激戦
「全員聞け。」
桐谷のどこまでも落ち着いた、しかし冷徹なまでの確信を孕んだ声が、ノイズ混じりの通信機越しに響き渡る。
「勝機はある。……いや、勝機はそこにしかない」
その一言、たったそれだけで、絶望に沈みかけていた攻略隊一同の表情が劇的に変わった。張り詰めた空気が一瞬で熱を帯びる。
東條は愛剣の柄を凄まじい力で握り直し、じりじりと焼けるようなプレッシャーの中で不敵に笑ってみせた。
「そうこなくっちゃな。絶望一色のまま死ぬなんて、俺の性に合わねえんだよ」
「奴の胸部中央を見ろ。あの分厚い甲殻の継ぎ目、そこにだけ極小の魔力の歪みがある。流れが完全に乱れているんだ」
桐谷の瞳が、淡く、しかし鋭い蒼色の光を放ち始める。
神から授かりし至高の権能――《戦術眼》。
敵がどれほど強大であろうとも、その魔力量、身体構造、果ては微細な行動パターンに至るまでを瞬時に解析し、不可能な戦況から「唯一の正解」となる最適な攻略法を導き出す絶対の能力。
「恐らく、あそこが奴の生命の核だ。……ただし、一撃では破壊できない。奴の肉体強度は想定を遥かに超えている」
「東條、お前の一撃を以てしても、ただ一枚の皮を剥ぐのが限界だ。それでは足りない」
「分かってるさ、そんなことは」
東條は静かに、しかし深く頷いた。
先ほどのほんの一瞬の交戦、それだけで肉体が、本能が理解していた。
目の前に君臨するこの異形の怪物は、これまでに人類が踏破してきたどのダンジョンの魔物とも、明確に次元が違う。
一人で英雄になれる時代は、この瞬間に終わったのだ。
一人では、絶対に勝てない。
だからこそ。
「――全員で仕留める。お前が道を示すなら、俺たちはそこへ突き進むだけだ」
その決意をあざ笑うかのように、最悪のタイミングで空間が爆ぜた。
「グォォォォォォォッ――!!」
未知の魔物が、大気を引き裂く咆哮を上げる。
その背中から、まるで火山が噴火するように噴き出していた黒くドロリとした魔力が、一気に膨れ上がり、周囲の空間を侵食していく。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
凄まじい重力波のような圧力が生じ、周囲の巨大な岩盤が自重を無視してふわりと宙に浮き始める。
「な、なんだ……これは……!?」
前線から遥か遠く離れた、安全圏にあるはずの政府観測室。そこに座る研究員の一人が、モニターを見つめたまま歯の根が合わないほどに震える声を漏らした。
「魔力密度の数値が、計測不能領域まで急上昇しています!」
「第一段階の最大値を突破……! まだ上がっていく!」
「嘘だろ……これ以上、まだ強くなるというのか!?」
戦場の中央で、魔物はその身の丈を超える禍々しい大剣を天へと掲げた。
周囲の宙に浮いた岩盤から、そして大気そのものから、凝固した怨念のような黒い霧が刃へと収束し始める。
その魔力量は、戦闘開始時の何倍、いや何十倍にも膨れ上がっていた。
「まずい! 全員、散れッ!!」
副隊長格の藤堂が、裂けんばかりの声を張り上げる。
「来るぞ!!」
ズドォォォォォン!!!
放たれたのは、ただの斬撃ではなかった。それは空間そのものを削り取るような、黒いエネルギーの奔流。
直撃を免れたはずの周囲の岩盤が、凄まじい剣圧だけで一直線に、まるで紙のように真っ二つに裂けていく。
東條は持ち前の超人的な跳躍力で上空へと跳ぶ。
白石は影に溶け込むようにして、崩落する壁を蹴って軌道を変える。
そして、退路のない位置にいた黒崎は、自身の巨体を隠すほどの盾を地面に突き立て、構えた。
しかし――。
「ぐ、おっ……あぁぁぁあ!!」
黒崎の悲鳴に近い喘ぎ声と共に、巨大な盾が内側から大きく軋んだ。
神の金属と謳われる「神鉄」を鍛え上げて作られた、人類の防衛線の象徴たる盾。
数々の神話級の魔物の猛攻を耐え抜き、これまで一度として傷付くことのなかったその硬質な表面へ。
ピシッ……
冷酷な音が響き、一本の亀裂が走る。
「……嘘、だろ」
黒崎の、いかなる猛攻にも動じなかった屈強な表情が恐怖で固まる。
世界最高の防具。人類の誇り。
それが。
たった一撃の、その余波を含んだ斬撃だけで傷付いた。
「絶望している暇はない! まだ終わらないぞ!」
桐谷の鋭い叱咤が、通信機越しに全員の意識を覚醒させる。
「白石、今だ!」
「了解……!」
白石の身体が、完全に世界の視界から消え去る。
いや、消えたのではない。
人間の動体視力の限界を遥かに超越した、文字通りの神速。
次の瞬間、彼女は魔物の巨体の死角をすり抜け、その左肩へと飛び乗っていた。
「こっちを向きなさい、このデカブツ……!」
両手に握られた双短剣が、目にも留まらぬ速さで何十回、何百回と閃く。
キン! キン! キン! キン!
