94・魔法無効
魔神フォンバスク。
それは1000年前において、殺戮の神として世界に降臨。
そして帝国を滅ぼしてしまった邪悪な存在だ。
1000年前、フォンバスクは帝国を滅ぼした後、シェヌベイル城に居座り強いものを待ち構えていた。
もっとも。
「お前、俺にやられておいてまだ懲りてなかったのか? 1000年もやられたというのに」
1000年前、フォンバスクは俺によって倒された。
俺は一発でこいつを倒したのだ。
その後、俺は強いヤツがいないこの世界に絶望し、1000年後のこの時代へと転生してきた……のである。
憐憫の感情を持って問いかけると、フォンバスクは尊大な態度で、
「懲りていない? 逆だ。私は1000年間、貴様への復讐だけを考えてきた。そしてとうとうそれが実現されようとしているのだ。愉しくて仕方がないな」
と愉悦の笑みを浮かべた。
「え、え? どういうことだ?」
アヴリルが俺とフォンバスクを交互に見やる。
「1000年前? クルトはなにを言っているのだ?」
……ふむ。
後ろでアヴリルが混乱しているようだが、今は律儀に答えている場合ではないな。
フォンバスクへ視線を逸らさず、俺は言葉を続けた。
「俺への復讐? どうやらお前の愚かさは1000年前から変わっていないようだな。1000年前、お前がどんなやられ方をしたか覚えていないのか」
「カッカカ。そちらこそ1000年前に私を仕留め損なって、よくそんな偉そうな口を叩けるものだ。そのおかげで、私は生き長らえ、復讐への力を蓄えていたというのに」
「ふむ。そういう見方もあるか。まああの時、トドメを刺さなかったのは唯一の失敗だったな」
正しくはフォンバスクがあの時、まだ僅かに息があるのは分かっていた。
しかし再生には多大なる魔力が必要となるし、あの状態でそれを実現するのは困難だと考えたのだ。
それ以上に……世界に絶望し、1000年後の世界へ転生しようとした俺にとって、フォンバスクなど——どうでもよくなっていた。
それが、まさかこの時代で顔を合わせるとはな。
「私を1000年前の私だと思うなよ?」
「違うのか。変わらずザコに見えるがな」
「勝手にほざいておけ。私はこの1000年で貴様を超えた」
「ふむ。いいだろう。ならば見せてみるがいい」
そう言って手招きをする。
「アヴリル、少し下がってるといい。ちょっとだけ本気を出すからな」
「あ、ああ」
まだだに理解が追いついていないのか。
素直にアヴリルは結界魔法を張ってから、一歩後退した。
「その油断こそが、貴様の弱点だ」
そう言って、フォンバスクが魔法式を展開する。
あらかじめ部屋に用意されていた複数の魔導具が呼応しあい、魔力が高まっていく。
いくつもの魔法式が組み合わさり、それは一つの空間魔法を作り出していた。
「魔の無空間——」
フォンバスクの口がその名を紡ぐ。
「異端者である貴様を殺すため、私が1000年かけて開発した魔法だ。貴様なら、この魔法が異端者にとっての天敵であることが分かるだろう?」
「ほお、なかなか面白い魔法を使うじゃないか」
試しにファイアースピアの魔法式を組もうとする。
しかし上手く組むことが出来なかった。
魔力も希薄に感じる。
本来、俺がこんな下級魔法の一つを組めないわけないが……。
「魔法を無効にする魔法か。よく考えたじゃないか」
「カッカカ! なにを余裕ぶっこいておる! 魔法を封じられた貴様など、最早赤子のようなもの。軽くひねり潰してやろう!」
フォンバスクがそう叫び、光属性魔法のレイを放った。
百もの光線が、真っ直ぐと俺に向かう。
「俺の魔法を封じる一方、お前だけが魔法を放てるということか」
俺は魔剣を抜きながら、弾幕と化した光線を躱す。
避けるのは容易いことだ。
しかしこのままでは持久戦となるな。
さすがに俺でも一発や二発、被弾するかもしれない。
「踊れ踊れ! 結界魔法もなにも使えず、絶望のまま死ぬがいい!」
続けてフォンバスクは光線を発射しまくる。
その数、さらに増え千。
光線の弾幕を躱しながら、ゆっくりとフォンバスクに近付いていった。
「アヴリル、大丈夫か?」
「う、うむ! しかしもう少しで結界が壊れそうだ! なんとかしてくれ、クルト!」
アヴリルに問いかける。彼女の方はもう少し心配なさそうだ。
「うむ。どうやら魔の無空間とやらは、俺の魔法だけを無効化する魔法みたいだな」
冷静に魔の無空間の魔法式を紐解いていく。
適応範囲はこの部屋の中だけといったところか。
魔法無効を解くためには、結界を壊す必要があるが、そのためには魔法を使う必要がある。
一見袋小路の状態のように見えるが。
「死ね死ね! 異端者よ! 今こそ1000年の雪辱を、私は果たすのだ!」
フォンバスクは悦に浸っているように、歌うようにして魔法を唱え続ける。
「やはり……愚かだな、フォンバスクよ」
よし、ここまで接近すれば大丈夫か。
俺はフォンバスクに対して右の手の平を向け、魔法を発動した。
「魔法無効化の魔法を使えば、俺の魔法を無効化出来ると思っているとはな」
ファイアースピアを真っ直ぐとフォンバスクに放つ。
ドゴォォォォオオオオンッ!
フォンバスクに命中。
轟音を立て、火柱を立つ。
「がああああああ!」
フォンバスクの悲鳴。
間一髪のところでフォンバスクは結界魔法を展開する。
だが、その勢いを殺しきれず、フォンバスクの体が炎に包まれていった。
「き、貴様……どうして!?」
フォンバスクはそう言いながらも、なんとか自分に発火した炎を消化しようとする。
「決まっている。魔法を無効する魔法を無効化する魔法を使っただけだ」
「ま、魔法無効を無効化する魔法だと!?」
「そうだ」
話しながら、俺は二発目三発目と魔法を放ち続けた。
ヤツの魔の無空間はまだ発動している。
しかしそんなのはお構いなしと、炎の槍がフォンバスクに襲いかかっていった。
「バ、バカな、あり得ぬっ! 例えそのような魔法があったとしても、その魔法すらも無効化する魔法なのだ! そもそも魔法が発動出来ないはず……」
「魔法無効を無効化する魔法なのだ。その無効化すらも突破して、発動するに決まっているだろう?」
名付けるなら異端者殺し殺しといったところか。
「さあ、どうするのだ? 魔法が使えれば、お前ごとき滅ぼすなど簡単なことだぞ?」
「ま、まだだ! これでは私を殺せない」
「ほう?」
「貴様はたかが人間だ。殺戮の神である私とは魔力の量が違う。そうしている間に、いつか貴様の魔力は枯渇するだろう!」
「ならば試してみようか」
叫ぶフォンバスクに対して、俺はファイアースピアを一斉に顕現させた。
「ひとまず一万本だ」
俺の背後に一万本の炎の槍が待機する。
「これが終わったら、次も一万本。お前と俺、どちらが先に魔力が枯渇するか試そうではないか」
「一万本だと!? バ、バカな! 貴様、本当に人間か……?」
「そうだな、俺はたかが人間だ。しかし……知ってるか?」
俺は一万本のファイアースピアを発射し、こう口にした。
「どうやら1000年前の俺は、魔王と思われていたみたいだぞ?」