第9話 コリン①
日曜日の朝は、朝食を食べた後、ゆっくりとしてから俺は立ち上がった。
「さてと、見回りにでも行くか」
ニコエラも立ち上がりながらうなずいた。
秋も終わりに近づき、風が冷たくなってきた。森の合間を通る街道は、獣や魔獣が出やすいので、念入りに見て回った。
すると、突然、女性の甲高い叫び声が聞こえた。俺とニコエラは、その叫び声の方角に駆け出した。街道の先に男女二人が倒れ、五匹のビッグウルフが群がっている。
ニコエラは駆けながら、杖を構えた。
「ダークネスファイア」
ビッグウルフたちは黒い炎に包まれたかと思うと、一瞬で魔石へと変化した。
俺が先に男女二人に駆け寄って様子を見ると、所々噛みちぎられ、その姿は無残だった。もう息はない。俺はその二人を村で何度か見かけたことがあった。ニコエラも二人の顔を見て、その場に立ち尽くし、青い顔をしている。
「知り合いか?」
「……コリンの両親だ」
その一言で、俺の心に重いものが落ちた。俺は立ち上がり、ニコエラに言った。
「アニエス村の住人なら連れて帰ろう。俺は台車を持ってくるから、ニコはこの二人を守っていてくれ」
ニコエラがうなずいたのを見て、俺は駆けだした。
一度家に戻り、台車を持ってくると、ニコエラは二人に寄り添うようにして座っていた。俺に気づき、ニコエラは立ち上がった。
「命は戻らないが、ヒールをかけておいた。両親のあんな姿をコリンに見せたくなかったからな……」
ニコエラが目に涙をたたえながらそう言うので、俺は軽く抱き寄せ、背中を撫でた。
それから、俺は二人を丁重に台車に乗せた。服は無残にも引きちぎられてはいたが、ニコエラがヒールをかけたおかげで、遺体は綺麗な姿だった。まるで眠っているだけのようで、それがまた悲しい。
俺は台車を引きながら、村へと向かった。その途中で、ニコエラが言った。
「何かかけてやろう」
俺たちは家に寄り、ニコエラは自分の毛布を持ってきた。それで台車に横たわる二人の姿を覆い隠した。
「今日は寒いからな。これで少しは暖かいだろう」
その優しさを愛おしく思いながら、俺はニコエラに視線を向けた。
「俺はこのまま村に行く。ニコは家で待っていてくれ。何時に戻れるかわからないからな」
「……わかった」
ニコエラに見送られ、俺は村へと向かった。
村長の家の前につき、俺は一息ついてからノックした。すると、奥さんが顔を覗かせた。
「あら、アルさん、こんにちは。今日は早いのね。ごくろうさま」
「……村長はいますか?」
俺は固い表情でそう言い、後ろにある台車に目を向けた。奥さんはその台車を見た後、うなずき、家の中へと入っていった。すぐに村長が出てきて、俺を見上げた。
「なにかありましたか?」
「街道で人が襲われていました。駆けつけたときにはすでに遅く……。ニコが言うには、コリンの両親だと……」
村長の目の色が変わり、台車に駆け寄り、毛布を少しめくって顔を確認した。
「間違いありません。マークとレベッカです」
それを聞いていた奥さんが青い顔を手で覆い隠した。村長は俺に真剣なまなざしを向けた。
「村人に召集をかけましょう。アルさんは、家の中で待っていてください」
俺はうなずき、ふらつく奥さんを支えながら家の中へ入った。
しばらくすると村長の家の前に村中の人が集められ、マークさんとレベッカさんの訃報が告げられた。そこに子供たちやコリンの姿はない。アンナ先生の姿もなかった。
誰かがぽつりと言った。
「なぜ二人は街道を歩いていたんだ」
すると、ひとりの男性が言った。
「アンカースに住む親戚に不幸があったらしい。それで、コリンをうちに預け、ふたりだけでアンカースに向かったんだ」
そのあと、一瞬の静けさが辺りを包み、村長は重い口を開いた。
「……問題はコリンの今後だな。誰か引き取れる人はいないか?」
誰一人として手を上げようとはしない。子供ひとりを預かるということは、そう簡単なことではないと俺もわかっていたが、迷うことなく手を上げた。
「うちで引き取りましょう」
村長は白く長い眉毛から覗く茶色の瞳を俺に向けた。
「しかし、これは村の問題……」
俺は苦笑交じりに微笑んだ。
「俺もこの村の住人のつもりなんですが……」
村長はコホンと一つ咳をした。
