3.
――だが、小姫の宣言もむなしく、次の日には左足が消えていた。
「な……、なんで……!」
絶望し、真っ青になった小姫を見て弥恵がつぶやいた。
「あらあ。腕だけじゃなかったのね。この調子だと、左側全部が消えちゃうかもしれないわ。そしたらどうなるのかしら。右半身だけで生活できるのかしら。物とか食べたらどうなるのかしら?」
小姫とは対照的に、弥恵はこの期に及んでも能天気なセリフを吐いている。小姫は弥恵の言葉を想像し、体の真ん中から縦に真っ二つにされた自分を思い浮かべた。本当にそんなことになったら……ショックで気絶する自信がある。
固まってしまった小姫に向かって、弥恵はしかつめらしい顔をした。
「小姫。こうなったら観念しなさい。握手なんて場当たり的な対処法じゃ、いつまでたっても解決しないわ」
「……、で、でも……」
やはり結婚しろというのか。しかし、王子様が河童になるなんてあんまりだ。それに、十六歳では法律的にも結婚はできないはず。
「……仕方ないわねえ。じゃあ、婚約ならどう? 結婚ほどの結びつきはないけど、多少は効果があると思うわ」
小姫が必死に訴えると、弥恵はため息をついてそんな妥協案を提示した。
なぜそんなに結婚させたいのか。母親として、そんな適当でいいのか。娘の将来が心配ではないのか。
いろいろ言いたいことはあったが、背に腹は代えられない。小姫はしぶしぶ了承した。婚約の方が、結婚よりは断然ましだ。籍も入れなくていいし、撤回もしやすいだろう。
そう言うと、妖怪とは口約束だけで成立するのだと弥恵が言った。結婚も婚約も、言葉を交わすだけで意味があるのだと。だから、妖怪と話をするときは言葉に気を付けなければならないのだと、おまけのように注意をされた。
しかしとにかく、これで乙彦とつながりができ、接触しなくても妖力を補ってもらえることになる。
弥恵はすぐに乙彦を呼び、契約を交わした。
おかげで嘘のようにすんなりと左足は元に戻ったが、初対面がアレなだけに、小姫はじとっとした目で彼を睨む。
「……言っとくけど、これ、ただの時間稼ぎだから。他の方法が見つかったら、すぐに婚約は解消だから!」
「私も、人間と婚姻なんてごめんなのです」
乙彦の細められた目と、小姫との間で火花が散る。
それを、弥恵が微笑みながら見つめていた。