神は滅びゆく世界に
初めての小説です。
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そこは、世界と世界の狭間。
時間という概念すら存在しない、神々だけが行き交う静寂の空間だった。
上下も左右もない。
大地も空も存在しない。
ただ漆黒の空間に、数え切れないほどの光球がゆっくりと漂っている。
それらは一つひとつが「世界」。
ある世界では文明が繁栄し、人々が平和に暮らしている。
ある世界では魔王が大陸を支配し、絶望が広がっている。
またある世界では、科学が極限まで発展し、人類が星々を開拓していた。
生まれる世界。
滅びる世界。
争い続ける世界。
神々はそのすべてを見守り、ときには介入し、ときには静かに終焉を見届ける。
ここは、その神々だけが自由に行き来できる場所――世界の狭間。
そんな幻想的な空間を、一人の少女が軽やかな足取りで歩いていた。
歩く、と言っても実際には何も踏んでいない。
彼女が一歩足を進めるたび、その足元には淡い月光のような光の輪が広がり、静かに消えていく。
風など存在しないはずなのに、腰まで伸びた銀色の髪は柔らかく揺れ、純白の衣装は月光を織り込んだかのよう な神秘的な輝きを放っていた。
少女の名は――月詠霞。
神々の世界でも五本の指に入る名門、月詠家の一人娘である。
月詠家。
その名を知らない神はいない。
悠久の時を生き、幾千もの世界を管理し、神々の秩序を守り続けてきた名家。
数ある神族の中でも、とりわけ「世界」への干渉権を多く持ち、他の神々からも一目置かれる存在だった。
しかし、その令嬢である霞は、名門らしい威厳とは少し縁遠い。
「うーん……退屈ねぇ。」
そう言って大きく伸びをする姿は、どこにでもいる少女そのものだった。
世界を滅ぼせるほどの力を持つ神とは、とても思えない。
彼女は世界を巡ることが大好きだった。
未知の文化。
見たことのない景色。
珍しい料理。
そして、その世界でしか得られない信仰。
神は信仰を受けることで力を増す。
世界を救えば感謝される。
試練を与えれば畏怖される。
奇跡を起こせば崇められる。
そうして集まる信仰は神にとって何よりの糧となる。
もちろん霞も例外ではない。
しかし、彼女にとって信仰は目的ではなく、旅の「おまけ」のようなものだった。
「助けてって言われたら助けるし、放っておいてほしいなら見守る。それくらいがちょうどいいのよ。」
誰に言うでもなく呟く。
その考え方は、他の神々から見れば少し変わっていた。
力を求めて信仰を集める神もいる。
世界を支配しようとする神もいる。
厳しい試練を与え続ける神もいる。
だが霞は違う。
自分が面白いと思った世界へ行き、自分の心のままに行動する。
その自由さが、多くの神々を困らせることもあれば、逆に世界を救うこともあった。
「さて、今日はどんな世界に行こうかしら。」
霞は目の前に浮かぶ無数の世界へ視線を向ける。
一つひとつの世界は色も輝きも違う。
青く穏やかに光る世界。
黄金色に輝く世界。
赤黒く燃えるような世界。
どれも魅力的だった。
その中で、一つだけ異質な世界があった。
青白い光の中に、黒い霧が絡みついている。
「……あら?」
霞は興味を引かれ、その世界へ近づく。
世界の表面に指先をそっと触れた瞬間、膨大な情報が頭の中へ流れ込んできた。
世界番号――#144。
文明レベルは二十一世紀相当。
世界名、日本を中心とした地球。
数年前、突如として世界各地に『ダンジョン』が出現。
未知への恐怖から各国は封鎖政策を選択。
しかし、その判断は人類史上最大の過ちとなった。
ダンジョン内部で増殖した魔物は限界を迎え、一斉に地上へあふれ出した。
世界各地でダンジョンブレイクが発生。
文明は崩壊。
人口は激減。
人類は高い防壁の内側へ追い込まれ、生き残るためだけに戦い続けている。
霞は静かに目を閉じた。
「……なるほど。」
その一言には、同情とも興味ともつかない感情が込められていた。
さらに情報を読み進める。
日本政府。
自衛隊。
研究機関。
防壁都市。
覚醒者。
そして、なおも増え続けるダンジョン。
「ふふ。」
霞の口元がゆっくりと緩む。
「これは……面白そう。」
普通の神なら、滅びに向かう世界を避ける。
だが霞は違う。
滅びの瀬戸際だからこそ、その世界の人々は強く願い、強く祈る。
そんな世界ほど、神にとっては興味深い場所だった。
それに――。
「日本……。」
霞は少し嬉しそうに呟く。
「この前行った世界の日本では、いちご大福がすごく美味しかったのよね。」
緊張感も何もない理由だった。
だが、それこそが月詠霞という少女である。
世界を救う理由が、「面白そう」と「甘いものが食べたい」。
それでも彼女には、それを実現できるだけの力があった。
「決めた。」
霞は微笑み、黒い霧に包まれた世界へ向かってゆっくりと手を伸ばす。
「今回は、この世界で遊びましょう。」
その瞬間、世界の狭間に月明かりのような光が広がる。
名門・月詠家の神が、一つの滅びゆく世界へ降り立とうとしていた。
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