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13話 すみませんでした

 ファンタジー世界とはいえここは村だ。当然のように田畑があった。


 細くて、しかし力強さを思わせる草が、束になって空を向いていて。

 その草を彩るかのように、黄金の粒が花咲いていた。


 米、なのだろう。

 現状どう転んでいくかは不明だが、最終的には村人たちと釜の飯を食ってみたい。


「すみませんでした」


 で、俺はその田畑にいた蒼い髪の女の子を、おそらくは道具置き場なのであろう小屋の裏へ引きずり込んだ。


 身長が俺よりも低かったので、なんとか運べた。

 年齢も俺より少し幼い10くらいだろう。


「一度道を踏み外したら……もう戻れないよ。モノ」


 そうだな、サラサ。

 俺はもう戻れない。

 しかし、前に進むためにはこの少女の力が必要だ。

 それに、道を踏み外したからといって、女の子に頭を下げない理由にはならない。


 蒼色の髪を肩口まで下げている女の子は、小屋を背にして腰が抜けたように縮こまっていた。

 立ちながら頭を下げるのも躊躇(ためら)われて、手をつき頭を地に置いた次第である。


「怖がらせてしまったこと、失礼をしてしまったこと、本当に申し訳なく思っている。すまない」


 謝るときは、何に反省して、どう思っているか。

 きちんと話すことが重要だと思う。


 しかし、今の俺にはどうしても打算が入る。

 編集者の方々と物語を研ぎ澄ませていく我ら小説家は、一番最初にありとあらゆる会話術を叩き込む。その弊害といえるのかもしれない。


 いつか、ぷるっぷるのゼリーみたいに綺麗な気持ちで謝れるようになりたい。


「どうか怖がらないでくれ。傷つけるようなことはしない」


 ちなみに、近くに偶然いた女の子をかっ(さら)ったとは少し違う。

 攫うときに、大声で叫ばれれば危険すぎるから、適当には選べない。


 できる限りおとなしくて。

 攻撃的でなくて。

 小柄な女の子。


 それが俺の理想像だった。


 そんなわけで、サラサの力を借りて気配を殺し、田畑にいる子供の様子をじっと観察していたわけだ。


「あとでちゃんと自首しようね……!」


 小説家として、情報を得るための観察眼はかかせない。

 この子が理想の女の子だと、俺の眼が語っていたのだ。


 というかサラサ。容認した時点で君も同罪だからな。


「……っ! ……っ!」


 なんだろう。

 女の子がむせるような声を出している。


 泣かせてしまっただろうか、と心配になり土下座から頭をあげた。

 どこか辛そうに視線を下げてはいるものの、涙腺が崩壊したりはしていない。


「俺の話を聞いてくれるのか?」


 わずかに頷く女の子

 しかし、さすがにおかしいと気づき始める。


「もしかして――口が聞けないのか?」


 一瞬目をそらした後、同じようにコクリと頷く。

 その姿はまるで、触れると壊れてしまう飴細工のようだった。


 この子の身に何があったのだろう?

 声が出ないというのはきっと、すごく辛いこと。


 分かったような口はきけないから、褒めたり慰めたりはしない。

 だがそれでも今、こうして生きている彼女を、すごいと思ってしまうのは罪だろうか。

 そう思う。


「でも……どうするの? 声をだせないなら、情報を聞くことなんて……」

「それはジェスチャーでどうにでもなる」


 時間がかかるのはすこし危険だが、問題はない。

 この村で何が起こっているのか。それを知らないことには始まらない。


 そう思っていた矢先、女の子が指を動かした。


「……これは、魔法か!?」


 彼女の指先に沿って、次々に水が生まれていく。

 水は地に落ちることなく、空中でキラキラと漂っている。

 言葉でいうとするなら、次のような表現になるのだろうか。


 ――空中に水で文字を書いている。


 ウルフが言っていた。

 村の人間は『水の魔法』を使うと。

 

