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ギフト研究者茨森のテッサリアと新年を告げるお雑煮そば③

 店内に足を踏み入れるや、席にも着かずオゾウニソバを注文したテッサリア。

 そしてU字テーブルの端に陣取ると、いつもの氷水を出されてものの5分も経たないうちにルテリアが盆の上に1杯のソバを載せてテッサリアのところまで来た。


「お待たせしました、テッサリアさん! こちら、お雑煮そばになります」


 屈託のない笑みを浮かべながら、ルテリアがテッサリアの前にコトリとソバの器を置く。


「ありがとうございます!」


 礼を言ってすぐさま、思わずといった感じで、テッサリアはもうもうと湯気を上げる器を覗き込む。

 いつものソバではない、具沢山のスープで満たされたソバ。ニンジンやジャガイモ、魔物と思しき鶏肉など見慣れた具材もあるが、テッサリアのよく知らない具材もある。何だかプルリとした印象の、灰色の具材などがそうだが、中でも特に目を引かれるのが、中央にデンと置かれた白い具材だ。じんわりと表面に焦げ目が付き、少々膨れているような印象の謎の具材。これは一体何なのだろうか。


 そんなふうに不思議そうに白いものを凝視するテッサリアの視線に気付いたのだろう、ルテリアが苦笑しながら説明してくれた。


「その白いやつ、お餅って言うんですよ」


「オモチ?」


 テッサリアが聞いたことのないものだ。少なくともカテドラル王国発祥の食べものではない。というか十中八九フミヤ・ナツカワ絡みの食材、つまるところ地球の食材であろう。このナダイツジソバという食堂では、むしろアーレス産の食材の方が少ないくらいなのだ。


 首を傾げるテッサリアに対し、ルテリアがそうだと頷いて見せる。


「ええ。お米の加工品です」


 聞いた瞬間、テッサリアは「えッ!?」と驚きの声を上げてしまった。


「これ、コメなんですか!?」


 コメは地球にしか存在しない食材。そのコメの加工品ということは、やはりオモチも地球の食材。最初の睨み通りだ。

 が、驚くべきはそこではない。

 確かにコメも白いものだが、あれは麦のような粒状の穀物である。が、このオモチとやらはどうか。粒どころか明らかにひとつにまとまった固形物。一体、コメをどう加工すればこんなものになるというのか。不可思議極まりない。


「カレーライスやかつ丼なんかに使われているお米とは違う品種ですけどね。もち米っていうものを叩いて潰して練り固めて作ったのがお餅になります」


 自分の詳細な仕事内容を語ったことはないが、ルテリアにはやんわりと王都で研究職に就いていると教えたことがある。

 テッサリアが研究者気質で疑問に思っていると察してくれたのだろう、ルテリアが簡単にオモチの作り方を説明してくれた。


「コメを、叩いて潰して……」


 練り固める。

 麦でも似たようなものは作れるかもしれないが、まずそんなことをしようという発想がこのアーレスにはない。料理人にこういう調理法でこういうものを作ってもらいたいと頼んでも、粉にしてから練り合わせるのと何が違うのかと不思議がられることだろう。

 しかし、地球の料理人はそれをやり、このような不思議なものを完成させたということだ。まずもって発想力が抜きん出ている。

 地球なる異世界、やはり料理における研鑽はアーレスの比ではないほどに進んでいるようだ。


 ううむ、と唸りながらオモチを睨むテッサリアに対し、ルテリアが更に説明を付け加える。


「そのお餅を具沢山のスープに沈めたものがお雑煮になります。店長の生まれ故郷の料理で、新年の訪れを祝う特別な食べものなんですよ」


「そうなんですか、店長さんの…………」


 フミヤ・ナツカワの故郷といえば、地球なる異世界の、確かニホンという国だったか。新年の訪れを祝う為の特別な料理が存在するとは、何と豊かな食文化なのだろう。

 このアーレスには新年を特別に祝う行事もなければ料理もない。古い年が終わり新しい年が始まったという感慨はあるものの、それだけだ。新年を祝おうが祝うまいが日々は続き、時は進む。忙しく大変な暮らしの中に、新年を言祝ぐような感情さえも溶けて消えてしまうのだろう。


