一話 エリックについて
エリクサンドラ=グロウビッツ(エリック)はグロウビッツ家の長男として生まれた。幼少期からスナイパーに憧れている少年だ。これは軍人である父の影響だろう。エリックのいる国00は戦争が強く、すればするだけ利益が得られたため戦争ばかりしていた。そのためエリックは父とあまり一緒にいることができず、思い出がたくさんある訳ではなかった。しかし父はどんなに激しい戦いの後でも帰ってこないことは無かったし、重症をおって帰ってくることさえなかったので、父はとても強いひとだと、誇っていた。なのでエリックは戦争に負けるということ知らなかったし父はいつか帰ってくるものだと思っていた。
しかしエリックが十二歳の頃、父は久しぶりのの敗戦に巻き込まれ、帰ってこなかった。負けの戦争ということは死ぬ兵士が多いのは当たり前だが、十二歳の少年にとって死というのは受け止めきれないものであった。
父が死んだという知らせを受けてから一週間、戦場は徐々に市街地の方に移動した。依然明らかに押されていたし、さらに畳み掛けるように空襲があった。エリックが住んでいる都市はまっさきに狙われてしまった。凄まじい音とともに飛行機からなにか落ちてくる。それからは一瞬で火が家を包んだ。夜なのに昼間よりも明るかった。母は焼けて死に、六つ下の妹は大火傷をおった。エリック自身も顔の左側に傷を負った。母はこの戦争が始まる前にエリックに
「もしもの事があったら母さんのことを諦めるのよ」と言っていた。
「お母さんのことを諦めるって何?離れ離れになるの?」急に言われた言葉を理解出来ず、自分が知っている知識を組み合わせ母に聞く。
「そう、離れ離れになるの」
「お父さんみたいに?」
「そう」
「でもいつか会えるよ。お父さんはいつも帰ってくるよ。」
「お父さんもお母さんも会えなくなるかもしれないの。その時が来ちゃったらまた言うね。」
母の言葉を理解したのか分からないがエリックは頷いた。
この出来事が空襲を受けたエリックの中で腑に落ちた。エリックは妹を連れ、郊外に逃げた。十二歳という年で死んだ母を置いて逃げることがどれほど辛く、賢明で、異常なことか。
両親が居ない中、妹に少しでも安心してほしかった。必死に優しい言葉をかけたが、いつもと何か違うことに気づいた妹は弱りきった声で言った。
「お母さんは?どこにいるの?」
「お母さんは居なくなっちゃったんだ。」
「どういうこと?」
「お父さんのところにいるんだ。」
「そんなわけないよ。お父さんは天国に行ったんだよ。死んじゃったんだ。でもお母さんは死んでないんだよ?」
言葉が詰まる。エリックだってこんな風に母を信じたかった。妹は自分によく懐いていた。喧嘩もしたことがなかった。オシャレが大好きで特にガラスのネックレスを気に入り、いつもつけていた。その妹がこんなに弱った声で、でも力を込めて母の死を否定している。それを見て、母の偉大さを知った。
火傷のあとを痛がり、疲れてしまって寝る。起きてしまうとまた痛がる。可哀想で仕方がなかった。
妹はそれから二日生きた。美しい死に方だった。うなされることも無く眠りに落ちるように心臓が止まっていた。エリックは妹の遺体からネックレスをとり、右腕に着けた。妹まで失うことは耐え難かった。我慢できずエリックは泣いた。妹の前ではこらえた涙が溢れ出た。離れ離れということ、死ぬということを知った。母は今からは離れ離れだよとは言ってくれなかった。諦めなければ助かったのか?それかもっと早く母を諦めたら妹は助かったのか?顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。エリックはそこで全て吐き出し、浅い睡眠をした。
飛行機の音で目を覚ます。空襲から五年がたった今もこの音は慣れていない。しかしここ半年過剰に反応してしまう。エリックは今高校生である。戦災孤児ではあったがそこそこのうちに引き取られ、頭も良かったため名門と呼ばれる高校に通っている。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ?」前の席からわざわざ振り返って声をかけたのはマスク=ブラットマン、死んだ目をしていたエリックを怖がることなく話しかけてくれた唯一の親友。裕福な家庭で育ち、機械に強い。エリックが普通に暮らせているのもこの男のおかげである。
「ああ、ちょっとな。飛行機の音に敏感になりすぎてるんだ。」
「空襲のトラウマか?いつまでも引きずるなよ」
「お前に何が?」
「確かに辛かったと思う。しかし今はどこにも戦争をしているところはない。明るく生きようぜ。」無責任な言葉だがここは納得する素振りをする。
昼休み、冬だからかあまり人がいない中庭で一緒に弁当を食べている。
「マスク、俺軍人になろうと思う。今はまだ00は戦争をしていないけどどうせまた始まると思う。」
「なぜ?」
「前の戦争で01が求めた領土はまだ00のものだ。そこについて決着がつかないと戦争は終わらない。」
「しかしなぜ今なんだ?高校を卒業してからでいいだろうし、個人的に思いがあるのは分かるがわざわざ危険な目に会わなくてもいいだろう。」
「最近飛行機の音に敏感になってるって言ったろう。これが始まってあのことを思い出して、この手で01を攻撃したいんだ。もう誰にも俺は止められない。それにおれはスナイパーの才能があるんだ。そう簡単に死にはしない。」
