地獄の入り口
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――バキイッ!!――
豪快な破壊音と同時に飛散する小さな木片。ヤヨイの一振りはノゾミではなく、広間の床にめり込んでいた。
「な、な……なにやってのよヤヨイ!」
マリが思わず叫ぶ。
「施設のもの勝手に壊して! こんなのまずいって!」
「さっきから、指紋だの施設のものだの、マリはホント普通で良いね」
ヤヨイの皮肉を込めた、底冷えするような笑みにマリが口ごもる。
「ウチには亡者の声、ノゾミはお父さんが元経営者。マリだけじゃない? ここに大した想いも無いのに来てるの」
そこで、マリの返事も待たず、ヤヨイが今し方破壊した床を指さす。
「ビンゴ。とりあえず人が入れそうなサイズまで開けてからウチは行くわ」
絨毯の下も石の模様に塗られた床だったが、一角だけ材質が違った。ノゾミもマリも気付かなかった小さな差。上を歩いたときの音の違いにヤヨイだけは微かな違和感を感じていた。そしてそれが当たった。手で開けようにもしっかりと打ち付けられていて、あり得ないとは思いながらも最後に試した道だった。
にやりと口の端をつり上げるヤヨイ。マリは尻もちをついたまま後ずさった。
「待ってろよスミレコ! ハルナ! 今、そっちに行ってやるっ!」
叫びながら繰り返し打ちつけられるハンマーの音に、そのたび肩を揺らすノゾミとマリ。
「あはははははははははーー!! やっと、やっと会えるなああ!!!」
その狂喜と、狂気にマリはいよいよおののいて駆けだした。
「つ、付き合ってらんない!」
そのまま正面扉を越え、マリは入ってきたはしごの方に走っていった。日はもう沈みかけ、ライトを持たないマリが帰るにはギリギリの時間だった。
ノゾミはその後ろ姿を、日常に帰る姿をぼんやりと見つめた。視界にはパラパラと飛散する木っ端が映る。
「1人だけ逃げるなんて」
その言葉にノゾミははっとする。
今、なんて……?自分が言ったのか、それともヤヨイが言ったのか、酷く怨嗟のこもった声音にノゾミは1人耳を塞いだ。
――徐々に開かれる地獄への扉。ヤヨイは時間をかけて育てた狂気を惜しみなく溢れさせ、親友だったマリは常世へ、そしてノゾミは、どす黒い何かにゆっくりと飲み込まれるような恐怖に。終焉に向かう道はあまりにも深く暗く、2人を待ち受ける。