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12話 攫いました

 俺ももう、身体が限界に近い。

 視界がぼやけ、手足が震えてとまらない。


 それでもなお選択を間違えた瞬間、ここは絶望になる。


 一族の安寧。

 それを心から願ったウルフたちの願いが今、まるで綱渡りのようにぐらつく。


 ウルフの住処――鍾乳洞(しょうにゅうどう)の天井は、すでにぼっかりと大穴が空いていた。

 しかし、やってくる太陽の光に温められる者などいない。


 ウルフの住処に戻ってきた俺たちは、眼前にいる()()によって、完全に死地に立たされている。


「やめるんだ……」


 だというのに、絶対的な優勢を保っているはずの老人が、血が出んばかりに口を噛みしめて、拒絶の声を出す。


 彼が本心で悲しんでいるのだと、俺は知る。


 老人のすがたを一言でいうなら、仙人。


 長い髪を後ろに束ね、歴戦の勇士を思わせる引き締まった表情。

 凛とした背筋も相まって、常人には分からないはるか先を見つめているかのようだ。

 その強く白い杖がただの装飾でないのなら、一体どれほどの力を秘めている。

 村長として身に着けている粗い茶色の衣服すら、威厳ある袈裟(けさ)に見えてしまう。


 彼は目を細め、ウルフの王をにらみつける。


「長年幾度となく戦い続け、互いに憎しみ合った脅威が、憎んだお前たちウルフが、こんなにも簡単にひねられてしまうのか……」


 ウルフたちも分かっているのだろう。老人は本当に悲壮と苦渋にまみれていると。


「何のために血を流しあった! 何のために貴様らは今まで生きていたというのだ!」

『黙れ……』


 だからこそ、許せるはずがない。

 すでに決して軽くない傷を負ったシルバーウルフが、地の底から這い出るかのごとき声を出す。


 直後、シルバーウルフの口元に、膨大な『水』が収束する。


 収束は(のち)の爆発だ。

 吐きだされたのは、まるで蒼い閃光。

 超速の水塊にぶち当たれば、肉体は跡形も残らない。

 人には決して太刀打ちできないその圧倒的暴力を、


「やめろと――」

 

 ぱあん、と。

 老人はあたかも雨水をはじくように霧散させてしまった。

 武器すら使わず、その手を振るうだけで。


「その弱弱しい攻撃をやめろと言っている! わしら同胞を喰らって得た『紛い物』のそれに、一体どれほどの価値がある!」


 そして、まただ。

 彼は右手を上にあげただけだけだ。

 それだけで、シルバーウルフの足元に爆発が起こる。


 水蒸気爆発すら思わせる無慈悲によって、シルバーウルフの身体はチリのように宙を舞った。

 鍾乳洞のつらら石が一直線に破壊され、それでも勢いは止まらずに壁にぶち当たる。

 シルバーウルフはぐしゃりと潰れ、ぴくりとも動かない。


 なおも、老人に容赦はなかった。

 好敵手であることを祈るかのように目を細めて、今度は巨大な丸い水塊を、崩れ落ちた相手に放つ。


 次にあたれば、まず死ぬ。

 その巨大な水塊を、しかし止める者がいた。


 かつてよりウルフを守り続けてきた王が、水塊に向かって横からぶち当たったのだ。

 ウルフを常に守り続ける研ぎ澄まされた体毛が、水塊を殺し、王を守った。


「―――――――――――――!!!」


 王は、あらん限りの咆哮をあげた。

 それは鼓舞と、慟哭。


 ――生きて、そして、立ち向かえ!!