 だが、ほんの1日、新たな年の始まりの日、それを祝う時間があっても、ただ1品だけそれを祝う料理くらいあってもいい筈だ。それくらいの心のゆとり、豊かさがあっても。

 そして、眼前に置かれたこのオゾウニソバこそが、その豊かさそのものなのだ。日々がドライに進むこのアーレスに地球から贈られた、小さな小さな新年のお祝い。


 感慨深げに頷くテッサリアに、ルテリアがニコリと微笑みかける。


「新年あけましておめでとうございます、という気持ちを込めてね。では、ごゆっくりどうぞ」


 ペコリと頭を下げると、ルテリアはそのまま厨房の方に行ってしまった。

 研究者として本当はもっと色々と聞いてみたかったのだが、朝イチのドタバタ忙しい時間にこれ以上引き留める訳にもいかない。


「ありがとう、ルテリアさん」


 彼女に聞こえはしないだろうが、ルテリアの背に小さく礼を言うテッサリア。

 そして改めて、オゾウニソバに向き直る。

 この新年を言祝ぐ料理、さて、まずはどう攻めるべきか。真ん中に鎮座するオモチは本丸として、まずはスープからいくのがセオリーであろう。


 ちまちまするのは性に合わない。熱く重たい器を両手で持ち、そのまま口を付けて、ずずず、とスープを啜り込む。


「……!」


 美味い。

 いつものソバのスープと味わいが違う。

 下地は間違いなくソバのスープなのだが、いつものクリアな感じよりも、もっと色々な味が混ざり合って複雑になった印象を受ける。これは恐らく、複数の具材を同時にソバのスープで煮込み、その具材の滋味が溶け出しているからだろう。魚と海藻のスープに肉と野菜の滋味が溶け込むと、このような角のないまろやかな味わいになるのか。魚の旨味と肉の旨味が不思議と喧嘩しておらず、ちゃんと両立しているのも不思議な感じだ。


 次はソバの麺。

 はしたない、などとは思わず、一気に、ずぞぞ、と啜り上げて咀嚼する。

 いつもの通りコシがあって歯切れの良い麺だ。美味い。麺に絡むスープがいつもとは違うからか、通常の温かいソバよりも甘味を強く感じるような気がする。


 その次は数々の具だ。

 ニンジン、ジャガイモ、ペコロス、鶏肉などをハシでひょいひょいと摘み上げて口に運ぶ。

 これらもやはり美味い。

 野菜は柔らかく煮込まれ、鶏肉は逆に硬いのだが、これは別に筋張っていたりパサパサしている訳ではなく弾力、噛み応えがあるのだ。

 この味、この食感には覚えがある。魔物肉、分裂鳥だ。鶏の肉よりも多少の野趣は感じるが、沢山捕れて安くて美味い庶民の味方。ただ塩を振って焼いただけでも美味いのに、このスープで様々な具材と一緒に煮込んだのならば、その美味さは更に跳ね上がる。

 ひとつだけ、何だか分からない不思議な食材が混ざっていたのだが、これもぷるりとした食感でよくスープの味がしみ込んでいて美味い。だが、これは一体何なのだろう、肉でもなければ野菜でもなくように思われるが、さりとてそれが何かは杳として答えられず。だが、あえて言うのなら、もし、ダンジョンに生息するスライムを食べたとしたら、こんなふうにプルプルとした歯応えを味わえるのではなかろうか。恐らく、これは本来地球でしか食べられない食材なのだろうが、何とも面妖なものである。

 口の中で咀嚼するごとに混ざり合い、調和していく具材たちを、滋味がたっぷり溶け込んだスープで喉の奥へと流し込む。


「ぷはッ」


 美味だ。口福だ。

 思わず熱い吐息が漏れてしまう。そして美味の余韻に口の端が緩んでしまう。美味いものを口にすると幸せを感じる。心が温かいもので満たされてゆく。

 しかもだ、こんなに美味くて早くも幸福を感じているというのに、まだ本丸、オモチが手付かずで残っているのだ。


 次はいよいよオモチにハシを伸ばす。

 スープを吸い、表面がくったりとしたオモチ、その中ほどをハシで掴み上げると、意外なことにハシ先からズシリと重さが伝わってきた。なかなかどうして、中身の詰まった食材らしい。


