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第9話 初冬。

「お前は弓は使えるか?」


勝手口の外で、おばあのところの包丁を研いでいたパヴァンが、隣でクルミを割っていた私に聞いてきた。おばあとサハジは大きな鍋で薬を煮ているようだ。外まですごい匂いがする。


「うん。」

「もう少ししたら、ウサギ狩りに行こう。あの方に栄養をつけさせなくてはいけないから。」

「うん。」

「短剣は使えそうか。」

「あんまり短いのは使ったことがない。」

「そうか…雪が降って暇になったら相手してやる。」

「うん…ありがとう。」


パヴァンは旅の途中で、3人の酔っ払いに絡まれて路地裏に連れ込まれた私が、うっかり戦っているのをじっと見ていたことがある。いや、助けろよ?そう思ったけど。


「道具に頼りすぎるな。自分の手足をもっと使え。リーチが短いんだから、よく考えて動け。」


後になって思えば、あんな路地裏にたまたま来ていたはずはないから、ウマばあさんが私に…パヴァンを護衛につけてくれていたんだと思う。

この人は、若かりし頃、傭兵をしていたらしい。まだ帝国が落ち着かない頃で、仕事はたくさんあったらしい。今、40半ばくらいだろうか。


10月の末に大雨が降った。

気温が急に下がる。

翌朝見ると、夜半に雪に変わったらしく、薄っすらと雪が積もっていた。



サティシュは粥ではなく、みなと同じご飯を食べれるようになったが、右手がまだ痛々しいので、私が食べさせている。

私が、言わなきゃわかんない、と言ったせいなのか、下女だと思っているからか、もともとの性格なのかはわからないが、サティシュは私に対してだけはわがままになってきた。ちょっと熱い、とか。次は水を飲ませろとか?…まあ、いい傾向だと思おう。


傷の治り掛けにありがちだが、かゆいらしい。かきむしられるとせっかく皮膚が落ち着いてきたのがだめになってしまうので、阻止したい。おばあに言ったら、少し冷やすといいと言うので、私が雪を触ってから、冷えた手を患部に当ててやる。

「どう?」

「うん。気持ちがいい。」


思ったより素直な青年だ。なんてことないところに生まれていたら、こんなふうに誰かに甘えるのも易かっただろうにな。


私はどうだろう…両親に十分愛されて育てられたし、身近には同じような年の将軍ガイスカの息子である従兄のカミロと侯爵家令嬢のフアナ、いつも3人で遊んで、学んできた。

この国を後にしてからも、ウマばあさんがかわいがってくれたし、世話役のミーナは優しかった。お姉さんぶりたいスミタもいたし。


…そう、あの大雨の夜、私が来るのがわかっていたように、ウマばあさんが迎えてくれた。何も聞かれなかった。


顔や手足を褐色の顔料で塗り、レマの人間として生きて…もう3年か。



*****


冷やっとしたものが、俺の左頬を触るのがわかる。

「どうした?サティシュ、怖い夢でも見たか?」


また…うなされていたのか。

ディヤの手はいつも冷たい。

その手や言葉が、いつも飲み込まれる闇の中から俺の意識を引っ張り上げる。



その夜は冷え込んだ。


ディヤがもう一枚毛布を掛けてくれた。

何時ものように浅い眠りを繰り返していると、夜半にごそりっと俺の背合わせにディヤが入り込んでくるのがわかった。体が冷え切っている。せっかく暖かくなってきたのに何やってんだ?と言おうと思ったが…押し付けられる体圧もやがて伝わってきた猫のような温かさもなかなか気持ちがよくて…そのまま寝てしまったようだ。



俺は…あの夢を見なかった。



良く寝た。

良く寝るって、こういうことなのか、と朝起きて思った。


隣に寝ていたはずのディヤはもう起き出して、そこにはいなかった。


深く息をする。


カーテンの隙間から見える外は、真っ白に輝いている。






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