 老人が小さく息をつく。


「もう、一切の加減はせんぞ。この洞窟ごと潰すだけで終いじゃ。かつての憎き戦友よ。これがわしの心からの誠意だと知れ」


 初めて、老人は杖を使う。

 どう使うかは知らない。どんな仕組みか知らない。


 だから、俺は動いた。

 痛みの走る身体に鞭を打って、地にあった石を投げつける。

 石は杖に当たり、老人の動きはかろうじて止まった。

 老人はこちらを見なかった。


 これは直観。

 それでも、ここでなにもしなければ、すぐさま杖をふるわれて死ぬ。

 だからこそ、ここで声をあげる。


「つまらないな……! ウルフたちの方がよほど強い……!」


 老人の腕が動く。


「想いが全然足りてない。あなたはとてもつならなそうだ……! 『終い』だと? 笑わせるな。本気になれない人間が栄光なんてつかめるか……!」

「戯言が過ぎるわ小童(こわっぱ)


 勢い、準備、予想外。

 本当の挑発に必要なのは、その3つ。


 だが老人の腕は止まらなかった。


 見えたのは杖を向けられたところまでだ。

 後は全部ふっとんだ。


 避けられず、身構えすらできなかった。

 ずっとそばにいてくれた相棒の悲鳴が、最後に聞こえた。



   ♦ ♦ ♦



 時は巻き戻る。


 サラサの能力を、その力を借りて、3つの物見台を無事にすり抜けた。


 サラサは幽霊だ。

 だから、俺を含めて誰かに『取り憑く』ことができる。


 ただ、俺との場合、魂レベルで同化しているせいなのか何なのか。

 俺はサラサがもっている力を、一部受け継ぐことができる。

 ウルフの洞窟では、元々視力が良すぎるサラサの目を借りた。


 物見台をかわすことができたのは、幽霊特有の『気配を消す』力だ。

 もとから認識されていれば使えず、しかし認識されていなければ姿を隠せる。


 そういったことが『取り憑く』ことで得られる力だった。

 

 まぁ、もともとサラサは俺に憑りついているから行動を共にしているわけだが……。

 個人的に『同化』よりも、呼びやすいと感じている。



 ちなみに、透明になったりすり抜けたりはできない。

 理由についてはいずれ説明する時がくるだろうが、今は置いておく。


「サラサ。見張りを頼むぞ……!」

「……うれしそうだね。モノ」

「ああ、実は興奮している。これが俺の初めてだ」

「言い方!!!」


 文句を言いつつも、サラサは警戒していてくれるだろう。


 正直なところ、いいかげんこのファンタジー村の何たるかを知りたい。

 見た目だけでなく、空気の味や、地面の感触、羽虫の音まできっと新鮮に感じるだろう。

 食べ物のにおいすら嗅げたなら数メートル飛び跳ねる。

 小説家として知ること以上の喜びはない。


 が、危機的な状況が、じっくり味わう時間を与えてくれない。

 俺たちはまた大木に隠れていた。

 村の端にストンと根を張っていたこの大木も、きっとここで必死に生きている。


 さて、と俺は『目の前にいる()()』を改めてみた。


 地球ではありえない水色の髪が、まさに綺麗な川のように、さらさらと流れる。

 その髪の美しさの前に、少女が身に着けている服すら、つられて輝くようだ。


「……っ!」


 だが現在、そんな少女の瞳には、少なくない涙が浮かんでいる。

 口も震え、俺に対して怯えているのは言うまでもない。


 まぁ、見ての通りだ。子供を(さら)った。

 言い訳はしない。

あえて言うなら、子供が子供を攫うという状況は、斬新だったに違いない。


 ――たぶんこれ、天国にいた時に感じてたものだよ――


 そのサラサのたった1つの言葉で、俺たちの警戒心は空を突き抜けた。


 天国。


 そのことについて今、改めて思い起こす暇はない。

 すこし前から、俺の脳内に起こっている『枷』がまだ続いているからだ。


 ただ1つ言うならば、想像してみて欲しい。


 ただの小説家が、天使や神様に勝てるだろうか?

 そういうことだ。


 ふがいないが、できることなら引き返すべきだ

 しかし、戻ればウルフに殺される。元いた都市に戻る力もない。


 どうしたってここで活路を見いだすしかなく、正攻法では通用しない。


 サラサも反対しなかった。

 それほどまでに、警戒しなければならない状況という訳だ。


「ふふふ、遠慮をしている場合じゃないな」


 そう呟いて、俺は未だに泣きそうになっている少女に近づいていった。

 少女の身体に、俺の身体の影が差した。


少し先の時間の戦闘。その描写を割り込ませてみました。


読んでくださった方にはどう映るのかと、思います。


今回も読んでくださって、本当にありがとうございます。


感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!

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