1.桐谷の場合
章が変わりまして、今回から桐谷遥香が中学の友達と再会して仲を深めていく話になります。
ここからでも読み始められます。
【ここまでの関係図】
柚木────────┐┌──────麗菊
│ ││部活仲間 │
│ ││ │
│クラスメイト 木槿葵─────咲良
│ │┃
│ │┗━━━━━━柊撫菜
桐谷────────┘ 特別な友達
┃
┃
??
整然と机の並べられた教室の中で生徒たちは自分の席へと座り、総じて教壇に立つ担任教師が話す声に静かに耳を傾けていたが、先生が明日の授業日程の変更を喋っていく中、桐谷遥香は窓辺の席で本へと視線を向けていた。
既に帰りのHRを終えたクラスがあるのか、廊下には幾人かの生徒が往来をして、それががやがやと雑談しながら歩いているものだから、その五月蠅さに負けないようにと教壇に立つ担任の露口先生の声は次第と大きくなっていった。煩わしいと思いながら本に書かれた文字を眺めていると、ふいに目の前に数枚の束になった紙が現れる。顔を上げてみると、前の席の木槿さんが紙をひらひらと揺らしてこちらの顔を覗き込んきていた。どうやら先生が配ったプリントが前から回ってきていたようだった。
「ん。」
木槿さんが、小さく短い声で促してくるのに頷いて、ひらひらと揺れる紙を受け取った。
「ごめん。」
束の内の一枚を抜き取ると、そのまま残りの紙を後ろの席へと回す。内容に興味もなかったけれど、一応と言うつもりで紙に書かれている文字へと目を向けてみると、一番上には進路希望調査票とゴシック体の太文字で大きく記されていた。そうして末尾には米印で再来週の金曜日の日時が提出日として記されているのを確認し、その二つだけを見てプリントを折りたたむ。
「期末テストの後には三者面談をするから、提出日に遅れても期末テスト前までには出すようにね。」
露口先生がそんなことを言っているのを、意識半分で聞き取りながら再び本へと視線を向けると、すぐに学級委員長から「起立」の号令がかけられてしまい、溜息をつきながら本を閉じて立ち上がる。
続いて、
「ありがとうございました。」
と、クラスメイト達の声が響く中、頭だけ下げてそのまま椅子へと座りなおすと、読みかけだった本を開いて再びその内容へと目を向けていく。周囲のクラスメイト達は、すぐに鞄を取って教室から出ていくのを感じる。廊下を歩く他のクラスの生徒達の声だけで五月蠅かったけれど、クラスの中まで騒がしくなってきて、本を読んでいるこちらの耳に煩わしい程に響いて来た。
読んでいる本の内容で言えば、章の区切りにも達していない途中だったけれど、五月蠅さに辟易してしまい、休憩のつもりで顔を上げてみると、ふと、前の席の木槿さんが、スマートフォンを取り出して、なにやらメッセージを打っているのに気が付いた。
少し前の頃なら、彼女はすぐに教室を出て部活に向かっていたけれどと違和感を覚えながら、最近はそう言えば、こうやって暫くスマートフォンを打っている姿も見ないではなかったと思い直す。
「木槿さん。部活、行かないの?」
どこか気になって、声をかけてみると、スマートフォンの画面へと指を伸ばしていた木槿さんは動きを止めて、こちらへと顔向けて来た。
「部活にはこれから行くよ。ただちょっと、先に友達と連絡しようと思って。」
「友達?別のクラス?」
「うん、最近仲良くなって、それで、今日一緒に帰ろうって。」
「そうなんだ。」
「うん。」
頷いた木槿さんは屈託もなく嬉しそうな表情を浮かべた。
そのままスマートフォンの画面へと視線を向けなおして、メッセージを打っている間も、どこか楽しそうに笑顔を浮かべている。
どうしてもその笑顔が不思議に感じられてしまう。それは彼女はいつも昼休みにみんなでお弁当を食べている時や、休み時間に他の子達と話をしている時も、どこか曖昧な笑顔を見せながら、妙に冷めた雰囲気でクラスメイト達と接していて、クラスの中でも微妙に浮いている感じがしていたからだった。
それが今は普通に何の気兼ねもないような笑顔を浮かべているものだから、どこか雰囲気が変わったように思えてしまい。スマートフォンを見詰める彼女の横顔を眺めながら、なんとなく寂しいと言う言葉が胸中に浮いてきた。