「馬鹿げてる。お前少しは冷静になれ、言葉がおかしいぞ。戦争ってのはみんなでやるもんだ。個人のものじゃない。お前場違いだぞ。」
「いや、もう決めたんだ。今週いっぱいで学校もやめる。お前だけにはちゃんと話しておきたくて。」
「へえ、じゃあ俺も辞めるよ。」
「は?」
「俺も辞める。来週ってのはきついかもしれないけど。」
「え?」
「お前が辞めるならおれも辞めるって言ってんだ。俺も軍人になる。確かにお前はセンスはあるかもしれんが、頑張りすぎて体壊しそうだ。だから俺がストッパーになる。俺はお前を心配してあげてんだよ。」
「意味がわからない。それだけの理由でか?お前こそ馬鹿げてる。俺は真剣な話をしているんだ。そのへらへらした態度をやめろ。俺の思いも知らないで。俺は家族を失ったんだ、今の家族も悪い人達じゃないけど俺は本当の家族を失ったんだ。お前は家族みんな元気じゃないか。そんなやつに心配してもらうつもりは無い。」
「じゃあだれか家族が死ねばいいのか?」
「だからふざけるな。頼む放っておいてくれ。」
そう言ってすぐに校舎に戻る。
授業が始まってしまったが、もやもやする。あれで言いたいことは全部だったのか?もっとあいつに寄り添った口調で話すべきだった。自分の思いはきちんと伝えられたのか?確かに軍人になれるほど体力がある訳じゃない。ああやって言われる理由も分かる。でも思いは本物だ。そしてあいつの言いたいことも受け止められた気がしない。今日は散々だ。出来たらもう一度話しをしたい。
数日後、俺は高校をやめた。これからは自分の力で生きていかなければならない。でも大丈夫だ。軍人になれば衣食住は心配ないし、軍人につてはある。俺は俺の武器で守るべきものを守るんだ。
それからはかなりのスピードでことを進めた。当たり前だ。覚悟を持っての行動ほと速い物はないんだ。まずすぐ家族と別れた。軍人になるとは言っていない。せっかく今まで育ててくれたが、急に軍人になるなんて言ったらどうせ止められるだけだ。独り立ちすると言ってきた。俺はそんなに大事大事に育てられてきたわけじゃない、やりたいことができた。とでも言っておけばいいだろう。
学校には欠席の連絡をして里帰りをした。
「ただいま。」帰ってくることは手紙で伝えてあった。
「おかえり。なにしにかえってきたんだい?」
「話があって。」
「そうかい。なに?」
「学校をやめたい。いままで育ててくれたけどひとりでやりたいことができたんだ。」
「本気?」
「うん。だからバイバイ。」
「は?もうでるの?これだけ伝えてお別れかい?」
「うん。もう決めたんだ。じゃあね。」そう言って背を向けて歩き出した。後ろからなにか言っていたがきこえなかった。何十秒かの会話だっだが、十分だと思う。
次に元軍人の知り合いに会いに行こう。知り合いと言っても知っているのは名前だけ。高校生の自分を受け入れてくれるか分からなかったが、他に何がある訳では無い。これがダメなら自力で努力するつもりだ。
電車を乗り継いでやっとたどり着いた。いま彼はパン屋を経営しているらしい。パンの焼けるいい匂いがする。
「いらっしゃい。」
「すみません。ミラーさんですか?」
「ああそうさ。なにか用か?うまいのがあるぞ。」
「元軍人だと聞きました。俺に稽古をつけてくれませんか。」
「は?俺はいまパン屋だ。何もするつもりはないね。」
「お願いします。」
「急に何を言い出すんだ。客じゃないのか?……俺は優しいから質問にこたえてやる。嫌だ。お前みたいな小僧になにかしてやる義理はない。」
「デイビットは知っていますか?」
「あ?」
「彼の知り合いです。」細かく言う必要はないだろう。
「デイビットか。あいつには世話になった。可哀想な死に方だった。」
「僕は戦場にいきたいんです。どうしたらいいですか?」
「なんだと?ばがをいうな。お前であいつの知り合いだろ?まさか敵討ちなんて言い出すんじゃないだろうな?絶対にだめだ。戦場なんて望んでいくもんじゃない。」
「あなたにとってはそうかもしれません。でも、俺は」
「まあ、そうカッカすんな。一旦中に入って話をしようや。」
「はい。」
「なあ、兄ちゃん。さっきも言ったが、あんなとこは望んでいくようなとこじゃねえんだ。たまたま行くことになっちまった不運な奴らが渋々いくんだ。それをわかっているのか?」
「はい。でも、俺はそうじゃないです。俺はどうしてもやらなきゃ気がすまないことがあるんです。」
「その様子じゃあ、そうだろうよ。でも、やめときな。どうするにしても俺は絶対に手を貸したりはしない。そもそも以前に軍人をやっていただけのパン屋だ。やろうとしてもなんの足しにもならんよ。」
「……そうですか。失礼しました。」
「すまんな。なにか食うか。」
「ハニーチーズパンください。」
「サービスだ。もっていけ。」
俺はボロいアパートを借りて新聞を読んで軍人の募集を探す日々を送ることになった。面白いことは何もなく、退屈な日々だった。
軍人になると言っても食っていけるわけではない。なにか稼ぎ口を見つけないといけない。それはわかっているが、一度徴兵されるまで貯金を崩しながらトレーニングをすることにしよう。何となくそうしたいから。
秋が深まる頃、やっと軍人になれた。高校を辞めてから丸一年かかった。しかもまだ未熟だから自分で少しはしていたとはいえ訓練にもついて行くので精一杯どころかついていけないこともある。でも俺には目的がある。必死に努力した。
それから二年が経った頃か、俺は部隊に所属した。役割は下の方だが、前線に立てることが誇らしかった。




