを荒くし、額に汗を垂らしながら少女は走り続けていた。


 来た道を戻るにつれ、段々と人通りが増えていく。走り抜けるオリジンに視線を向けるものもいたが、彼女はそんなことは気に留めてすらいなかった。

 あの人が、海斗が、一秒でも時間を稼いでくれている間に一歩でも早く遠くへ行かなくては。あの人の努力を無駄にしてはならない。


 だが、人を盾にして逃げているオリジンは、自分を悔やんでいた。


 巻き込んでしまった。


 この壁に囲まれた都市を出る手段を教えてもらえれば、そのあとはもう二度と会うことはないだろうと思っていた。出入口まで送ってもらえれば、それだけでよかったのだ。


「なんで…」


 あの時、ご飯を食べさせてもらえたあと、すぐに別れればよかった。だが、そんなことを今後悔しても変わりはない。今、あの人はどうなっているのだろうか。知りたいけれど、知ることさえできない。もし彼の身体が地面に転がっていたら、きっとオリジンは一生自身を責めるだろう。最悪、気が動転して自害するかもしれない。


「なんで…」


 彼女のまぶたに涙が浮き上がる。だがオリジンは拭きとらず、鼻をすすり、ただひたすらに走り続ける。

 これからどのようにして『外』に出なければならないのか。彼が居なければ、あの厳重な門を通貨する方法さえわからない。オリジンは普通に出入りできるものだと思っていたのだ。

 もしかすると、逃げ隠れするのも意味がないのではないだろうか、そう思えてしまう。この壁に囲まれた都市で、なぜ追いかけられているのかもわからないのに、あの槍を持った彼女に殺されてしまうのか。


 既に、疲労が身体を蝕んでいた。特に足が限界に近付いている。こんなにも長く、速く走ったことがあっただろうか。それさえも憶えていない。恐らく足を止めてしまうとへたり込んでしまい、動けなくなるだろう。


 靴も履いていない足の裏は、地面を踏んでもまるでベッドの上に立つような感覚だ。足裏の感覚がなくなっている。整地されたコンクリートの歩道でも、砂粒程度の小さな石が散らばっている。運動場ほどではないが、それを踏んでしまったら足裏に針を刺したような痛みがある。彼と歩いていた時や、逃げ始めた時はまだ感覚があったのだが。


 先程食事をしたファミレスは既に通り過ぎ、今は見たこともないビルに囲まれていた。必死に彼のいる場所から正反対の方向に向かって走り続けている。もう止まりたい、しんどい、疲れた、そういう感情が心の中に浮かび上がるが、本心は違うようだ。


 すると少女は何かにぶつかり、「きゃっ!」という悲鳴が響いた。斜め下を向いて、まぶたに溜まる涙を拭いていなかったため、前方を確認していなかった。ぶつかったのは人だった。少女よりも背が高く、年上だと思われる。オリジンは衝撃でしりもちをついた。だが相手も同じようにしりもちをついたらしく、地面に座り込んでいた。

 オリジンは息を切らしながら、「す、すみま、せん」と言った。


「大丈夫大丈夫。わたしだってよそ見してたし」

と、許してはもらえたようだ。相手は少女が見た感じではどこかすりむいたり、血が出ている様子はない。 


 よかった…、とオリジンは座り込んだまま胸を撫で下ろす。だが、止まってしまった。もう立つことさえできない。ピクリとも動かせない足は前に伸びたままだ。僅かに筋肉痛のような痛みと、痙攣している感覚で、疲労が蓄積しているのが分かる。昨日逃げていた時も、このような感覚だっただろうか。昨日の記憶さえ覚えていない。

 いろいろと考えていると、少女のまぶたにまた涙が溜まっていく。次は声を出して、感情をさらけ出すようにして泣いた。


「だ、大丈夫? どこか怪我でもしたの?」


 先程ぶつかった人が立ち上がり、焦りながら訊いてきた。怪我などしていない。その人の声はオリジンの耳にとても優しく聞こえた。

今回は少し短めなのと、アナリアが今どうなっているかを書いてみました。

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