「そうですね。失礼した。まだ住みはじめたばかりの方にお願いするのはどうかと思いました」
俺は台車に横たわる二人に視線を向けた。
「俺もコリンと同じく魔獣に親を殺されて、義父に引き取られたんです。その恩を返すこともできずに家を出てきてしまった。コリンを引き取ることは、一番の恩返しになると思いませんか?」
村長も村人も黙り、俺を見ている。俺は気まずさから逃れようと頭に手をやり、無理やり笑顔を作った。
「それにニコはコリンの先生です。コリンも安心するでしょう」
村長はじっと俺を見た後、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます。アルさんのお言葉に甘えさせていただきたい。――さぁ、コリンたちを呼んで、葬儀をあげましょう」
子供たちはアンナ先生の家に預けられていたようで、アンナ先生が子供たちを連れてやってきた。アンナ先生から事情を聞いたのか、コリンはすでに泣きはらした顔をしていた。台車で眠る両親の姿を見て、コリンは駆け寄り、縋りつくようにして泣いた。
俺がコリンの肩に手を置くと、コリンは涙でぬれた顔を上げた。
「おじさん……」
俺は精一杯の笑顔を作って、コリンを安心させるように努めた。
「なぁ、コリン。俺とニコと一緒に暮らさないか? 剣を教えてやる約束もまだ果たせていなかったな」
コリンは俺に抱きつき、泣きじゃくった。その姿が切なく、俺の目にも涙がにじんだ。
その後、村の端にある墓地にマークさんとレベッカさんを埋めるための穴を、村人たちが交代で掘っていく。
隣にいる村長が、俺を見上げて言った。
「傷もなく、綺麗な姿にしていただき、ありがとうございます。おかげでコリンと会わせてやることができました」
「ニコがヒールをかけてくれたんです。酷い姿をコリンに見せたくないと……」
「そうでしたか。ニコさんにもお礼をお伝えください。あなたの心遣いに感謝しますと……」
俺はうなずき、穴が掘られていくのを静かに見つめていた。
二人を埋める前に親しかった人たちが、一言ずつ声をかけていく。コリンは真っ赤になった目に笑みを浮かべ、両親の手を握りながら最後の挨拶をした。
「おじさんとニコ先生がおれを引き取ってくれるって。父さん、母さん、天国から見守っていてくれよな」
俺もコリンの横から二人に声をかけた。
「俺とニコが責任を持って息子さんを預かります。ちゃんと大切にしますので、安心してください」
そして、二人は穴に寄り添うように寝かされ、土をかけられていく。
隣にいるコリンが俺の手を掴んだ。その手は小刻みに震えていて、俺は包むようにして、その小さな手を握り返した。
解散するころには、陽が落ちはじめていた。俺はコリンの手を引き、家へと戻った。
リビングの椅子に座っていたニコエラは、コリンの姿を見て立ち上がった。コリンはニコエラに駆け寄り、顔を胸に埋め、震えながら言った。
「ニコ先生……」
ニコエラはコリンを抱きしめ、その背を慰めるように撫でながら俺を見上げた。
「どうしてここにコリンが……?」
「うちで引き取ることにした。相談しないで決めてすまない」
すると、ニコエラはほっとしたような顔をして、コリンの茶色の髪を撫でた。
「アルなら、そうするだろうと思っていた。私も賛成だ」
俺はニコエラの横に座り、嗚咽を漏らしているコリンの背中と、ニコエラの肩に手を置いた。
「今日から三人家族だ」
その日の夜。
俺のベッドに三人で川の字になって寝た。まだコリンの部屋の準備ができていないのと、ニコエラの毛布はマークさんとレベッカさんにあげてしまったからだ。ぎちぎちのベッドに寝ていると笑いがこみあげてくる。
「さすがに狭すぎないか?」
暗闇の中からニコエラとコリンのひそやかな笑い声が聞こえてくる。俺はそれを心地よく聞きながら身じろぎした。
「早くニコエラの毛布の調達と、コリンの部屋の準備をしないとな」
すると、隣にいるコリンの声が聞こえてきた。
「おれはこのままでもいいよ」
そう言って、俺の手を握ってくるので、まぁ悪くはないなと思いながら眠りについた。
翌朝。
俺はコリンに脇腹を蹴られて、目を覚ました。まだ窓の外は暗い。
「やっぱり早く準備しよう……」
そう呟き、コリンの足をどけてから、俺は二度寝をはじめたのだった。




