第2話 セルブロ帝国。
レマ、と呼ばれる旅の民のグループは帝国内だけでも幾つもある。
レマ語と呼ばれる独特の言葉を使うが、旅をしているその国の言葉も使える。うちなら帝国公用語。はるか昔に流れ着いた旅の民らしいが、ウマばあさんでさえ、この帝国で生まれ育った。黒髪に黒い瞳、褐色のほりの深い顔。エキゾチックな踊り。長く華やかなスカート。たまにいる私と同じような金髪や碧眼の子は、帝国内の北部に多い男の、父親の色が出た物だろう。恋多き民でもある。
ウマばあさんが率いている私たちの旅は、基本的にはセルブロ帝国内。その北に位置するビダル国の秋祭りにも出かけるが、行ってもそこまで。
ビダル国の北にある大きな山脈を超えて行くとフールという大国があるが、そこはまた違うレマの民が旅をしているらしい。
春から春祭り、夏祭りと帝国内の国々を回って、秋祭りで北まで行ったら、雪が降る前に南下を始めて、冬の間は海沿いの暖かい国にいることが多い。
男衆はワインの仕込みや小麦の刈り入れに日雇いのように雇われて小銭を稼ぎ、女たちはディヤのように占いをしたり、歌ったり踊ったり…祭りやお祝い事に呼ばれることもある。うちにいるヨギやパヴァンのように、用心棒を兼ねていてテントから動かない男衆もいる。近隣の人に頼まれて鍋釜を直したり、彫金細工をしたりしている。
この春も、ウマばあさんが、旅先を決めるカードを引いていた。
「西は災害か?東か…なあ、ヨギ。東のネレア国は落ち着いたか?」
テントの前で、近所の人から預かった鍋を直していたヨギにばあさんが声をかける。
「ああ、ばあさん、まだ面倒な奴らが悪だくみしてるって噂だけど、そうなったら帝国から将軍が派遣されるだろうから、俺たちが行く頃はもう終わってるんじゃないか?」
毎度毎度…このレマの民の情報収集力は驚くものがある。帝国の諜報員でもまだかぎつけていないような情報を持っている。しかもそれを、どんなネットワークなのかはよくわからないが、レマ全体で共有している。ディヤは感心しながら、なんてこともないように話す二人の会話に耳を傾けた。手は…洗濯をしているけど。
「んまあ、セヴィリアーノ将軍が?いやん。お会いしたいわ。」
踊り子のスミタが身をよじらせる。そんなに?
「あら、ディヤはまだ見たことがないの?将軍と言っても皇帝陛下の双子の息子の一人でね、兄は政務を、弟は軍を任されてるわけ。それがさあ!二人ともそっくりで、いい男なのよ!」
…まあ、双子なら、ね。
「あの方はあちこちの国に派遣されているから、道中見れたりするかもよ?うふふっ。あたしも随分前にちらりと見ただけだけどさあ、馬に乗って、黒髪をなびかせてねえ…。とにかくいい男なのよ!」
どうも、属国で問題があると、もれなくその将軍殿が派遣されるみたいね。
それだけでなく、大規模な災害とかがあると兵を率いて駆けつけてくれると聞くし。
私もなんとなくは聞いている。そうでなくても、その将軍が向かうだけでも牽制になる。災害があったところは、励みになるだろうしね。
実際、将軍が来た後の国は、落ち着く。
そもそも向かうのは、後継者問題で内乱寸前のところや、重税にあえぐ民が帝国に直訴を申し出ていたところや、王の力が弱まって貴族連中が好き勝手していたり、たまにだが…帝国に対して独立を企てていたり…内政に問題のあるところだから。
「もうねえ、13歳から戦事をしていてね…13歳の時とったのは南部のドロレス国の王の首よ。王の弟が服従を誓ったらしくてね…ほぼほぼ無血開城よ。すごくない?
しかも、その方法ってのがね…」
ああ、またスミタの長話が始まってしまった。知ってる、その将軍てのが女装して単身潜り込んで、あまりの美しさに、王の近くに呼ばれたんでしょう?そして、御酌をして散々酔わせて、王の首を…。
「…そして、王の首をね…。」
そう、それから、15歳の時は西の国、サウロで、そこの腕に自信のある国王と一騎討をして…勝ってその国王と友情を誓い合って…。
帝国内のどこを歩いても、将軍ネタに困らないほどだ。強い人らしく、つれて行く兵は側近を入れても10人ほどらしい。それで、何百という兵と戦うんだから…ただもんじゃないな。スミタが惚れるのも仕方ない。
…しかし、いくら強いからと言って、皇帝の息子の護衛が10人ということはないだろうから、そこはそれ、誇張されているんだろう。もう、神話みたいなもんだ。人気もある。
広い帝国内に戦火が起きないのは、その人が目を光らせているからなんだろう。なかなかだな。
「あんたも見たら惚れちゃうわよ?」
スミタがうっとりとした顔で私にそう言った。
「だいたいさ、あんた。あんたももう17歳でしょう?男の一人や二人知らなくちゃね?どんな男が好みよ?ん?ディヤ?」
「…好みねえ…金持で、私より強くて…私だけを愛してくれる男かなあ。」
「は?夢見てんじゃないわよ?現実見ろよ!あーやだやだ、これだからネンネは。」
スミタが長い黒髪をかきあげて、ヨギにしだれかかっていく。
お前だって同じ年だろう?結局、なんだかんだ言ってもヨギが好きなくせに!
恋ねえ…毎日のように女の子たちの恋話を聞いている。スミタのように話し出したら止まらない子もいる。
「んじゃあ、東回りで北上しよう。今年の終わりもビダル国に入ろう。」
ウマばあさんがそう言って、私の顔を見てにやりと笑った。




