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それぞれの前夜

今回は任務そのものではなく、その前夜を描く回です。


第7小隊と第3小隊が合同で地表へ向かう前、それぞれがどんな夜を過ごしているのか。

普段は任務中に見えにくい彼らの顔を、少しだけ覗いてもらえればと思います。


 作戦ブリーフィングルームの中央には、翌日の任務区域を立体化した地形図が浮かんでいた。旧時代には物流と工業の拠点だったらしく、広い搬入口から奥へいくつもの倉庫が並び、その間を高架搬送路や大型設備の残骸が縫っている。崩落によって内部構造を確認できなくなった場所も多く、地図のところどころが輪郭の曖昧な灰色で欠けていた。

 第7小隊と第3小隊は投影を挟むように席を取っている。キョウジの側にはカイ、リオ、グレンが並び、向かいにはレイジを中心にツキノ、アシュ、セイル、ダリウスが座っていた。普段ならそれぞれ別の任務へ向かう顔ぶれが同じ部屋に集まっているだけでも、翌日の仕事が通常とは違うことは十分伝わってくる。

 壁面の通信窓にノアが現れ、地形図の南側にある大きな搬入口を起点として進入経路を表示した。

『今回調べてもらうのは、この旧物流区画。発端は3日前から地表監視設備が拾ってる生体反応だね。最初は数体だったんだけど、昨日から急に増え始めてる』

 倉庫群の北側を中心に小さな印が浮かび、その周囲へさらにいくつかの反応範囲が重ねられていく。

『厄介なのは数だけじゃなくて、反応の大きさがかなり違うこと。同じ種類が固まってるようには見えないんだ。監視設備だけじゃ建物の中まで追い切れないから、実数もまだ出せてない』

「だから2個小隊というわけか」

 レイジの声に、ノアは表示範囲を少し広げた。

『そういうこと。現地までは同じ経路で入って、旧搬入口を越えたところから第7は西側、第3は東側を確認。互いに離れても通信圏内には収まるはずだから、何かあれば中央へ寄ればいいよ』

「討伐が目的ではないんだな」

『そこは明確に違う。まず何がいるのか確認して、行動記録を持ち帰るのが優先。向こうから来られたら仕方ないけど、わざわざ倉庫の奥まで追いかける必要はないって話』

「その辺は助かるな。地表で鬼ごっこする趣味はない」

 アシュの声に、レイジが横から口を挟む。

「お前、この前は追いかけてただろ」

「あれは向こうが逃げるから気になっただけですって」

「それを鬼ごっこって言うんじゃないか?」

「隊長にだけは言われたくないなあ」

 そのやり取りに第3小隊側だけが慣れた空気を残している間、第7小隊ではカイが表示された経路を追っていた。

「西側の高架下、かなり崩れてますね。こっちを使うなら途中で進路が変わるかもしれません」

『そこも調べてあるよ。現状なら通れる。ただ明日の朝までもつかは地表次第かな』

「なんとも頼りになる説明だ」

『地表に文句言ってよ。ぼくじゃ直せないから』

「それもそうだな」

 ノアが進入経路と帰還基準まで説明したところで、壁面の表示が切り替わり、隣にミオの通信窓が開いた。

『と、ここまでがぼくからの説明。あとはミオ、よろしく』

『では、ここからは私が説明します』

 地形図の上に過去の観測記録が重なり、現在の反応位置との比較が表示される。

『直近72時間分を再解析した結果、少なくとも複数の反応が過去の生息傾向から外れています。単独であれば偶発的な移動として処理できる範囲ですが、今回は同一区域で継続して確認されています』

