表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/37

第9話 地の聖者・アイリス(2)

 命を懸けた最後の風聖試験が始まった。


 その直後、アイリスの表情が冷酷な狩人のものへと変化した。彼女は駆け出し、両手で持った斧を大きく振り上げ、将也に向けて振り下ろした。


 超重量の塊が迫る。しかし、動きは比較的遅い。

 将也はその断撃をしっかりと目で捉えた後、右に大きく跳んだ。


 斧は彼に当たることなく、地面に叩きつけられた。とてつもない威力を秘めた刃先が土にめり込み、その衝撃で周囲の砂が爆散し、森全体が揺れる。


 アイリスはその場で斧から左手を離し、その手を将也に向けて伸ばした。


 将也は身構える。しかし、その手からは何も発射されなかった。その代わりに、将也の足元が微かに揺れた。


 その振動は斧によるものとは違う。

 将也は異様な恐怖を覚え、咄嗟に後ろに跳んだ。


 その直後、彼がもと居た場所から土が突き出る。その柱のような土の塊は、将也を突き殺す勢いで天に向かって伸びていった。


 将也は冷や汗をかきながら、両足を地面に着ける。


 その直後、再び同じ揺れを感じ、彼はバク転をした。目と鼻の先で土の柱が飛び上がり、彼の長い髪を掠めた。


 さらにもう一度同じ揺れを覚え、将也は右に跳ぶ。それと同時に土の塊が突き上がる。彼の足は寸でのところでその太い土槍には当たらなかった。


 将也は受け身をとり、すぐに立ち上がる。


 その時、周囲の木々が揺れ始めた。地面が振動しているのではなく、木が自ら動いている。将也がそう認識した直後、数多の葉が枝から離れ、将也に襲いかかった。


 空中を突き進む緑の葉は、まるで意思を持っているかのように豪速で標的へと向かっていく。


 葉は薄くて柔らかいが、将也はこれに異様な脅威を感じた。

 将也は葉の攻撃から逃れるために走り出す。


 彼の後ろの地面に、多くの葉が突き刺さっていく。だが、走るだけで葉の乱撃から逃れられるわけがない。


 将也の後ろから飛来した一枚の葉が、彼の頬を切りつけていく。一筋の赤い線が生まれ、そこから血が飛び散る。彼が恐れていた通りに、この葉っぱ攻撃は威力が高い。


 将也は体内の魔力を叩き起こし、後ろに振り向いた。


「ウィンドバリア!」


 彼は自分の周囲に風を巻き起こす。


 渦巻く風が彼を取り囲み、襲い来る無数の葉を空へと巻き上げて無力化していく。葉は全方位から向かってくるが、そのすべてが風のバリアに妨害されて将也には届かない。


 やがて葉は一枚も飛んでこなくなった。


 これ以上の攻撃は無益だと、術者が判断したのだろう。将也は魔力の消費を抑えるために、風のバリアを切った。


 竜巻が消え、膨大な量の緑葉が空から舞い降りてくる。

 周囲が静かになる。しかし、森は次の攻撃に移っていた。


 茂みから茶色のツタが飛び出す。その不意打ちに将也は反応できず、ツタの接触を許してしまう。それらは瞬く間に彼の両手足に絡みついた。


 将也は立ったまま動きを封じられる。


 そんな彼の前に、突如としてアイリスが姿を現した。転移魔法だ。彼女は宙に浮いた状態で、両手で持った大斧を高く上げている。


 将也とアイリスの目が合う。


 両者の目が見開かれた直後、超重量の斧が振り下ろされた。


 将也は反射的に体をねじる。アイリスの意識が斧攻撃に向いていたおかげか、ツタによる拘束が弱まっていた。彼の体は倒れるように動き、大斧の軌道から外れた。


 斧は彼の左手足を縛っていたツタを斬り裂きながら地面に激突した。


 直撃は免れた。しかし、轟音と地震が将也の体内を容赦なく揺さぶっていく。それでも、彼は吐き気を催すほどの振動に耐えながら、自由になった左手に魔力を流し込んだ。


「ウィンドカッター!」


 将也は左手から風の刃を放つ。右手足に巻き付いたツタを風が切り落としていき、彼の体は自由になった。


 将也は背中から倒れたが、すぐに立ち上がった。


 それと同時にアイリスは斧を地面から引き抜き、今度はそれを水平に薙いだ。超威力の斬撃が将也に再び襲いかかる。