激しい金属音が連続し、夜空の花火のように火花が飛び散る。
やはり、その圧倒的な甲殻を切り裂くことはできない。刃が通らない。
だが、その超高速の乱撃は、確実に魔物の注意を引きつけることに成功した。
「グォッ!?」
魔物が、羽虫を鬱陶しがるようにして、苛立ちと共にその巨大な顔を白石へと向き直る。
その瞬間、魔物の胸部中央――《戦術眼》が指し示した唯一の弱点が、完全に無防備に晒された。
「今だ、東條!!」
桐谷の、魂を絞り出すような声が響いた。
上空から落下しつつあった東條が、空中で文字通り「空を蹴り」、凄まじい推進力で地面へと突撃する。
「うおおおおおおおおお!!!」
東條の全身から、眩いばかりの黄金の光が爆発的に吹き荒れる。
体内の神力を限界、いや限界のその先まで強制解放。
急激なエネルギーの過負荷に、彼の筋肉が、骨が、ミシミシと悲鳴を上げる。
それでも、東條の足は止まらない。
一歩。
二歩。
三歩。
踏み込むたびに地面が陥没し、東條の速度は音速の壁を突破する。
衝撃波が走り、空気が悲鳴を上げて裂ける。
「はあああああああああああああっ!!」
放たれるは、東條の全存在を賭した黄金の斬撃。
光の線が、一直線に魔物の胸部へと伸びていく。
狙うは一点、甲殻の継ぎ目。
しかし。
その絶対の好機の中で、魔物は不気味に口元を歪めた。
ニヤリ。
まるで人間の老獪な戦士のように、邪悪な笑みを浮かべたのだ。
「……ッ!?」
東條の背筋に、生まれて初めて経験するほどの強烈な悪寒が走る。
しまっ――そう思った瞬間には、すでに遅かった。
魔物の胸部、その甲殻の継ぎ目が、まるで捕食者の口のように禍々しく左右に開いたのだ。
「避けろ! 東條、戻れ!!」
桐谷が叫ぶが、光速に近い領域に達した東條は、慣性を無視して止まることなどできない。
開かれた胸部の奥底で、ドス黒い光が瞬時に収束していく。
「グォォォッ――!!」
胸の腔洞から、すべてを無に帰すような漆黒の閃光が、至近距離の東條に向けて放射された。
ドカァァァァァァァァン!!!
世界が、一瞬にして白と黒の二色に染まる。
鼓膜を破壊せんばかりの轟音。視界を埋め尽くす大爆発。
発生した大質量の衝撃波により、広大なダンジョンの最深部全体が、まるで大地震に見舞われたかのように激しく揺れ動く。
その衝撃の凄まじさに、戦場を上空から捉えていた観測ドローンが一斉に火花を散らし、映像を失った。
「映像が途絶しました!」
「通信、完全に途絶! 電磁波の乱れが酷すぎます!」
「東條隊員! 応答してください、東條隊員!!」
政府観測室は、まるで蜂の巣をつついたような騒然とした状態に陥る。
それと同時に、世界中にリアルタイムで生中継されていた配信画面もまた、砂嵐の後に真っ黒な画面へと切り替わった。
静まり返った直後、世界中の視聴者によるコメント欄が、狂ったような速度で埋め尽くされていく。
『え?』
『嘘だろ……今の直撃したぞ……』
『生きてるよな? おい、誰か嘘だと言ってくれ』
『頼む……頼むから生きていてくれ……!!』
画面の向こうの誰もが、息を止めて奇跡を祈った。
あまりにも長い、絶望的な数秒間が流れる。
もう駄目か、そう誰もが諦めかけたその時。
もうもうと立ち込める濃厚な土煙の向こう側から。
カツン。
折れた剣か、それとも鎧の破片か。金属が岩肌を叩く、小さくもハッキリとした音が響いた。
やがて。
風が吹き抜け、土煙の輪郭を奪っていく。
その向こうから、ゆっくりと一人の影が姿を現した。
未だ、かすかに黄金の光の残滓をまとった東條だった。
彼の右肩の頑強な鎧は粉々に砕け散り、剥き出しになった腕からはダラダラと赤い血が流れ落ちている。
息は絶え絶えで、満身創痍。
それでも。
