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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第一章  花と河童と、予期せぬ出会い

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2.

 出会ってすぐに乙彦を「敵」認定した小姫だったが、彼が示した解決策はてきめんに効果を表した。無事だった右手で彼と握手をしていただけで、左腕が元に戻ったのである。

 一応感謝はするが、顔も見たくない。乙彦をさっさと追い出すと、小姫は母親を問いただした。


「まあちょっと、落ち着きなさい。よかったじゃない、腕が戻って」

「それはそうだけど。でも、一体何? 何がどうなってこうなったの?」

「うーん。それが、わからないのよねえ」


 どうやら原因はいまだ不明らしい。だが、弥恵ののほほんとした口調を聞いていると、焦りでイライラしてしまう。


「もう! ちゃんと説明してよ! だったら、何で、あれで腕が戻ったの?」

「うーん。ちょっと話が長くなるけど……。まあ、まだ登校までに時間はあるわね」


 弥恵は一度言葉を切って、小姫を座布団の上に座らせた。自分も正面に座ってから、人差し指を顎に当てる。


「ええと、ほら、日無村って、今までずっと、妖怪とひとが共存してきた村じゃない? だから、ひとと妖怪が結婚することも、そんなに珍しいことじゃなかったようなの。だいぶ昔の話だけどね。でも、そのせいで、妖怪の血を引いている人が、村には今もたくさんいるわけよ。もちろん私も、小姫も、例外じゃないわ。……それで、思ったのよ。もしかしたら、あなたは先祖返りなんじゃないかって」

「……先祖返り?」


 首を傾げた小姫に、弥恵が説明を付け加えた。

 先祖返りとは、幾代も前の先祖の性質が、過程をすっ飛ばして、突然、ある子孫に受け継がれることをいうそうだ。


 弥恵は人間と変わらないし、小姫も今まではそうだった。しかし、そう思いこんでいただけで、実際は妖怪の血を色濃く引いていたのだとしたら……?


 小姫は左腕を失っても、痛みや体の不調など感じていない。だとしたら、もともと、その腕は妖力で構成されていたのかもしれない。それが、今日、何らかのきっかけによって妖力が不足し、そのため、妖力の塊だった腕が煙のように消えてしまった。そう考えれば、この状況にも合点がいく。


 しかし、それならば、不足した妖力を補わなければ、消えた左腕が元に戻ることは叶うまい。

 弥恵はそう推測し、妖怪である乙彦に相談した。そして乙彦が提示した方法が、彼の手を通して妖力を供給するという方法だったのだ。


「っていうか、私に妖怪の血が流れてるってこと自体、初耳なんだけど……」


 ショックを受けながらそう言うと、弥恵はころころと笑った。


「そんなに気にすることじゃないわ。今まで変なところなんてなかったでしょう?」

「そ、そうかもしれないけど……」


 調停者の娘だから、その方面の知識が多少はある。だが、さすがに自分が人間であることを疑ったことは無かったのだ。

 そもそも、妖怪自体、人間の生活圏に見られなくなって久しい。母の仕事の一部という認識しかなかった小姫には、充分衝撃的な事実である。


「でも、じゃあ、私の手って……人間の手じゃないの?」


 不気味に思いながら、左腕を見つめる。開いたり握ったりしても違和感はない。先ほどまで消えていたことも、今では信じられないくらいである。


「うーん。それがなんとも……。いくら妖怪の血が流れているっていったって、体の一部だけ完全に妖怪ってのもおかしな話よねえ。……まあ、それはおいおい考えるとして、とにかく、腕が消えたり現れたりしてたら大変でしょう? さっさと結婚しちゃいましょう」

「――だから、なんでそこで結婚が出てくるの!?」


 小姫が抗議の声を上げたが、弥恵に意に介した様子はない。


「持続的に妖力の補給が必要だからに決まってるじゃない。婚姻をすれば、妖怪とのつながりが生まれるわ。腕が消えるたび、いちいち呼びつけて握手しなくても済むようになるのよ」

「それだけのために結婚なんて論外でしょ! 第一、なんであんな失礼なひとなの!? 人のことちんちくりんて……っ! ちんちくりんとか……っ!」

「だって、他に適任なんていないもの。小姫だって気づいてるでしょ? 最近は妖怪も減ってきたし、見えない人も多いのよ。それだけに、いさかいも増えてきちゃって……。人間のために手を貸してくれる妖怪なんて貴重なのよ?」

「だからって……!」


 小姫は顔を真っ赤にして立ち上がった。


「結婚なんて重要なこと、そんなほいほい決められるわけないでしょ! それに、あいつだけは絶対にいや! 私の結婚相手は、格好良くてスタイル良くて優しい人って決まってるの!」


 そう叫ぶと、小姫は足音も荒く自分の部屋へと戻っていった。

 部屋に入ると、どっかとベッドに腰掛ける。腕を組み、目を瞑って、理想のパートナーを想像する。

 格好良くてスタイル良くて優しい、王子様みたいな人。そんな人が小姫の理想だ。彼と運命的な恋をして、お姫様みたいに大切にされて、愛に満ちた結婚生活を送るのだ。妥協は一切ありえない。


 しかし、その空想に、馬鹿にしたような目で見下ろしてくる乙彦の顔が割り込んだ。そのとたん、小姫の額に青筋が浮かぶ。


(――何があったって、絶っっ対に、あいつだけはありえないから!)


 心の中で宣言し、小姫は登校の準備をして高校へ向かった。


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