味噌汁とコーンスープ
「清水って、味噌汁っぽいよな。」
夕陽の差し込む教室で、向かい合わせに座った鈴木リョウタが呟いた。
「は?何それ。野暮ったいとかダサいとかそういう意味?」
発言の意図がわからなかった清水カナエは、不機嫌そうにリョウタを見た。
子供っぽいと言われる顔で出来る限り睨みつけてみる。
「いや違うって!悪い意味じゃなくて、こう…昔っからずっと知ってるけど、最近その良さに気が付いたというか…。」
「味噌汁に例えられて喜ぶ女子高生はいないと思うけど。」
再び日誌に目を落とし、ボールペンを動かし始めた。
シミズとスズキで名前順の日直は、今回で十三回目。
もちろん今年に入ってからではない。
中学に入学してから同じクラスになり続け、同じ高校に進み、一年二年と同じクラスが続き、もう五年目になるのだ。
初めは特に仲が良かった訳ではないが、ここまで腐れ縁が続くとそれなりに話すようになってきた。
「俺さぁ、サッカー部じゃん?」
「うん。」
「で、冬場とか雪降ってたりするから、超寒いわけよ。」
「うん。」
リョウタは話し続けているが、カナエの意識は日誌に向いている。
今日の三時間目って何だっけ…?と壁の時間割に目をやると、また下を向いた。
「で、さみ〜って思いながら帰ってすぐ飲む味噌汁の美味さに気が付いてさ。一回美味いって思ったら、もうそれからずっと美味い訳よ。具とか変わっても、ずっと美味いし、なんならもっと美味く感じてきちゃうの。そんな感じって事。わかる?」
「わかんない。」
最後の今日の日直から一言、を頭で考えながらカナエが答えた。
右から左に通り過ぎていた話だが、きっと真面目に聞いていてもわからなかっただろう。
「なんでだよ〜…すげぇ真剣に話したのに。」
日誌を避けて机に伏したリョウタの後頭部を見ながら、カナエが呟いた。
「アタシが味噌汁なら、鈴木はコーンスープだね。」
「!!」
リョウタがガバッと勢いよく顔を上げた。
「だって鈴木、女子に人気あるじゃん。だからコーンスープ。」
会話しながらも、日直の一言を考え続ける。
特になんて事ない一日でした、じゃダメなのかな。
「清水はコーンスープ、好きなの?」
「アタシ?う〜ん、別に好きでも嫌いでもないかな。」
ガクッと肩を落とすリョウタ。
五時間目に寝てた人数が今年イチ多かったです、って書いていいならすぐ終わるのに。
「…清水さ、四月の部活動紹介出てたっしょ。」
「え?…あぁ、吹部のやつ?出てた出てた。見てたの?」
突然話が変わって、思考を切り替えるのに手間取った。
部活動紹介、ジャンケンで負けた三人がソロで演奏したやつか。
カナエはアルトサックスだったから見栄えも良かったが、一緒に出た先輩はシンバルだったのでひたすらかき鳴らして新入生にウケていた思い出だ。
「あの時俺サッカー部で吹部の前に出てて、終わってすぐ清水の演奏見たんだよ。俺、人前苦手だから超緊張して手とか震えてたのに、清水スゲー堂々としててめちゃくちゃかっこよくてさ…」
肘をつき、顔を隠すように横を向いて話す姿はどこか照れているように見える。
「一回いいなって思ってから、清水の事よく見るようになって。そしたら、色々気が付いてさ。」
「え、何?アタシ何かやってた?」
わかってないな、という顔で一度カナエを見るとまた横を向いた。
「いつも授業中起きてて真面目に勉強してたりとか、誰か困ってたらすぐ助けに行ってたりとか…あと、地味に男子に人気あったりとか、笑ったらすげぇ可愛いとか。」
人気?可愛い?
自分に向かって言われていると理解するのに時間がかかったが、意味がわかると飲み込んだ言葉が胃の上の方を握りつぶした。
「ちょ、ちょっと待って…」
「中学からずっと一緒だったはずなんだけど、全然見れてなかったんだな〜と思って。」
気がつくと、リョウタの目が真っ直ぐにカナエを見ている。
言わなくてもわかるほど、意思が込められた視線。
その熱に耐えられず、手で覆った顔を身体ごと捻って斜め後ろを向いた。
「たんま、マジで待って。」
「もうさ、ずっといたはずなのになんで今まで好きにならずにいられたのかわかんないんだよね。こんなに好きなのに、好きにならなかった意味がわからない。」
「もう、ホント一回ストップ…」
身体を横に向けて椅子の背もたれに顔を突っ伏したカナエの真っ赤な耳に、リョウタの笑い声と予想していた言葉が届いた。
「だからさ、俺と付き合って?」
「…ストップって言ってるじゃん…」
「ダメ?ごめんなさいされる感じ?」
悲しそうな声色に、思わず少し顔を上げた。
だが絶対に悲しくなさそうな笑顔に、またすぐ背もたれに抱きつく。
「あははは!ダメだ〜可愛い〜!」
「ちょっと!もうやめてってば!」
「い〜や!俺は悪くないね!清水が可愛いのが悪い!」
見なくても楽しそうな顔をしているのがわかる。
好意は嬉しい。嬉しいが、その思いに応えるのは…。
「そう言ってくれるのはありがたいけど、そんな風に鈴木の事見た事無かったから…だから」
「じゃあそういう風に見てよ。ね?」
遮られた言葉。
ゆっくり顔を上げると、たまらなく嬉しそうな笑顔。
「俺頑張るからさ。それとも好きな奴がいる?」
「そういうのはないけど…」
「俺の事嫌い?」
「そんな訳ないじゃん。」
そこだけはキッパリと断言する。
嫌いなわけが無い。
言い切ったカナエの目に夕陽に照らされ赤くなった笑顔が映る。
「今はまだコーンスープだけど、清水にとっての味噌汁になれるように頑張るわ!」
リョウタが、机の下で小さくガッツポーズを取った。




