苺タルトの放課後
「あれ。木下、まだ帰ってなかったの?」
教室の開いていたドアをくぐると、私の斜め前の席に座っている姿が目に入った。
授業中はいつも見てるけど、休み時間はいつもこっち向いちゃうから見えなくなる後ろ姿。
「うお。高山じゃん。お前こそどうしたん?」
「あたしは途中で現国のプリント忘れてたの気付いてさ〜。あ、あったあった。」
「俺は荷物置いて部活行ったら今日休みだったんだわ。」
「あはは、あるある〜。木下はもうサッカー部に入部したんだっけ?」
高校生活が始まって一か月。
仲良くなった、気になる男子と教室に二人っきり。
な~んて状況にドキドキしてるのがバレないように。
わざとガサツにプリントを詰め込む。
別に、まだ好きとかじゃないしね…席が近いからよく話すってだけだし。
「おう。目指せレギュラー!…っつっても弱小だからすぐなれそうなんだけど。」
一度立ち上がると、今度は机に軽く腰掛けた。
あれ。もしかしてちょっと話したいって思ってる?
意識しちゃって、目が合わせられない。
そんな胸中とは裏腹に、声色はいつも通りの軽い口調で話し続けてる。
すごいな、私。女優じゃね?
「へぇ、でもスポーツ頑張ってるのはイイじゃん!あたしは部活入ってないしさ〜。」
「高山はケーキ屋でバイトしてるんだろ?今度買いに行くよ。どこの店?」
…ん?
「あたし、ケーキ屋でバイトしたいって…木下に言ったっけ?」
「え?」
「あたしの誕生日三月で、まだ十六じゃないから、二年になったらやりたいな〜って思ってはいたんだけど…」
「あ…いや、あ〜…、え〜っと…」
下を向いてガシガシと乱暴に頭を掻く。
そしてそのまま、床に向かって小さな声で話し始めた。
「…実は、さ。俺、中三の学校見学の時に高山を見てるんだ。」
「中三…?」
学校見学…?
思い出しながら同じく自分の机に座って膝に鞄を乗せる。
「なんか、髪の長い友達と一緒に居ただろ?その時、ケーキ屋でバイトしたいから、絶対この高校に合格する!って言ってて…」
「あ〜!言ってた!ミサと来て、言ってた!え、木下もあの時居たんだ?すごい、よく覚えてるね〜!」
ビックリした…
話の途中で、もしかしてあたしの事…なんてつい勘違いしそうになっちゃった。
「いっ、苺タルトの美味しいお店があってさ?!小さいときから通ってたから、高校生になったらバイトしたかったんだ!あっ、てかあたし達、声大きかったから先生に怒られたんだよね!うるさかったし、やっぱり覚えられちゃってたか!」
あはは!と乾いた声で自意識過剰を笑い飛ばした。
は、恥ずかしい・・・。変に意識しちゃってたの、バレてないかな。
「それもあるけど…や、うん。可愛いなって思って。」
ドクン!と大きな音を立てて心臓が跳ねた。
「え?」
聞こえてたけど!
聞こえてたけど、もう一回。
勘違いじゃないって確かめたくて、聞き返した。
顔を上げた木下の、右の眉だけ困ったように下がった笑顔。
わ、その顔はヤバいかも。
「可愛いなって、思ったんすよね。高山さんの事。」
ずっと逸らしてた視線が真っ直ぐに刺してくる。
ど、どうしたらいいの…?
「な、んで敬語なのよ…?」
あ、ダメだ。
大人っぽく誤魔化そうとしたのに。
絶対変な顔しちゃってる。
「はははっ」
さっきより右眉を下げてくしゃっと笑う。
人の顔見て笑うなんて!って言いたいけど、喉の奥が詰まって声が出ない。
「とりあえずさ。今週末、遊び行こうぜ。」
「こ、んしゅう?」
「ん。連絡するし、無理なら来週でもいいから!約束な!」
そう言うと、鞄を引っ掴んで教室から走り出て行った。
ズルズルと、腰掛けた机からズリ落ちて床に座り込んだ。
耳も、頬も、指先まで熱があるみたい。
「はぁ~…あっつ…」
首元のボタンを一つ外してパタパタと両手で顔を仰ぐ。
自然と緩む口は、しばらく止められそうにない。
「まだ何も交換してないのに、どうやって連絡するのよ…」
明日、教室に入ったらみんながいる前で聞いてみようかな。
週末のデートの予定、どうやって決める?って。
想像してふふふっと笑った拍子に、鞄に詰め込んだプリントがカサリと音を立てた。