彼の右手に握られた大剣は、まだ、折れずにその輝きを保っていた。
「……ふぅ。効いた、ぞ……」
東條は口元に溢れた血を無造作に腕で拭い、いつもの、あの不敵な笑みを浮かべた。
「今の一撃、ただの無駄死にじゃねえ。……奴の甲殻に、確かに傷を入れたぞ」
その言葉に応じるように、周囲の土煙が完全に晴れ渡る。
そこに佇む巨大な魔物の胸部。
先ほどまで、人類のいかなる兵器も、魔法も、一切通じなかったはずの漆黒の甲殻。
その中央に、たった一本ではあるが、深く、確実に肉肉しい内部へと達する斬り傷が刻まれていた。
「やっぱり、お前の眼に狂いはなかったな、桐谷。そこが弱点だ」
前線で一人踏み止まる東條の背中を見つめながら、桐谷は静かに、しかし強く拳を握りしめる。
「ああ。よく繋いでくれた。……次で決める」
反撃の狼煙は上がった。全員がそう確信し、次の一歩を踏み出そうとした。
しかし、その瞬間――。
ギギギギギ……ギギギ……
耳障りな、肉と骨が軋み合うような不快な音がダンジョンに響き渡る。
見れば、魔物の胸部に刻まれた深い傷口から、先ほどよりも濃密な黒い霧が溢れ出していた。
そして、その霧が傷口を包み込むと同時に、斬り裂かれていたはずの漆黒の甲殻が、目に見えるほどの速度でウネウネと蠢き、ゆっくりと、しかし確実に元の姿へと再生を始めたのだ。
「……嘘、だろ? 自己再生……能力……!?」
後方で支援魔術を展開していた藤堂の表情から、一気に血の気が引いていく。
傷つかないのではない。傷つけても、瞬時に癒えてしまう。
桐谷の淡い蒼色に輝く瞳が、かつてないほどの危機感を孕んで鋭く細められた。
「厄介だな。想像以上の化け物だ……」
人類最強と謳われる攻略隊ですら、その長い戦歴の中で初めて相対する、無限の自己再生能力を持つ未知の魔物。
攻略隊が勝つためには、再生が追いつかないほどの一瞬の隙を突き、全ての火力を一点に集中して完全に破壊し尽くさなければならない。
一方で、魔物は時間が経てば経つほど、戦いながらにしてその傷を癒やし、全快していく。
制限時間は、人類の肉体が限界を迎えるまで。
ダンジョンの最深部、光の届かぬ闇の中で、彼らの生存を賭けた過酷な死闘は、さらにその泥沼の度合いを増していくのだった。
「全員、俺の指示を聞け。」
桐谷の声は、世界が崩壊しかけているこの極限状態にあっても、不思議なほどに落ち着いていた。
その静謐な響きが、激しい戦闘でパニックに陥りかけていたメンバーの精神を瞬時に繋ぎ止める。
目の前の怪物は、確かに強い。
これまでの常識を遥かに超えた、絶望的なまでの破壊の権化だ。
しかし。
決して、勝てない相手ではない。
桐谷の淡く輝く蒼き瞳――《戦術眼》には、先ほどまでどれだけ目を凝らしても見えなかった「世界の理」が、今や明確に映し出されていた。
怪物が、その身の丈を超える大剣を傲然と振るう、その瞬間。
ほんの一瞬だけ、連動する身体構造の歪みによって、左胸の強固な甲殻が、わずかに、本当にわずかだけ開くのだ。
その時間、わずか。
約〇・三秒。
呼吸すら許されない、瞬き一つで消え去る刹那の隙。
それだけだった。普通の人間の領域であれば、到底合わせることなど不可能な神速の刹那。
「……見つけた。」
桐谷は、ジリジリと肌を焼くプレッシャーの中で、静かに、そして確信に満ちた笑みを浮かべる。
「奴の弱点だ」
その瞬間、メンバー全員の耳の奥で、張り詰めた通信が一斉に開かれた。
ノイズの向こうから、桐谷の冷徹かつ正確無比なカウントダウンが始まる。
「東條」
「……へっ、いつでもいけるぜ」
「次の攻撃を、正面から完全に受け止めろ。一歩も退くな」
「黒崎」
「任せておけ! この盾、タダでは破らせん!」
