057 エラセドの天敵オアイーター
四つん這いの、亀ともサソリとも違う生物。
後ろ足だけで立つと自分たちより数段大きい身体を持つオアイーターに、イリューアが前に出る。
「おいっ、サハギンと違うんだぞ。同じ戦い方が通用するのか?」
「誰が相手であろうと私にできることは……っ!」
ライアスの言葉を無視して剣を構え、イリューアがフラッシュガードを発動する。
しかしサハギンと力がまるで違う。軽い助走をつけて突進してきたオアイーターに、イリューアの身体はあえなく突き飛ばされてしまった。
(ああぁ……)
痛々しげに声を上げるフライア。そんな妹にライアスが声をかける。
「言わんこっちゃねえよ。あれじゃ、受けて構えるのは身がもたねえな。後ろ、何も来てないか?」
フライアは慌てて背後を確認した。サハギンや他のモンスターの姿は見当たらない。
(……うん、誰もいない。)
「よーし、なら数でなんとかしよう。イリューア! 立てるか? 挟み撃ちで押すぞ!」
剣を構えてオアイーターと向き合い、横目でイリューアの状態を確認する。
ライアスの声を受けたイリューアは岩壁に手をやり立ち上がった。
「……はい! まだ大丈夫です!」
そう応えてオアイーターの背面に回り、剣を構える。
イリューアが突き飛ばされた場所がよく、ちょうど兄妹とイリューアでオアイーターを挟む形になった。
魔獣は狙いを定めるように前後を交互に睨むと、やがてライアスの方に突進をはじめた。フライアが氷壁を出現させてその進路を阻む。魔獣を相手に足止めには至らないが、突進の勢いを殺し相手の攻撃を躱しやすくはなる。
そうして攻撃をいなしながら、イリューアと兄妹で敵を挟み込むような陣形を保ち、隙を見ては剣を叩き込む。
「んぐうっ!!」
だが、がむしゃらに突いても攻撃が入らない。オアイーターの全身を覆う鱗は金属のように硬く、反動がもろに返ってくる。
下手をすれば二人の刀身の方が欠けてしまいそうだ。
オアイーターが耳をつんざくような咆哮を発した。ダメージを受けた様子もなく、魔獣はすぐに反撃体制を整えてしまう。
「こいつはなんだ? 身体の皮膚まで鉱石化してるっていうのか?」
ライアスが苦々しげに言う。
「詳しくはわかりませんが、その可能性は十分にあります!」
そう答えるイリューアもどうすればいいか分からないといった様子だ。
「きりがねえぞ。剣が刃こぼれしちまう!」
「こ、こちらも……!」
狼狽える一行に再びオアイーターがギッと狙いを定めるように目を細めた。
「っ! また来るぞ! 散れっ!」
そう言ってライアスが左に、イリューアが右へと離れる。オアイーターはライアスを睨みつけていた。
「……や、やばいっ! あぶねえっ!!」
危うくそのまま押しつぶされるところだった。避けようとした先が崩れた岩石で散乱し、ライアスはかろうじて岩と突進してきたオアイーターの身体の隙間に伏せて難を逃れた。
「……っ! ここをっ!」
オアイーターはまだ崩れた岩石に頭を突っ込んでいる。ここしかないと、イリューアがその太い尻尾に渾身の突きを入れる。
「グウゥゥアアァァッ!!」
「うああっ!?」
確かに突きは入った。だが、直後に大きく揺れた重い尻尾にイリューアは弾き飛ばされた。
オアイーターが再びイリューアに向き直る。
「イリューア! くそっ……!」
岩石の間から這い出たライアスには尻尾で叩かれ、壁に打ち付けられたイリューアが見えた。
このまま突進を受けたら今度こそ危ない。
「くうっ!!」
(あ、あ、あぶないっ!)
頭より先に身体が動く。妹の忠告を聞かずに、ライアスがイリューアも串刺した尻尾を目掛けて剣を打ち下ろした。
「ガアァッ!? グウゥゥアア!!」
「んぎぃっ!!」
ライアスも、仕返しとばかりにその尻尾にバシッと叩き飛ばされた。
オアイーターの逆上が止まらない。確かに血は流れ、鱗を攻撃するより数段手応えはあるがこんな反撃を受けていては身が持たない。
「くっそ……。なんかいい手はないのか?」
なんとか戦線に戻ろうと、くらつく頭を抱えながら身構えるライアス。
だが、そこにフライアが呟いた。
(お兄ちゃん、忘れてない? 雷)
「雷……?」
不意にそう言われ、ライアスはハッとして顔を頭上にいる妹に向けた。
「あー! なんで黙ってたんだよ! 放つ前に敵倒せるからって忘れてた特性じゃねえか!」
(お、覚えてるって、思ってたから!)
