第1話
※過去に投稿した短編と、その後のシリーズ作品をまとめた再編集版です。
加筆修正し、連載作品としてまとめ直しています。
――最近読んだの。
お友達が貸してくれた流行りの小説。
公爵令嬢が身分の低い女の子に嫉妬して、醜態を晒し、婚約者を奪われる。
その罪を問われ、地位を追いやられ、さらには娼館で男達にアレやコレや……。
え、そんな目にも……?いやさすがに……。
そこのアレやコレやなやつは後学のために参考にするかもしれないが?
いや、少しだけもっと深く読んでみたいが!
「私って公爵令嬢じゃない?本の描写みたいに深い赤髪で琥珀の瞳。猫目美人だし。さらには面倒だけれど、王子の婚約者じゃない?」
別に自慢なんてしていないのだ。
ただ混乱しているだけなの!
「私って性格が性悪?ねぇ、それとも、実はつんでれ?愛されキャラなのかしら。どっちだと思う!?」
「とりあえず、お前はただの抜けてる公爵令嬢だ」
私の質問に、口元へカップを運びながらしれっと答えてくる、“本物の王子様”。
「浮気性のクズ王子に言われたくないわーーー!」
「おい、さすがに目の前でクズ王子呼ばわりされたのは初めてだ」
目の前のルクス様は、少し長めの黒髪を緩く結んだ、赤目の見目麗しい男性だ。
悔しいけれど、相変わらず素敵だわ……。
そうなの。
私は公爵令嬢。そして、このクズ王子の婚約者――ローゼリア・ランディーネなのだ。
この小説たちに出てくる公爵令嬢が、どれも何だか他人の気がしないのよ。
見た目の描写も私に似ている。
「私、ざまぁされちゃうわ!いえ、逆ザマァ!?いやいや、私が主人公ならざまぁであってる!?」
パニックである。
だって、どれも私の現実の話みたいに感じてしまうのだ。
「おい、落ち着けローザ。公爵令嬢が娼館落ちなんてあり得ないぞ。なんて過激な。……というか、お前が気に入った小説は後でこっちに全部回すように。俺も読みたい」
ルクス様が妙に真剣な顔で言った。
これが世にいう、男性のむっつりというものなのかしら。
しかし、そんなの嫌に決まっている。
幼い頃からの婚約者に、かなりエッチな本を読ませるなんて!
「別に気に入っていませんから。公爵令嬢のその後があまりにも刺激が強すぎて、新しい扉が目の前に現れただけですから。扉は開いていません!」
浮気する予定の王子(仮)に何を相談しているのだろうか。
でも、高飛車でその後断罪される性悪な公爵令嬢(仮)には友人が居ないのだ。
まぁ、浮気王子(仮)にも友人なんていないから、付き合ってくれているんですけれどもね。
「今は二学期ですから……季節外れの転入生で、成績優秀で健気で笑顔が可愛らしい女の子が来たら、それがヒロインですわ」
「平民の女生徒の編入が決まったらしいが」
ルクス様の言葉を聞いた瞬間、全身に衝撃が走った。
――やはり!
「ほらーー!それ、それです!お願いします、ルクス様。修道院エンドにしてください!それなら後で修道院から逃げますから。それか、娼館落ちでも私を溺愛する男性一人だけに売ってください〜……。快楽落ちでいいですから!さすがに変態とか大勢とかは勘弁ですわ……」
遂に、この時がきてしまったのだろうか。
公爵令嬢=断罪。
この図式は公式なのだろうか。
「はぁ?修道院はまだしも快楽落ち?ふざけてるのか、お前は」
「本気だから、こんなにお願いしてますのに!」
「そんな事は絶対に起こり得ない。お前は俺の婚約者だぞ。どこのクソ野郎がそんな目に遭わせるっていうんだ」
お言葉が荒れてるわ、珍しい。
ルクス様の機嫌を損ねてしまった。
これは久し振りに本気で怒っているわ。
――今は婚約者として大切にしてくれていても、いずれ私を断罪して、あんな目に遭わせる。
それが小説のストーリーだった。
「じゃあ、ルクス様は浮気王子にはならないと誓えますか?」
彼を信じてみたい。
私の知っているルクス様なら、物語を覆してくれるかもしれないじゃない。
「当たり前だ。何故今更婚約者を変える必要がある。俺にはお前が居るというのに」
「ならヒロインが現れて約束を破ったら!私を溺愛してくれる人に嫁がせてくださいね」
「あ?」
思った以上に低い声が目の前から飛んできて、思わず口を閉ざしたくなる――。
だが、しかし!
私の未来が掛かっている。保険は大切だ。
「出来れば、甘々に溺愛してくださる方で!一生神様にお仕えしたくないし、娼館落ちなんて以ての外なのです。無理やり誰かに嫁がされるエンドも少なからずありますし、それなら溺愛旦那様の所でお願いします!」
「お前、小説と現実を混同しすぎだろう。ヒロインだって?平民の少女に高位貴族の令息が何人も落とされるはずが無いだろうが」
ルクス様はテーブルに肘をつき、片手に顎を乗せ、もう片方の手で私の額を小突く。
――無駄にいい男。モテる仕草。これは罠だわ……。
「じゃあ、賭けましょう。平民の女の子が複数の高位貴族の男性と仲良くなり、アプローチを受けるかどうか。私が勝ったら、溺愛執着の方の紹介をお願いしますわ!」
「高位貴族の男が複数?平民に?あり得ないな」
私との賭けに、ルクス様は鼻で笑った。
「ここってどう解けばいいんですか?まだよく理解出来なくて。あっ!ごめんなさい、足元がよく見えてなくて……!きゃっ!」
男子生徒の胸に飛び込んでしまう少女。
ほら、ご覧なさい。
言った通りの展開だわ。
もう名前も言いたくない騎士団長のご子息と、将来を嘱望されている王子の側近が、ずっと彼女に纏わりついている。
(やっぱり、あれは本当の事になるのね。次は浮気王子の番だわ)
本当は少しだけ期待していたのだ。
物語が現実になるはずなんてなくて、ルクス様だって私のことを憎からず思っていてくれていると……。
「男って最低ね」
思わず呟く。
裏切られた事実に、胸が少し痛くて何かを殴りたい気分だわ。
「ええ、ローザ様。男って最低ですわ」
「私達、お父様から許可をもらって、新しいお相手を探すことにしましたの。アレは一応のキープですわね」
そこへ、目の前で浮気している彼らの婚約者達が話しかけてきた。
親の許可のもとで婚活。
羨ましい。
――これは、溺愛してくれる旦那様を自分で見つけるチャンスというものではないのかしら?
「いつ?いつ新しい婚約者を探しに行くのですか?私も新たな道を探してみたいですわ!」
「やっぱり、身近な方から紹介していただき、そのままお食事をするのが一般的です。ローゼリア様も、新たな男性とお会いするくらいなら、公爵閣下もお許しくださるのでは?」
世の中に浸透しすぎた小説の影響は親世代にまで及んでおり――。
ハニートラップに掛かった婚約者には、すぐ見切りをつける風潮が広まっていた。
――王子?一番危ない案件ですわ。
そう口を揃え、私たちは深く頷きあった。
何故か、その瞬間に心の絆が強まった気がした。
(自分から行動あるのみよ!見てなさいよ、馬鹿ルクス様めーーー!!)