「東條を横から支えろ。二人の肉体強度がなければ、奴の突撃は防げない」
「白石」
「……ん、準備完了」
「三秒後、合図と同時に奴の左側へと回り込め。最速で仕掛けろ」
「了解」
「藤堂」
「……」
「お前の魔力を、次の瞬間に全て吐き出せ。最大出力、一撃の足止めに全てを賭けろ」
藤堂は、限界を超えて枯渇しかけている体内の魔力回路を強引に駆動させ、深く息を吸い込んだ。
その瞳に、決死の覚悟の炎が宿る。
「……分かったわよ。残りの魔力、全部ここに置いていくわ」
彼らの意思が一つに重なった、まさにその瞬間。
巨大な魔物が、勝利を確信したかのように再び天を仰ぎ、凶悪な咆哮を上げた。
「グオオオオオオオッ――!!」
大気が激しく振動し、周囲の空間が歪む。
その巨体が、信じられないほどの初速で突撃を開始した。
狙いは、先ほど手傷を負わせた最大の脅威――東條。
「上等だ、来いッ!!」
東條は逃げる素振りすら見せず、地に足を深く沈め、大剣を正面に構えた。
体内から溢れ出す黄金の神力が、彼の周囲の空間を爆発的に照らし出す。
「うおおおおおおおおお!!!」
激突。
黄金の光をまとった東條の剣と、魔物が振り下ろした漆黒の大剣が、真っ向からぶつかり合う。
ドガァァァァァァァン!!!
凄まじいまでの衝撃波が同心円状に広がり、周囲の残骸や岩盤を跡形もなく吹き飛ばした。
「ぐっ……! あああぁぁぁ!!」
東條の足元の地面が、その圧倒的な質量と怪力によってみるみると陥没し、膝が激しく軋む。
それでも、彼は絶対に退かない。一歩でも退けば、後ろの仲間が死ぬ。
「黒崎ぃ!!」
「おうあぁぁぁぁぁ!!!」
咆哮と共に、黒崎が横からひび割れた神鉄の盾を叩きつけるようにして滑り込ませ、東條の身体を支えた。
人類最高峰の前衛二人が、全存在を賭してようやく止められるほどの、圧倒的な怪力と質量。
怪物の動きが、ほんの一瞬、完全に静止する。
「今だ!!」
桐谷の鋭い叫びが響く。
それと同時に、待機していた藤堂の杖の先端が、眩い紫色にフラッシュした。
虚空へと、幾重にも重なる巨大な魔法陣が瞬時に展開されていく。
「《重力拘束》ッ!!」
ドンッ!!!
目に見えぬ超重力の質量が怪物の頭上から叩きつけられ、魔物の身体が一瞬だけ、ガクリと深く沈み込んだ。
たった一瞬。時間にして、わずか一秒にも満たない拘束。
だが、桐谷が率いるこの攻略隊にとっては、それで十分すぎる時間だった。
「白石!!」
「待ってました……!」
白石の姿が、世界の視界から完全に消失する。
音すら置き去りにし、ただ空気だけが鋭く裂ける。
次の瞬間。
彼女はすでに、魔物の左胸――その真横の空間へと現れていた。
怪物の大剣が振り抜かれ、重力に抗おうと身体をねじった結果、左胸の甲殻が、わずかに開く。
その、〇・三秒の瞬間。
「これで、終わりよ」
白石の両手の短剣が、超高速で閃いた。
キィン!!!
強固な甲殻が火花を散らし、白石の短剣を弾く。
しかし、彼女の目的は破壊ではない。その強固な甲殻の隙間に、刃を滑り込ませて「楔」を打ち込むこと。
甲殻が完全に閉じようとするのを、自らの武器を犠牲にして強引に固定したのだ。
そこへ。
最高のタイミングで、真の「一撃」が迫る。
「東條ぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
桐谷の、魂を切り裂くような叫び。
黒崎の支えを借りて地面を爆発的に踏み込んだ東條が、文字通りの光速で肉薄する。
全身の黄金の光が、収束し、彼の持つ剣の切っ先へと一本の線となって集まっていく。
「これで……本当に終わりだぁぁぁぁぁッ!!!」
全神経、全魔力、全生命力を乗せた、渾身の一撃。
ズガァァァァァァァン!!!
