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Last resort  作者: 蒼了一


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薬室[4]

 翌日。山の清気がまだ冷たさを残す朝、拓真は龍仙寺の堂宇を踏みしめながら工房へ戻ってきた。昨夜思いついた閃きが、胸の奥で熱を帯びてうずいている。まるで夜通し燃え続けた炉の赤熱が、そのまま心臓に移ったようだった。


「又蔵さん、ちょっと設計を根っこから見直したいんです」


 引き戸を開けるなり、それは前置きもなく口をついた。炉の前で鉄屑を仕分けていた又蔵は、ぎょっと目を丸くする。


「ね、根っこから……?」


 拓真は座敷に膝をつき、懐から取り出したスケッチを広げた。墨の匂いがまだわずかに残る紙に、円筒と撃鉄、弾倉の配置が描き込まれている。昨夜、蓮根の穴を見た瞬間に走った連想を、そのまま形にした図だった。


「りぼるばあ、と言うんですかい?」


「そ、リボルバー」


「なるほど……弾倉を順々に回して、筒尻に合わせていく……そういう仕掛けで?」


 又蔵は顔を近づけ、煤だらけの指先で図をなぞる。炉の火が紙の上の線を揺らし、その影が又蔵の表情に細かな陰影を落とした。


 拓真はうなずき、胸の内の高揚を抑えるように深く息をついた。


 リボルバー──あまりにも基本的で、あまりにも身近な構造。なのに煮付けの蓮根を見るまで、すっかり抜け落ちていた。思えば、無理もない。現代でライフル銃といえば、ほとんどがボルトアクション方式。草創期に数種類だけ作られたリボルバー方式のライフルなんて、歴史書にも片隅に載るだけだ。


 だが今の雷振筒にこそ、必要なのはこの発想だった。


「この方式なら、撃つたび薬室が切り替わります。だから排熱に気を使わなくていい。大きなコイルスプリングも要らない。構造も……めちゃくちゃ単純なんです」


 語るほどに声は弾み、指先は知らず握りしめられていた。


「つまり……ほとんど壊れない。雷振筒の一番の弱点をまとめて吹き飛ばしてくれる方式なんですよ」


 又蔵はしばらく沈黙した。炉の火がぱち、と爆ぜる。彼はゆっくり息を吐き、やがて口元を持ち上げた。


「……なるほど、こりゃあ、本当に根っこの根っこから変わる仕事になりやすな。ですが──面白ぇ」


 そう呟く声に、拓真は確かな手応えを感じていた。胸の奥の熱は、もう迷いの影を一つも含んでいなかった。


 *


 設計方針を大きく改めてから、ほぼ一ヶ月。


 湿った空気が龍仙寺を包んでいた。数日前に梅雨入りしたばかりで、境内の土は雨に濡れて黒く沈み、射撃場に引かれた縄の上にも細かな水滴が並んでいる。


 灰色の空は低く垂れ込め、山の稜線さえぼやけて見えた。


 そんな中、拓真は新たに完成したばかりの試作品を両手に抱え、ぎゅっと息を飲んで的の正面に立った。冷たい湿気が銃の鉄肌にまとわりつき、肌を刺すような重さを帯びている。胸の奥は妙にざわついていたが、それが期待なのか不安なのか、自分でも判然としない。


「殿、やはり拙者が撃ちましょうか?」


 脇で待機していた五平が、濡れた肩布を気にしながら心配そうに覗きこんだ。雨粒に濡れたその眉間は深く寄っている。


 本来なら試し撃ちは藤四郎の役目だ。しかし、今日は別件で不在。拓真はそれを承知の上で「自分で撃つ」と言い張っていた。


「大丈夫大丈夫。ほんとに心配いらないから」


 笑ってみせたものの、手のひらはうっすら汗ばんでいた。


 だがこれは、ただ引き金を引くだけ。狙う必要はない。そう言い聞かせると、拓真は濡れた指で撃鉄を起こし、ゆっくりと銃を肩に当てた。金属が雨に冷たく締まり、頬に触れる面がじわりと重く感じる。


 人差し指を静かに絞った、その瞬間──。


「いってええぇーー!!」


 乾いた破裂音と同時に、雷のような痛みが左腕を貫いた。


 叫びが反射的に喉を突き破る。雨音さえ一瞬遠のいた気がした。


「タクミサマッ!?」


 賀津が叫ぶと同時に五平が水を蹴って駆け寄る。拓真の袖口から赤い滴がぽたぽた落ち、濡れた地面に散っていく。


「手ェ出せ!」


 五平を押しのけるように飛び込んだのは賀津だった。


 顔は半泣きで、手拭いを乱暴に広げ、一心に拓真の腕へ巻きつけていく。指は震え、息も明らかに上ずっていた。


「ありがとう、賀津。もう大丈夫。そんなに深くないよ」


 痛みは鋭いが、皮を裂いただけで命に関わるほどではない。拓真はできるだけ穏やかな声を作り、怯えた賀津の頭をそっと撫でた。


 その温もりに、賀津はきゅっと唇を噛みながらも、ようやく落ち着きを取り戻していく。


 そして、地面に転がった試作品を拾い上げた途端──。


 拓真の表情だけが、まるで別人のように開発者のそれへ戻る。痛みよりも興味が勝っていた。


「なるほどなるほど……だから普及しなかったんだ〜」


 銃口から薬室へと続く部分を指先でなぞりながら、雨粒に濡れた鉄の表面を真剣に見つめる。その眼差しは傷のことなど忘れ去り、ひたすら問題点を追う鋭さに満ちていた。


 五平は呆れ、賀津は涙目のまま唇を尖らせる。


 だが拓真にとっては、失敗すら次へ進むための材料だった。


 痛みが疼く腕を抱えつつも、確かに胸の内では新たな歯車が回り始めていた。


 左腕に巻かれた手拭いの内側で、じんわりとした熱がまだ脈打っている。


 だが拓真は、痛みよりも──いや、痛みだからこそ──ある事実に気付かされていた。


 発射の瞬間、弾倉と銃身のわずかな隙間から噴き出した燃焼ガスが、横薙ぎに腕を打ったのだ。


 霧雨の向こうで銃身から立ちのぼる白煙はまだ細く揺れている。湿った森の匂いに混じって、焦げた布と火薬の刺すような臭いが漂った。

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