表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

オムライスと王子様のキス

「は〜…くっそ、めんどくせぇ…なんだアイツら。」


バタバタと足音が遠ざかり、すぐ近くで声がした。


球技大会中の空き時間。

永野ミソノの属する二年一組女子バレーは早々に負け、みんな散り散りに応援や観戦に行っている。

活躍らしい活躍もなく終わったミソノは、1人でお弁当を食べに屋上へと続く階段の踊り場に居た。


邪魔にならない一つ結びにメガネスタイル。

地味な見た目ではあるが友達がいない訳ではない。

だが大好物のオムライス弁当の日は、友達同士の「一口ずつ交換しよ〜」攻撃からオムライスを守る為に1人になる必要があるのだ。


屋上とは言え扉は施錠されており、踊り場には不要な机や棚などが積み重ねられ、一番奥の棚の後ろに座ると全く見えなくなるので、1人になりたい時にはうってつけの場所だ。

偶々見つけて以来、週に一度は訪れるミソノの秘密基地となっている。


そんなミソノの楽園に、足を踏み入れたのは…


「戸塚ケンタ?」


思わず呟いた声にケンタが勢いよく顔を上げた。

品行方正、温厚篤実、整った顔付きに柔らかい物腰であだ名は王子。


二年でおそらく一番人気のある男子だ。

確かにアイドルのように整った顔で、声を荒げた所など見た事もなく、いつもニコニコと笑っている所しか見たことがなかったのだが…


「うわ、マジかよ…誰もいねーと思ったのに…」


目の前にいるケンタは王子様とは程遠い、砕けた口調だ。

真ん中分けの長めの髪をかき上げて、眉間にシワを寄せこちらを睨んでくる。


「何、アンタも俺の事追いかけてきたの?」


「…は?」


初めて言葉を交わしたはずなのだが、突然のナルシスト発言にミソノの声がいつもよりツートーンほど低くなった。

ケンタの視線が睨むミソノの手元の空になった弁当箱に落ちる。


「あぁ、弁当食べてたのか。悪い、さっきのヤツらと同じかと思った。え〜っと…永、永…」


「永野。一組だから隣だし、知らないでしょ。そんなに興味ないけど、何かされたの?」


別に聞きたくもないが、何となく弁当箱を仕舞いながら問いかけた。


「あ〜…教室で着替えてたら、告られて襲われそうになった。」


「はぁ?!何それ!ちょっと、先生に言った方がいいんじゃないの?!」


思わず声を荒げる。

まるで、いや完全に犯罪未遂じゃないか。


「いや、そんなオオゴトには…まぁ好かれてるのはわかってたのに期待させてた俺も悪ぃからさ。ただその友達も一緒になって追いかけてきたから、アンタも同じかと思ったんだ。ごめん。」


落ち着いてきたのか、口の悪さが減り素直に頭を下げるケンタ。

その表情にも王子様感が戻ってきた。


「そんな事されたんじゃ気が立って当然よ。でも先生に言わなかったらその子達…」


「シッ!」


ケンタが口に指を当て、ミソノの方へ移動してきた。

棚の奥の狭いスペースにミソノの身体ごと入り込むと、女子の声が段々と近づいてくる。


「ね〜王子いたぁ?」


「いな〜い!も〜せめてチューくらいしとけば決定的瞬間の写真撮ってあげたのにぃ。」


「まだ遅くないって!とりあえずキセイジジツ作っちゃえば、『キスから恋が始まる』かもでしょ!」


キャハハ…と笑い声が遠ざかる。


「始まらないでしょ…どんな思考回路してんのよ、あの子ら。」


ミソノが呆れて声を吐いて隣を見た。

頭を抱え込んでしゃがんだ王子ことケンタは動かなくなってしまっている。


「ねぇ、私も先生に言ってあげるわよ。王…戸塚くん程じゃないけど、私も真面目だから信用あるし。」


「いや…でもさ…」


小さな声を出すケンタの顔を覗き込むようにミソノが顔を傾けた。

すると、怖がっているのかと思いきや、口を尖らせていじけたような顔をしている。


「カッコ悪いじゃん…女子に襲われそうになって逃げたとか…」


メガネの奥の瞳が見開かれる。

そんな事を気にしていたのか。

思っていたよりも可愛らしい理由に吹き出してしまった。


「ぷっ…あはは、そっか、じゃあ仕方ないわね。でも、私はカッコ悪いとは思わないわよ?」


ケンタの頭を慰めるようにポンポンと撫でた。

歳の離れた弟によくしてあげている動作だ。


「人の嫌がる事をするのは悪い事だし、されて嫌な事を声に出すのはカッコ悪くないもの。ちゃんと嫌な事は嫌だってハッキリ言った方が男らしいんじゃない?」


包み込むような優しい笑顔で頭を撫でるミソノを、ケンタが見上げた。

柔らかな微笑みを、初めて親鳥を見た雛鳥のように見つめている。

その瞳に熱が灯った事に、ミソノはまだ気が付いていないようだ。


「私も一緒に居てあげるから、ちゃんと言いに行こう?」


そこまで言って、ケンタを弟と同じように扱っていた事に気がついた。

無意識でしていた自分の行動に思わず赤面する。


「あ、ご、ごめん、弟にいつもやってるから、つい…」


と。慌てて手を引っ込める。


ガシッ


だが、その手が力強く掴まれた。


「ひゃっ!」


「…」


無言でミソノの手を握り続けるケンタ。

凛々しい瞳が真っ直ぐにミソノを捉えている。


綺麗な顔…王子のあだ名はこの顔だけでも付いたんじゃないだろうか。

ミソノの頭が現実逃避にどうでもいい事を考えている間も、ケンタはその手を離さない。


「あ、あの…えっと、手を…」


「嫌じゃない?」


「え?」


「これ、嫌じゃない?この手。」


「へ?あ、嫌とかではないけど、勝手に触って悪かったし、それはごめんって思って」


必死に言い訳をしていると、不意に手を軽く引かれた。

サラサラの髪がミソノの手に当たる。


チュ


ミソノの手の甲に、目を閉じたケンタが口付けたのだ。


「〜っ?!?!?!」


ミソノが声にならない声を上げる。

手から口を少しだけ離したケンタが、上目遣いでニヤリと笑った。


「キスから始まる恋があるか、試してみる?」


「…なっ、なっ、無いわよ!!あり得ないから!」


「はははっ!ダメか!じゃあ、友達からならいい?今のも親愛の挨拶って事で。ね?」


繋いだまま手を離さないケンタがくしゃくしゃっと嬉しそうに笑う。

時折見かけた時の、王子様のようなふんわりとした微笑みじゃない、年相応の男の子の笑顔。


その笑顔に胸の奥を鷲掴みされて苦しくなるが、辛うじて「友達なら…」と声を絞り出した。


「よし、じゃあ先生のとこ行こ!周りにも釘刺しとかないと。」


手を繋いだまま手を引かれて立ち上がる。

急に変わった態度にまだついていけないが、この心臓の動悸はそれだけではない気がする。


そのまま階段をゆっくり降りて行こうとしたケンタの背中に向かって声をかけた。


「ねぇ、ちょっと…手を…。それに釘刺すって、何の?」


2段下を歩くケンタが振り向いた。

段差もあり、まるで王子様に手を引かれる姫のような気分だ。


「ん?周りへの牽制と、王子様の恋路を邪魔するなよって釘。」


ニッコリと笑った笑顔に、ミソノの心臓がまた大きく跳ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