「飛翔!」


 将也は瞬時に風を起こして飛び上がった。


 衝撃波のような風だったが、アイリスはそれに怯むことなく斧を振り切る。それでも風に妨害された斧は速度を落とし、将也の下を空振りする。


 水平断撃を回避した将也はそのまま高く上がり、空中から森を見下げた。


「あ、あいつ……本気で俺を殺しにきてる。シスターで聖者じゃないのかよ……」


 将也は顔を歪めながら悪態をつく。


 しかし、空に逃げたからと言っても安らぐ暇は無かった。背中に強烈な悪寒を感じ、将也は後ろを振り向く。


 その直後、アイリスが彼の目の前に転移魔法で現れた。斧はすでに大きく振り上げられていて、すぐにでも将也を真っ二つにできる状態だった。


 絶体絶命の危機に、将也は考える間もなく叫ぶ。


「ウィンドォォォォオオ!」


 彼はアイリスに向けて暴風を放ち、その反動で後ろに飛んだ。


 強力な風が直撃したのにもかかわらず、アイリスは動じなかった。彼女は体中にダメージを受けながら、斧を振り下ろす。その刃は将也には届かなかったが、アイリスには気落ちする様子など微塵もない。


 アイリスは縦斬りの勢いのまま、空中で前方向に一回転する。

 その直後、そこからアイリスが消えた。


 将也は後ろ向きに飛びながら身構える。


 そして案の定、アイリスは将也の目の前に現れた。だが、彼の視界の中に斧が無かった。将也は慌てて視線を動かす。大斧は体の上でも横でもなく、下にあった。


 彼がそれを認識したその時、アイリスは下段に構えた斧を全力で斬り上げた。


 将也は咄嗟に背中を反らした。斧は彼の顎に触れるか触れないかのところを通り過ぎ、高く掲げられていく。


 空中という不安定な場所でなければ、自分の体は股下から切断されていただろう。将也はそう思った。


 次に来る斧の振り下ろしに備えるべく、彼は両手に魔力を込める。


 だが、彼の意に反してアイリスが再び姿を消した。


 将也は驚愕で目を見開く。それと同時に背後に殺気を感じた。その時にはすでにアイリスが彼の後方に現れていた。


 彼女は将也が振り向く前に、大斧を水平に薙ぐ。


 将也は直感で体を前に倒した。斧は彼の背中の上を紙一重のところで通過していく。数本の黒髪が斧によって断ち切られ、二人の間を舞った。


 将也は両手に溜めた魔力を放ち、風を使って森へと急降下した。


 彼は木の葉を突き破って森の中に降り立ち、間髪入れずに走り出す。着地地点から離れた後、足音を殺して木に寄りかかった。


「はぁ、はぁ、はぁ。や、やべぇ。とにかく隠れるしかねえ。これが聖者の本気か……中途半端な攻撃は効かないし、転移魔法も厄介だ。なにより、あの斧が怖すぎる。一発喰らったら終わりじゃねえか。いったい、どこからあんな力が……」


 将也は動揺を言葉にして吐き出す。


 そうすることで、呼吸が整い、思考能力が戻ってきた。明瞭になった頭で、彼はアイリスへの対策を考えようとする。


 しかしその瞬間、周囲の木々が揺れ始めた。


 いや、彼の周辺だけではない。この森すべての木が揺れている。そして。数多の葉が枝から離れた。その数は先ほどとは比較にならないほど多い。


 危機感を抱いた将也は対策の考案を放棄する。

 その直後、葉の大群が空中で暴れ始めた。


 葉の縁は鋭利な刃と化し、森を傷つけていく。葉が触れた幹は深く抉れ、至る所で火花が散る。


 その小さな飛剣の嵐は将也にも襲いかかってくる。直撃を受ければひとたまりもない。


「トルネード!」


 将也は風のバリアを展開した。


 彼の周囲に起こった竜巻が、迫りくる葉をすべて巻き上げていく。無力化された葉は将也には届かない。


 ここで、将也は疑問を抱いた。


(なんで、効かないとわかっている攻撃をしてきたんだ? どうして、今回はこんな無差別攻撃なんだ? なぜ、森全体を使うんだ?)


 これらの疑念が彼の脳内を巡る。


 その直後、それに答えるかのように、アイリスが大斧を携えて将也の目の前に現れた。


「見つけました、よ!」


 アイリスは転移してくるや否や、将也に向けて斧を水平に薙いだ。


(俺に魔法を使わせて居場所を見つけるためか!)