兄妹で確認し合い、ライアスは気張って再び剣を両手で握りしめる。
これまで使える機会はあまりなかったが、雷のエレメントは吸引や麻痺の効果を引き出せるだけでなく《貫通》させる効果を持ち合わせる。いかに重装甲でも、それをある程度破ることができる、雷属性にしかない特性だ。
そんな兄妹のやり取りを見て、イリューアが焦れるように声を上げる。
「何をごちゃごちゃ言っているのです?」
「少し、少しだけターゲットを取ってくれ!」
オアイーターは復帰したライアスに身体を向きかけていた
その指示にやや訝しげな顔をしながらも、イリューアは岩を手にとりオアイーターに投げつけた。
「……はあっ!」
全力で投げたその岩が魔獣の首元にぶつかり、オアイーターが再びイリューアの方に向き直る。突進の構えにイリューアが震えながらも構える。
そこへ、ライアスは剣を構え、魔獣の背面に駆け寄りながら叫んだ。
「電衝撃、これならどうよっ!」
バチバチと空気を裂くような音が鳴り響き、刀身に稲妻の光が帯びる。それを渾身の力で魔獣の背中に突き刺した。
「グオオァァ⁉」
するとこれまでとは違い、オアイーターは嫌がるような呻き声を上げた。
その効果をライアスが確信する。野盗の集団を相手取ったときに用いた電撃撃ちとよく似ているが、今回は敵の装甲を抜け内部に電撃が走るように効果を付加している。
「今のは……! その技を続けてください!」
イリューアは驚き、そして光明を得たとばかりに声を張り上げる。
「お、おう、ちょっと待ってろ。」
ライアスは攻撃を続けずに一旦間を取った。再び電衝撃の効果を付けるためには少しだけクールダウンが必要だ。
イリューアが再びオアイーターの注意を引きつけようとするが、既に何度も魔獣の攻撃を受けている彼女の心身は明らかに消耗していた。
しかしはじめてダメージらしいダメージを受けたオアイーターが、再び咆哮を轟かせ、イリューアに向かって突進の構えをとった。
思わずフライアが悲鳴を上げる。これ以上攻撃を加えられるのは彼女の命に関わる。しかしオアイーターは容赦なく突進をはじめた。
(危ないっ!)
「……フラッシュガードっ!」
その刹那、魔獣の前方に氷壁と、同時に光の壁が現れた。
二つの壁に勢いをそがれたオアイーターの突進は、イリューアの身体ギリギリのところで留められた。氷魔法を放ったフライアと光魔法を用いたイリューアが、同時に安堵のため息を漏らした。
ライアスもおお、と足を止めた魔獣の姿を見る。
「おっ? 止まった?」
(感心してないで!)
妹に叱咤されたライアスは、お待たせとばかりに剣に雷光を纏わせた。
「そんじゃ、脇から失礼!」
オアイーターは二重の壁に突進を阻まれ狼狽えているようだ。ライアスは地面を蹴り魔獣の側面に入り込むと、無防備なその脇腹に剣を突き入れた。
「グアアアアッッ!!」
苦痛の咆哮が発せられ、オアイーターは飛び跳ねるようにライアスと距離を取った。
「すごい……! 効いています! あと、今の氷壁を入れてくださればなんとか耐えられます!」
イリューアが感嘆の声を上げる。フライアも頷いた。
「よーし、これでいこう。倒しきるぞ」
あと何度かまではわからないが、効果はオアイーターの動きにも出ている。
突進は最初ほどの勢いがない。隙を見せるのが怖いのか、受けたら致命的となる強打をしてこない。
ライアスの攻撃を警戒しているようで隙は少なくなったが、イリューアも挑発のために危険を冒してオアイーターの懐近くまで身体を寄せる。
「イリューア! 大丈夫か!?」
「私には構わず!」
そして、怒りに任せた魔獣の攻撃をフライアと二人掛かりで食い止め、その隙にライアスが電衝撃をお見舞いする。
このパターンに入り、オアイーターはいよいよ足が止まり、突進ではなく尻尾を振り回すばかりになった。
「グゥゥ……」
弱弱しく呻く魔獣を見て、イリューアが声を張り上げた。
「あと、一息! ライアス! とどめを!」
「ああ……そんじゃ、一番嫌がってた、腹に……! そうらっ!」
雷光を纏った剣が再び魔獣の脇腹に突き入れられ、人の何倍もの大きさの巨体が轟音と共に横倒れになった。
鋭い牙を剥き出しに口があんぐりと開かれ、頭がぐったりと埋まるように地面に投げ出される。
そのまま、オアイーターは完全に動かなくなった。