「生息域そのものが変わった可能性は?」

 キョウジの問いに、ミオは過去記録の分布を追加した。

『現時点では判断できません。今回の位置だけで生息域の変化を結論づけるには資料が不足しています。ただし、偶然として処理するにも反応数が多いのは事実です』

「どっちに転んでも、現地を見ないことには始まらないか」

 レイジが言うと、キョウジは地図に残る灰色の欠落部分を指した。

「建物の内部へ入るなら、深追いはしない。調査範囲は通信を維持できるところまでにしておこう」

「こっちもそれでいい。知らない倉庫の奥で迷子になって、第7に探しに来てもらうのはさすがに格好つかないからな」

「迎えには行く。しばらく笑うが」

「助けてからにしてくれよ」

 レイジがそう返したところで、ミオは翌日の集合時刻と装備条件を表示し、最後に各小隊へ更新データを転送した。

『以上です。今夜中に監視状況が変化した場合は、両小隊へ共有します』

『ぼくの方も追加はなし。明日の朝、また地形が変わってなければ予定通りってことで』

 ブリーフィングが終わると、隊員たちはそれぞれ明日の準備へ向かう。

2個小隊が同じ場所へ出ること、それ自体は特別なことではない。

しかし、地図に残された複数の反応だけは、誰かが席を立ったあとも変わらず旧物流区画の上に浮かび続けていた。


 セイルが居住区の扉を開けると、部屋の奥から温められた食事の匂いが流れてきた。

「おかえり、お姉ちゃん」

「ただいま。まだ食べてなかったの?」

「待ってたの」

「先に食べてていいって言ったでしょう」

「でも一緒の方がいいし」

 調理台の前ではラスタが鍋を覗き込んでいた。まだ成長途中の細い身体で、姉が帰るまで火を落として待っていたらしい。

「そのままだと底、焦げるよ」

「さっき混ぜたから大丈夫」

「この前も同じこと言ってた気がするけど」

「あれはちょっとだけだったもん」

「鍋を洗ったの私なんだけどな」

 セイルが上着を脱いでいる間にも鍋から湯気が上がり、ラスタは今度こそ素直に火力を落とした。部屋の広さは2人で暮らすには十分だったが、食卓と調理台が近いせいか、どこにいても互いの気配が届く。

「明日も仕事?」

「うん。朝早いよ」

「地表?」

「そう。明日は第7小隊と合同」

「へー、合同なんだ」

 少し声が弾んだラスタに、セイルは食器を取り出しながら問い返した。

「なんで嬉しそうなの?」

「だって、お姉ちゃんGRIDだし」

「それは合同と何か関係あるの?」

「あるよ。なんかすごそう」

「ずいぶん雑な理由だね」

「でも地表に行くんでしょ。アバレントもいるんだよね?」

「いるかもしれないね。まだ何がいるか調べに行くところだから」

「だったらやっぱりすごいよ」

 ラスタの中ではそれで話が決まっているらしく、セイルが何を言っても評価が変わる様子はなかった。

「仕事してるだけなんだけどね」

「それがすごいんじゃん」

「そういうものかな」

「そういうものなの」

 妹に断定されてしまえば、それ以上ひっくり返す理由もない。セイルは調理台へ戻り、鍋の中をひと混ぜしてから火を止めた。

「明日は地表だから、頑張ってくるね」

「うん。頑張って」

 隣にいたラスタを腕の中へ入れると、細い腕がすぐに背中へ回った。姉に抱きつくことを恥ずかしがるほど大人でもなく、理由を尋ねるほど特別なことでもないらしい。

 鍋の湯気が少し落ち着いたところで、セイルは妹から身体を離した。

「じゃあ、ご飯にしよっか」

「お腹すいた」

「だろうね。待ってなくてよかったのに」

「だから一緒がいいんだって」

「はいはい。じゃあ器持ってきて」

「それくらい最初からやってます」

「そこだけ妙に偉そうだね」

 ラスタが2人分の器を並べる横で、セイルは鍋を食卓へ運んだ。


 夜間設定へ切り替わった中層では、通路沿いの店舗から漏れる光が人工の空とは別の色を街へ落としていた。

 待ち合わせ場所へ少し早く着いたカイは、行き交う人の向こうに赤いドレスが現れた時点で探す必要がなくなった。長いブロンドの髪も目を引くが、青白い照明やネオンの多い街では赤がひときわ鮮やかだった。

