五話 お見通し
殿下は誰もがうっとりとしてしまいそうな笑みで、私にそう告げてきた。
それに対して、私はふぅ、とため息を吐く。
「……王太子殿下は、冗談がお上手でいらっしゃいますのね」
「ほぅ? どうして冗談だと思ったんだ?」
「そんなの、当たり前でしょう? 切れ者と噂されるあなたが、『一目惚れ』なんて理由で未来の王妃を決めるわけないですから」
私がニッコリと笑って言い放つと、殿下は楽しそうに口角を上げた。
「……ヴィオレッタ嬢、益々気に入った」
「それは光栄ですわ」
殿下が前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、「そうだな……」と口を開く。
「だが、一目惚れというのもあながち間違いではないよ。私は君の能力に惚れ込んだんだ。さっきの婚約破棄という一幕でね」
「……能力、ですか?」
「王家は、元々フォンテーヌ家に大恩がある。だからその令嬢である君のことも一方的に調査していてね」
人の婚約破棄を勝手に劇にしないでほしいと思ったが、今口を挟むのは無粋というものだろう。
私は静かに、殿下の言葉を待った。
「私は王妃にするのなら、美しく着飾ってお茶を飲むだけの令嬢より、よく働きよく学ぶ優秀な人間がいい。その上で、君が適任だと思ったんだ」
「……それで、殿下は私に何を求めていらっしゃるのでしょう?」
「簡単な話だ。君には王太子の婚約者として……王宮で執務を手伝ってもらいたい」
「私は王妃教育など受けたこともございませんが……」
「今から受ければいいだろう? フォンテーヌ商会の一部を任されている君なら、すぐに追いつく」
随分簡単に言うじゃないの。
私はどちらかというと、子爵令嬢よりも商家の娘としての教育を施されてきた女だというのに……。
「一つ、質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「なんだ? なんでも答えよう」
「……そこまで殿下が『優秀な人材』にこだわる意味とはなんですか?」
そっと問いかけると、殿下は真剣な眼差しで私を射抜く。
「……今のこの国の現状は、あまり良いものとは言えない。特に、王侯貴族達の振る舞いには日々頭を痛めていてね。さっきの君の元婚約者の行動なんかもそうだ」
「まぁ……否定は、できませんわ」
「そうだろう。だから私は探しているんだ、この国を良い方向へ導くための、『パートナー』を。そのためなら、多少の無理は厭わない程度にね」
そう言って目を細める殿下を見て、私は「まさか」と口を滑らせる。
「……殿下は先程婚約者に駆け落ちされたと仰っていましたが、もしかして……」
……『駆け落ちされた』のではなく、『駆け落ちさせた』のではないか。婚約者である彼女の想いを利用して、あたかも自分は婚約破棄された側として有利に事を進めるために……。
突拍子もない話だが、この殿下ならやりかねないと……そう感じた。
殿下は、口元に手を当てて考え込んでいる私の考えを見透かしたのか、「ご想像におまかせするよ」とだけ呟いた。
私は再びため息を吐く。どちらにせよ、子爵令嬢が王太子殿下からの求婚を断ることなど、最初から出来やしないのだ。
それなら、乗ってやろうじゃないか。
私の人生最大の『商売』に。
私はそう心に決めて、「わかりました」と小さく呟く。
「あなたの求婚、お受けいたしますわ」