白石が命懸けで抉り開けた、わずかな甲殻の隙間。
そこへ、東條の放った黄金の剣が、一ミリの狂いもなく正確無比に突き刺さった。
バリバリと不快な音が響き、これまで無敵を誇った漆黒の甲殻が、クモの巣状に砕け散る。
剥がれ落ちた装甲の奥底から、禍々しく、しかし妖しく脈打つ「黒い核」がその姿を完全に出現させた。
「藤堂、今だ、落とせぇぇぇ!!」
桐谷の指示に、藤堂が残された最後の生命力を振り絞り、杖を天へと掲げる。
「《神雷》――ッ!!」
直後、ダンジョンの天井を突き破るかのようにして、天から純白の巨大な雷霆が降り注いだ。
轟音。
すべてを白く染め上げる圧倒的な閃光。
落とされた神の雷は、東條の突き立てた大剣の刃を媒介とし、そのまま伝い、一切のロスなく魔物の「黒い核」へとダイレクトに流れ込んでいく。
「グアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!!」
この戦闘が始まって以来、怪物が初めて、その五臓六腑をかきむしられるような絶叫と悲鳴を上げた。
雷光の奔流に焼かれながら、黒い核の表面に亀裂が走り始める。
一本。
二本。
三本。
網の目のように広がった亀裂が、限界を迎える。
そして――
バキィィィィィィィンッッ!!!
ガラスが砕け散るような、あまりにも硬質な音が響き渡り、怪物の生命の源たる核が、粉々に砕け散った。
それと同時に、天を突くようだった巨体の動きが、完全に停止する。
背中から溢れていた黒い霧が霧散し、魔物はゆっくりと、その巨躯の重みに耐えかねるようにして膝をついた。
そして、そのまま。
重力に従うように、前のめりに倒れ込んだ。
ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!
ダンジョン全体が、これまでで最も大きく、激しく揺れ動く。
土煙が津波のように舞い上がり、周囲を完全に包み込んだ。
訪れる、長い静寂。
誰も動かない。誰も、呼吸すら忘れたようにその場に立ち尽くしている。
数秒後。
舞い上がる土煙が薄れゆく中で、桐谷がゆっくりと、深く息を吐きながら口を開いた。
「……ボス、討伐確認。俺たちの勝ちだ」
その一言が、通信機を通じて世界へと流れた瞬間――。
日本の政府観測室では、割れんばかりの歓声と怒号のような叫びが爆発した。
「討伐成功!! ボスの生命反応、完全に消失しました!!」
「やった……やったぞ!!」
「日本攻略隊が勝った! あの化け物を倒したんだ!」
「人類初……人類初の、最高難度ダンジョンボス討伐です!!」
抱き合う研究員、涙を流す官僚たち。室内の拍手と歓声は、いつまでも鳴り止む気配がなかった。
それと同時に、復旧した世界中の生配信画面も、文字通りサーバーがクラッシュしかねないほどの勢いでコメントに埋め尽くされていく。
『勝ったあああああああああああああ!!!』
『日本すげえええええ!! 鳥肌止まんねえよ!!』
『これが神の力、これが人間の可能性か……!!』
『歴史が変わった、今まさに世界が変わった瞬間だ……』
『攻略隊のみんな、本当に、本当によく生きて帰ってきてくれた! ありがとう!!!』
戦場の中央で、東條はボロボロになった大剣をよろめきながらも肩に担ぎ、大きく息を吐き出した。
「……はは、死ぬかと思ったぜ。本当に、終わったんだな」
誰もが勝利の余韻に浸り、その場にへたり込もうとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……
倒れ伏したボスの亡骸の、さらにその奥。
これまで強固な結界と一体化し、決して開くことのなかった巨大な石門が、地響きのような重々しい音を立てながら、ゆっくりと左右に開き始めたのだ。
ギギギギギ……ギギギ……
古びた門の向こう側から、暗いダンジョンを塗り替えるようにして漏れ出してきたのは。
これまでの禍々しい黒とは対極にある、金色の、どこまでもまばゆく神聖な光。
桐谷は、その光に目を細めながら、静かにつぶやいた。
「どうやら……戦いは終わったが、ここからが本当の本番らしいな。本当の報酬が、俺たちを待っているようだ」
攻略隊の面々は、互いに顔を見合わせ、ボロボロの身体でありながらも、その瞳に新たな輝きを宿す。
彼らは誰一人として警戒の糸を解かぬまま、光の溢れる未知の部屋へと、ゆっくりと歩みを進めるのだった。