 将也は身を屈めて水平断撃を回避する。


 彼の後ろの大木が斧によって切断され、切り離された部分が大きく浮き上がった。


 それとほぼ同時に、将也はアイリスに右手を伸ばした。


「ウィンドショット!」


 将也はアイリスに向けて風弾を発射する。


 しかし、彼女はすでに転移魔法で姿を消していた。どうやら、将也が反撃してくることは予測済みだったようだ。


 将也は上方向に気配を感じ、そこに目を向けた。

 その直感は正しかった。アイリスは空中で斧を振り上げていた。


 将也は恐れおののきながらも、横に跳んで回避する。アイリスの縦断撃が地面に激突し、周囲を振動させる。


 彼は断撃の衝撃を受けて地面を転がりながらも、魔法を放った。


「強風!」


 将也は地面すれすれに風を吹かせ、大量の砂を巻き上げる。


 瞬く間に広がった土煙により、互いの姿が見えなくなった。将也はこの機を活かして走り出し、アイリスの死角へと逃げ込んだ。


 その時、将也の風を割って土煙が消し飛んだ。


 将也は思わず身を乗り出してしまう。その視線の先では、アイリスが眉間にしわを寄せながら、右手だけで持った斧を何度も地面に叩きつけていた。


「地聖のわたくしに土で対抗するとは、なめた真似をしてくれますねえええええええええええええ! ショウヤああああああああああああああ!」


 アイリスは苛立ちを露わにして、左手を前に突き出した。


 次の瞬間、彼女の強力な魔法が発動した。周囲の土が揺れ、植物がうごめき出す。将也の周囲でも土が槍のように飛び出し、葉や枝やツタが暴れ狂った。


「くそっ! 無茶苦茶だ! この森全部がアイリスの体みたいじゃねえか! かといって外に逃げても転移魔法で追ってくるし外にも土はあるし、普通に攻撃してもさっきみたいに避けられるし……ああ、どうすればいい! せめて植物だけでもどうにかできれば!」


 将也は頭を掻きむしる。

 有効な攻略方法を見つけられず、彼は苛立ってしまった。


 そのとき、彼の足に向かってツタが伸びてきた。それは特段速いというわけではなかったが、彼は冷静さを見失っていたためにツタの接近に気付けなかった。茶色の触手が彼の足首に巻き付く。


 そこでようやく将也はツタの存在を知った。しかし、時すでに遅し。脚を取られたと認識した直後、彼の体は引っ張られ、その場に前から倒れた。


 将也は腹を地面に打ち付ける。


 それと同時に、彼は数センチ先の岩肌の存在に気が付いた。あと少し位置がずれていたら、その硬い場所で顔面を強打していただろう。


「うおっ!? あっぶね!」


 将也は驚きとともに安堵を覚える。

 だがその直後、彼の正面にアイリスが転移してきた。


「ここに居ましたかああああああああ!」


 アイリスは獰猛な笑みを浮かべながら、両刃斧を振り上げる。


 その凶悪な刃は、将也の頭を狙っている。その一撃を受ければ、頭蓋は割れるどころか粉々になるだろう。


 生命の危機を前にして、彼の脳は一瞬にして冴え渡った。


 将也は反射的に右手から風弾を発射し、右に転がった。


 風の塊がアイリスに直撃する。しかし、彼女はそれに怯むことなく、目の前の岩肌に向けて巨大な斧を振り下ろした。


 超重量の断撃が地面に埋もれた岩に激突する。刃と岩肌の間で盛大な火花が散ったかと思うと、次の瞬間には岩が割れて地面が抉れ、強大な衝撃波が発生した。


 将也はそれを至近距離で受け、ツタに捕えられたまま地面を転がった。


 斧攻撃がもたらした衝撃波という副産物が、彼の体のすべてを揺らす。斧を回避できてもこの振動までは防げず、将也は莫大なダメージを受けてしまう。


 だが、そのなかでも、将也は目の前で起きたことを見逃さなかった。


(火花……そうか、火花だ!)


 それはアイリスとの戦いの中で何度も見たものだった。木々の間で発生していた火花。斧が岩を砕く時の火花。


 それこそが逆転の一手に繋がる。

 そう信じて、将也は自らの足元に右手を伸ばした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