 スープを纏いテラテラと光るオモチを口に運び、まずは半分ほど食べようとしたその瞬間である。


「……ッ!?」


 意外や意外、口元に咥えたオモチがぐーんと伸びたのだ。

 何と面妖な食材だろうか。確かに、熱を加えたチーズもこのようにとろけて伸びる性質があるが、オモチはあくまでもコメ、穀物から作られたものである。

 普段、カレーライスやカツドンでコメを食べていても、このような弾力や伸びを感じることはない。ルテリアが普段のコメとは品種が違うというようなことを言っていたが、オモチに使われているコメはこの伸びに特化した特別なものなのだろうか。


 そのまま更にぐにーんとオモチを伸ばすと、ようやく途中で切れ、伸びた分のオモチが口元から垂れ下がってしまった。

 麺を啜るように伸びたオモチを啜り込み、口内で咀嚼する。


「んんん!」


 濃い。コメの味が、香りが濃い。オモチの中にコメの滋味が濃縮されている。焦げ目の部分が香ばしく、味のアクセントになっている。

 口当たりはとても滑らかで、噛んでも噛んでもモッチリとした食感が続く。これは一体、いつまで咀嚼していればいいのだろうか。どんなに噛んでも飲み込み時が分からない。

 が、食事を続ける為には、いつまでも噛んでいる訳にもいかなかった。

 テッサリアは意を決してスープを啜り込み、一緒にオモチを飲み下す。


 ゴクリ。

 と、滑るように嚥下されるオモチ。


「美味しい……」


 意識せず、テッサリアは感嘆の声を洩らしていた。

 オモチとは、何と不思議な食べものなのだろう。食感、味、香り、喉越しに至るまで、全てが未知の要素で構成されているような感覚とでも言うべきか。ともかく、他に類を見ない食材だ。

 地球には、こんなに美味しくて不思議な食べものがある。もしかすると、他にもこのような素晴らしい食べものがあるのだろうか。だとすれば、地球なる異世界は恐ろしいまでに食文化の進んだ美食の世界なのであろう。


 こうやって、アーレスには存在しない、驚くべき未知に出会える。感動の美味に出会える。そしてこれから先も、この場所で、この食堂で、新たな驚きと感動に出会えるのだろう。

 だからこそ、テッサリアはナダイツジソバが大好きなのだ。


 正直、今回は仕事のことは抜きにして来たのだが、オゾウニソバのことはレポートに纏めねばなるまい。今はテッサリアではない、別の研究員がアルベイルに出向しており、その人物からもオゾウニソバのレポートは送られて来るだろうが、テッサリアはテッサリアでレポートを書くつもりだ。別視点のレポートがあったとて、参考データが増えるのだから困ることはあるまい。まあ、所長は良い顔をしないかもしれないが。


 テッサリアはオゾウニソバを残らず平らげ、追加でシズオカオデンソバ、カツドン、そしてデザートにベニショウガアイスも頼み、これもペロリと平らげ満足げに店を出た。


「ありがとうございましたー!」


 ルテリアの声を背に受けて、寒風吹きすさぶ通りに躍り出る。

 頬を撫でる冬の冷たさが、今は温かい料理で上気した肌に心地良い。

 風は冷たいが、しかし空は晴れ渡り、太陽が燦燦と輝いていた。まるで、新たなる年の訪れを祝うような、祝福を感じる煌めきである。


 ぎゅっ、ぎゅっ、と新雪の道を踏み締めながら、テッサリアは上機嫌で歩き始めた。


本日4月19日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。

今回も拳聖ザガン編の続きとなっております。


珍道中の末、遂に旧王都アルベイル内、ナダイツジソバに到着したザガンとデューク。

豪奢な造りの不思議な食堂に驚くザガンだったが、2人は店内でデュークの知り合いだというエルフの女性、テッサリアと出会う。

テッサリアの薦めにより、2人は新メニューの肉ツジソバを頼むことに……。


今回もザガンとデュークの様子をお楽しみください。


それと合わせてお知らせなのですが、次回(5月4日)はコミカライズ、なろう版共に名代辻そば異世界店の更新はございません。次の更新はどちらも5月19日となっておりますので、読者の皆様におかれましては、何卒ご了承くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

ただ、5月4日は代わりに名代辻そば鶴川店の最新作を投稿する予定でおりますので、そちらの方を楽しんでいただければ幸いです。

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