「目立つね」

「久しぶりに会った恋人への第一声がそれ?」

「いや、悪い意味じゃないよ。すぐ見つけられたから」

「それなら、もう少し言い方なかった?」

「綺麗だよ。これでいい?」

「後から言われるとちょっと悔しいけど、今日は許してあげる」

「それは助かるな」

 ダリアとは3年以上付き合っている。それでも互いの仕事が重なれば、顔を合わせられない期間が何週間か続くことも珍しくない。久しぶりに取れた時間だからと、カイが選んだのは普段使う店より少し静かで、窓の向こうに中層の灯りを広く見渡せる店だった。

「こういう店も知ってるんだね、意外だった」

「俺だって毎回食堂で済ませてるわけじゃないよ」

「でも、料理を選ぶ基準はだいたい早く出てくるか、量があるかでしょう?」

「最近それだけじゃないんだけどな」

「じゃあ今日は?」

「久しぶりに会うんだから、少しくらいちゃんとしたところがいいかなと思って」

「……そういうこと普通に言えるんだ」

「言わない方がよかった?」

「ううん。もっと言って」

「おいおい、調子に乗るなよ」

 食事の間は仕事から離れ、ダリアが最近見つけた店の話や、中層の通路工事がいつまで経っても終わらないこと、カイが珍しく休みの日を寝て潰したことまで、会えなかった数週間を埋めるように話が続いた。

 店を出たあともすぐには帰らず、2人は少し上の区画へ続く歩廊を歩いた。その先には中層を見渡せる場所があり、透明な防護壁の向こうに店の明かりや連絡橋、さらに下層へ伸びていく照明が重なっている。空は人工物でも、そこから見えるネオ・ヘイヴンの夜は、地上を知らない住民にとって十分に夜景と呼べるものだった。

「明日は地表に行くの?」

「うん。第3小隊との合同任務になったよ」

「また忙しくなりそうね」

「まあね。人数が増えると楽になるはずなんだけど、うちの隊長とレイジ隊長が一緒だからなあ」

「もう嫌そう」

「嫌っていうより、こっちの仕事が増えそうなんだよ。キョウジ隊長、何かあると自分から一番面倒な場所へ入っていくからさ。止めても、必要だと思ったら聞かないしね。結局あとで帳尻を合わせるのは副隊長の俺だ」

「いつもその話をする時、ちょっと楽しそうだけど」

「それはないよ。こっちは毎回割を食ってるんだから」

「じゃあ、別の隊がいい?」

 カイは少し間を置いた。

「いや、それは考えたことないかな」

「即答じゃないんだ」

「少しくらい考えた方が説得力あるだろ」

「そこまでして否定したい?」

「文句はあるよ。本当にある。ただ、キョウジ隊長は判断を間違える人じゃないからさ。危ない場所へ入っても、意味のない無茶はしない。この人と一緒の任務なら、生きて帰れる可能性は高くなると思ってる」