その感覚に気が付いた時、はっとして咄嗟に首を振る。
ちょっと突発的に変な行動をとってしまい、恥ずかしくなりながら木槿さんへと視線を向けると、彼女はもうメッセージを送信し終えたのか、指を画面の手前で止めたまま、じっと画面を見つめつづけている。こちらが何をしたのかとか、全く気が付いていない様子だった。
良かったという気持ち半分で溜息をついて、読みかけだった本を閉じてしまうと、机の横へと吊るしていた鞄の中へと仕舞い込んで、そのまま鞄を持ち上げた。
「じゃあ、私は帰るから。お先に。」
「うん、さよなら。」
木槿さんがちょっと顔を上げて、微かな笑顔を浮かべたかと思うと、ふいに彼女の握っていたスマートフォンが軽く揺れて音が鳴った。メッセージが返ってきたのだと察して、彼女がほうっと安堵の吐息を漏らしたのが分かる。その友達とか言う人と、酷く仲の良いのだろうと言うことを感じながら、手に持っていた鞄を担いで、教室の入り口へと向かう。
廊下へと出てみると、丁度、人波が途切れたのか、さっきまでざわついていたのが少し静かになっていた。遠く階段の方からはしゃぐ声が聞こえながらも、廊下には私と同じように人混みが嫌いな生徒達がまばらに帰っていくのだけが見える。
教室近くの階段を下りて、一階にたどり着くへと、降りた目の前に玄関が見える。所々に錆びた鉄製の下駄箱へと近づくと、その中の自分の名前が書かれた扉を開き靴を取り出した。入れ替わりに上履きを仕舞いながら、学校指定のローファーをコンクリート地面へと放り投げると、ちょっと踵を踏みつぶし気味に足を入れていく。これをすると母親に怒られるけれど、ちゃんと履くのも面倒でもう片方の靴にも適当に足を突っ込む。
つま先を地面へと、とんとんと叩きつけて靴の履き心地を直しながら、外を眺めてみると、もうすっかり夏になって日が高くなってきたせいなのか、下校の時間になっても、まだまだ嫌になる程に外の景色は明るくて、なんなら玄関の中にいる今ですらも照り返しの日差しで、肌から汗が出て来そうな雰囲気すらあるぐらいだった。
玄関を出ると降り注いでくる直射日光を避けて、すぐに校舎の裏手へと回ると、そのまま駐輪場のある方へと向かう。
建物の作る日陰のかかった校舎脇の道を歩いていると、ふと後ろから大きな声が近づいてくるのに気が付いて、足を止めながら顔を振り返らせる。歩いていた道の後方から、ランニングをしているらしきソフト部の生徒達が集団で走ってきている姿が見えた。
僅かに校舎側へと身を寄せて道を開けると、その空いたスペースをソフト部の女子達は、誰も彼もが皆、額に汗を浮かべ「いち、に」と揃った掛け声を上げながら走り抜けていく。全員が一様に汗をかいて通り抜けていく彼女達に、暑苦しさを感じながらも、眺めているとどこか羨ましさのようなものが湧かないでもなかった。
校舎脇を通り抜けて、駐輪場へとたどり着く。
自分の自転車を見つけて、一応前と後ろのタイヤを指で押して空気が抜けていないかを確認した。学校に自転車なんかで通っていると、いたずらでタイヤのパンクさせていくような生徒が、たまにいたりして、その被害を受けている子は良く見かけた。そして、パンクしているまま気づかずに走り出したりすれば、中のチューブがずたずたになって余計なお金がかかってしまう。
何度かタイヤを指で押して、穴の空いていないことを確認すると、自転車へ乗り込む。周りに誰もいないことをいいことに、ペダルを思い切りに踏みこんで一気に走り出した。
更にペダルをこいで加速しながら駐輪場から一番近い裏手の校門をくぐると、すぐにその先は坂になっていて、自転車は学校裏手の道を下り始めていく。校舎の建てられた丘が日陰を作ってくれるお蔭で、涼しい風の吹く坂道を勢いよく下りながら、横目に見える斜面の下の住宅街を眺めていく。少し顔を上げると、住宅街が切れて寂れた商店街が見えてくるのに、どことなく寂寥としたものを感じて、ふと教室で感じた寂しさのことが脳裏に浮かんで胸の中で気持ちが重なっていく。
「シンパシーでも感じてたのかな。」
一つ吐息を漏らしながら呟いていた。




