薬室[5]
リボルバー式の宿命──その欠点を、拓真は身をもって叩き込まれた。
本来なら、あのガスはちょっとした怪我で済むものじゃない。
まともに浴びれば肉が裂け、骨に達してもおかしくない威力だ。
ただ今回は、梅雨寒で厚着していたこと。
そして試作品ゆえに弾倉と銃身の隙間が大きく、圧力が弱かったこと。
その二つが奇跡のように重なり、大怪我の一歩手前で踏みとどまっただけだった。
(危なかった……いや、マジでヤバいことになってたかも……)
冷たい雨のはずなのに、背筋に汗が流れた気がした。
拳銃ならまだいい。構造上、左手を前に添える必要がないからだ。
だがライフルは違う。トリガーを引く手とは別に、銃身を支える手が必ず前へ出る。
その手に噴射がかかる──それはつまり、銃そのものが“持つ者を傷つける道具になる”ということだ。
アメリカで最初に量産された連射ライフル、コルト M一八五五。
革手袋による保護しか対策がなく、結局ごく短期間でその座はウインチェスターに取って代わられた。
(なるほど……リボルバーライフルが普及しなかった理由、これか)
身を切るような痛みを代償に、拓真は百年以上先の“歴史の判断”を肌で理解した。
けれど、不思議なことに──その胸中は重くない。
むしろ、次の改良への道筋が見えたことで、心の深いところがじりっと熱を帯びていた。
(対策は出来る。この程度なら。まだまだ先へ進める……!)
そう思うと、鈍い痛みですら燃料のように思える。
一方で、銃そのものの仕上がりは驚くほど完璧だった。
台座に固定して行った試射では一度も不具合が起こらず、威力も命中精度も十分。
何度撃っても破損しない強度まで備わっていた。
これまで雷振筒を阻み続けていた技術的障壁は、すべて突破した。
残る問題は──ただひとつ。
“あの噴射”を抑えるか、逸らすか、無力化すること。
雨音が強まり、射撃場の屋根を叩く。
試作品を見つめる拓真の目は、痛みを超えてなお鋭く光っていた。
(やるしかない。ここまで来たんだ……絶対、形にしてみせる)
その決意は、梅雨空の下で静かに燃え続けていた。
*
それからの日々、龍仙寺の作業場には、雨脚の音と金属を削る鋭い音とが交互に響いた。
梅雨の湿り気が炉の熱気と混じり合い、空気はいつも薄い湯気の膜に包まれている。
拓真は左腕のまだ薄く赤い傷跡を時おりかばいながら、又蔵や職人たちと黙々と改良を重ね続けた。
事故からほぼ一ヶ月。
ようやく彼らは“ある答え”に辿り着く。
完成したばかりの改良試作品を前にした時、職人たちの顔には、疲労よりも期待の色の方が濃かった。
それは一般的なライフルの面影とかなり異なっている。奇妙でありながら異様に合理的な姿をしていた。
弾倉の左側面を丸ごと覆い隠す一体鋳造のフレーム。
右側はむき出しのままだが、燃焼ガスを斜め上へ跳ね上げるように湾曲したシールドが添えられている。
弾倉は横に滑るようにスライドし、中心のピンを押すだけで、空になった薬莢が押し出される。
六発の弾は円形のまま固定される“フルムーンクリップ”で束ねられ、再装填はほとんど一呼吸の動作で済んだ。
他のリボルバーライフルと比べても独創的で、どこか獣じみた迫力があった。
この時代の素材と技術を無理矢理、近代に接続したような、歪な美しさ。
──これでようやく、あの噴き返しに怯えずに済む。
試作を手にした瞬間、拓真の胸に、密かに積もっていた重しがひとつ落ちる。
だが落ちた重しの音は、なぜか静かだった。
そして迎えた射撃試験。
藤四郎は黙々と六十発を撃ちきった。
弾丸が放つ衝撃が射撃場の木壁に微かに伝わるたび、見守る職人たちの喉がごくりと上下する。
最後の煙が風に散った時、藤四郎は言葉を失ったように銃身を見つめ、それから低く、震える声で漏らした。
「これは……なんと……」
五十間──およそ九十メートル向こうの標的。
五体の藁人形は鎧ごと粉砕され、杭はえぐれ、木枠はひしゃげ、まるで何か化け物に引き裂かれたようだった。
「やったな! タクミサマ!」
賀津が両手を掲げ、満面の笑みで叫ぶ。
又蔵も、鍛冶衆も、普段は無口な者でさえ歓声を上げていた。
歓喜と驚愕が渦を巻き、射撃場は熱気で満ちる。
そんな中で──拓真だけが、なぜか静かに息を吐いた。
「……ついにできたか」
その言葉は喜びではなく、どこか震えるような重みを帯びていた。
雷振筒は、火縄銃とは比べものにならない超兵器だ。
射程も、貫通力も、連射性能も、まるで別の時代の怪物のように抜きん出ている。
──着想から十ヶ月。
努力は報われた。
開発してきた者としての達成感も確かに胸にある。
だが、標的が無残に砕け散る光景は、別の感情をも呼び起こしていた。
──こんなバケモノを持ち込んじまったんだな……俺は。
誇らしさと同じ深さで、恐怖があった。
胸の奥で、かすかな背徳感が冷たく膨らんでいく。
歓声が上がり続ける中、拓真は静かに掌を握った。
──もう後戻りはできない。なら──せめて、使い方だけは間違えないようにしないと。
梅雨空の下、その決意だけがひそやかに、しかし確かに燃えていた。
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