「やっぱり尊敬してるんだ」

「……まあ、それは否定しないよ」

「本人には?」

「言うわけないだろ。調子に乗られたら困るからね」

「キョウジ隊長って、そういう人なの?」

「そこは知らない。でも念のためな」

 ダリアの声が少し柔らかくなる。

「明日も帰ってきてね」

「そのつもりだよ」

「それだけ?」

「じゃあ、帰ってきたらまたここに来ようか」

「今度はもっといい店?」

「そこは相談しよう。毎回これ以上を要求されたら財布がもたない」

「じゃあ今のでいい」

 防護壁の向こうで、縦に連なる街の灯りが小さく瞬いていた。ダリアが隣へ寄った分だけ肩が触れ、カイはそのまま彼女を抱き寄せた。

「明日早いんでしょう?」

「うん。だから今日は家まで送ったら俺も帰るよ」

「泊まっていかないんだ」

「そうしたいのは山々だけどね。寝不足で地表へ出たら、今度は俺がキョウジ隊長に文句言われてしまう」

「それはちょっと見てみたい」

「俺は見せたくないな」

 赤いドレスが身体から離れても、カイはその手を取ったまま歩廊を降りた。

ダリアの住む居住区へ着く頃には店の灯りもいくつか落ちていたが、明日の集合時刻にはまだ十分間に合う時間だった。


 ブリーフィングが終わってから数時間が経っても、オペレーター側の作業は残っていた。

 ノアの画面では旧物流区画の西側を通る経路が更新され、その変更内容がミオと共有されている。

『西側の旧搬送路について、直近の構造変化を反映しました。現在の崩落率であれば通行可能です』

「こっちにも入ったよ。明日まで残ってれば使えるね」

『残っていない場合の代替経路を2本追加しています』

「俺も2本作ったところ」

『では、重複していない方を残します』

「こういう時のミオって容赦ないなあ。せっかく作ったのに」

『使えない経路を残す方が問題ですので』

「まあ、それはそうなんだけどさ」

 不要になった候補を整理しながら、ノアは次の地形情報を開いた。数字と地図ばかり見続けていると、どこかで関係のない話をしたくなるらしい。

「ミオってほんと休まないよね」

『必要な作業が残っていますので』

「そういうところ見てるとさ、健気と言うかなんと言うか‥‥うーん、抱きしめてあげたい」

『出来ません。諦めてください』

「そんな強く即答する?」

『代替経路の確認がまだ終わっていませんよ』

「仕事に戻すの早いなあ」

 ノアが諦めて画面へ戻ると、ミオから次の更新データがすでに共有されていた。翌朝までに変わるかもしれない地表のために、2人の作業はまだ続く。


 リターンチャンバーの壁面には、帰ってこなかった者たちの識別情報が淡い光で残されている。

 ツキノは弟の名がある場所の前に立っていた。通路の奥から近づいてきた足音は途中で速度を落とし、やがて少し離れたところで止まった。

「最後に抱きしめたのがいつだったか、思い出せないんです」

「そういうのは、覚えとこうとして覚えてるもんでもないだろ」

「そうでしょうか」

「俺なら、いつだったかより、したことがあった方を取るけどな」

 識別表示の明かりが2人の足元まで届いていた。

 しばらくしてツキノが弟の名から離れ、通路へ戻る。

「そろそろ戻ります」

「ああ」

「隊長もですか」

「俺はもう少しいる」

 ツキノの足音が遠ざかったあとも、レイジの足音が続くことはなかった。


 部屋へ戻ったキョウジは翌日の準備を一通り終えると、照明を落としてベッドへ横になって片腕を頭の下へ入れたまま天井を眺めていた。

暗さに目が慣れるにつれて壁際の観葉植物や閉じた端末の輪郭が少しずつ浮かんでくる。

 昔も、同じように天井を眺めていた夜があった。

 隣にいたエミルが身体を寄せ、横から腕を伸ばしてくる。キョウジが抱き寄せれば、胸元へ収まった身体が居心地のいい場所を探すように少しだけ動き、それからようやく落ち着いた。

「もうちょっとそっち」

「十分そっちに行ってないか?」

「キョウジが大きいから狭いんだよ」

「それは俺のせいじゃないだろ」

「じゃあベッドのせい?」

「そういうことにしておこう」

 何の話からそんなやり取りになったのかまでは、もう残っていない。エミルはそのあともしばらく何かを喋っていたはずなのに、覚えているのは言葉より、腕の中へ預けられた重さだった。髪が頬へ触れた感触も、背中へ回した手に伝わった温度も、眠りに近づくほどゆっくりになっていった呼吸も、妙なところだけが今でも消えずにいる。

「キョウジ」

 記憶の中で呼ばれた声に重なるように、部屋の空調が低く動き始めた。

 天井は変わらずそこにあり、隣の空いた場所には誰もいない。キョウジは頭の下から腕を抜き、身体を横へ向けると、枕元に置いた端末の時刻だけを確認して画面を消した。

 明日の朝は早い。

 目を閉じたあとも、エミルを抱き寄せた時の体温は、眠りへ落ちるまでしばらく腕の内側に残っていた。

第33話「それぞれの前夜」でした。


戦闘のない回ですが、こういう日常の時間を書くと、それまで任務の中で見えていた人物たちが急に近く感じられるので、自分でもかなり好きな回になりました。


セイルとラスタ、カイとダリア、ノアとミオ、ツキノとレイジ、そしてキョウジ。

それぞれ違う形で翌日を迎えます。


次回はいよいよ、第7小隊と第3小隊の合同任務です。

今回の前夜が、地表でどう繋がっていくのか楽しんでもらえれば嬉しいです。

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