 間近で魔法を見たのは、これが初めてだった。


『トーネ』


 書かれている文字にはそうある。

 それが少女の名前なのだろう。


「モノ……、鼻血出てる」

「おっと、すまんすまん」


 しかたあるまい。

 爆発しそうな胸をなんとかおさえているのだ。鼻まで意識が回らなかった。

 正直興奮している。

 魔法に初めて出会ったのだから。


 ただこの状況、容易に意思疎通ができるのなら、まず一番最初に聞かなければならないことがある。

 聞いた後にごまかせるように、俺は直球で質問した。


「トーネ。君は生贄にされるのか?」

「……っ!」


 こわばる様子さえ見てしまえば十分だ。

 取るべき行動が定まっていく。


 トーネは幼いにも関わらず田畑に一人でいた。

 それはつまり、トーネもしくはトーネの家族はその田畑を所有しているのではないか。


 それから、これは残酷だが。

 声の出せないトーネは優先して生贄にされやすく思える。

 ウルフ曰く、湖に投げ捨てられたのは子供の女の子ばかりだったらしい。

 だが、トーネは今もしっかりここにいる。


 もしかすればの話だが。

 トーネは村の中では、かなり上の身分なのかもしれない。


 そして、そのトーネすら生贄にされようとしている。


「……でも、推測の域をでてないようにみえるよ?」


 そうだな。

 だから、ちゃんと聞く必要がある。

 話す時間が必要なんだ。


 ふぅ、と俺は息をついた。

 本当ならもっと、45倍くらいおもしろいことをしたかった。


 村の中心部へトーネを連れ込んで、裸で逆立ちしながら、「俺は魔王の配下モノ・カーキだ! 有り金を全部だせぇええ!」とか言ってみたかった。

 もちろん、裸で逆立ちすることにはしっかりと理由付けをして。

 だけど、どうやらそうも言ってられなそうだ。


 もうこれ以上、誰かを犠牲にはさせない。

 だから、俺は改めてトーネに視線を向けた。


「ねぇ、本当に君を攫ってもいい? この村で起こる悲劇を止めるために」


 彼女は一瞬目を見開いて、そのあとおずおずと指を動かす。


『助けてくれるつもりですか? ……どうして?』


 そうだな。そりゃ不思議だろう。

 信じられないだろう。

 残った先に待ち受けるのが破滅だったとしても、ここで動くのは怖いよな。


 それでも俺はトーネに詰め寄って、言葉をこめた。



「俺が――小説家だからだ」



 人を知り、描くのが小説家。

 そして、時に人を知り続けるために、その人を守るのが小説家だ。


 もっともっと感情的な言い方をするならば、


「俺と君のこの出会いを、なかったことにするわけにはいかないんだ」


 だって、俺にとって人と人との共鳴は、この世の何よりもまぶしく見えるから。

 この出会いの先に見えるのが、トーネの死であってたまるものか。


 俺はトーネに手を差し伸べる。この手を握ってくれと訴える。

 付いてきてくれるなら、必ず君を守ろうと。


 でも、ああ。そんな気はしていた。


『私は行けない』


 怯えていた1人の女の子の、明確な断りだった。


 理由はわからない。

 あまりにも共に話した時間が短すぎる。

 逃げ出せない理由が、大切な者があるのだろう。


 だがそれは、トーネなりにその幼さで懸命に考えて出した答えだ。

 間違いなく、彼女の生きざまだと俺は思った。


「……そうか」


 俺はかすかに、ほほ笑んだ。

 トーネが、生きていると思ったから。

 それがトーネの本気の選択なら、止める権利は俺にはない。


「どうするの? モノ」


 サラサが心配そうに声をかけてくる。


「もちろん、俺も懸命に走るさ」


 正直、天界にかかわる存在に1人で勝てる気はしない。

 しかし、活路がないなら切り開く。

 そうやって俺たちは、いつもいつも、物語を作ってきたんだ。


「俺1人じゃどうにもならない。最後まで付き合ってもらうぞ。サラサ」


 サラサは少し驚いた表情をして、だけどすぐに「もちろん」と返事をくれた。


 風が俺やトーネの頬をなでて、稲へと広がっていく。

 あたりの光景に染み入る程度には、俺の中に余裕が戻ってきたみたいだ。


 そして。

 そんな俺とサラサの隙は、完全に致命的だったらしい。


「ふむ。賊の侵入を嗅ぎつけてきたが、まさかこのような小童だとはのぅ」

「――――っ!!」


 直後、俺の視界は真っ暗に潰れた


『人を知り、描くのが小説家。そして、時に人を知り続けるために、その人を守るのが小説家だ』


……私も誰かを守れるような人間になりたいものです。


読んでくださったすべての方に心より感謝いたします。


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