第19話 南国侵攻大艦隊(1)
黄色い光が二つの場所を結び付ける。
将也とメディは西のウェッセイ国での岩狼将軍および火魔の撃退に成功した。それから間を置かずに、二人はルシアと一緒にセルトア国北国境の防衛線に帰ってきた。
移動魔法の光が弾け、黒ローブの少女は緩んだ笑みを浮かべる。
「はーい! 今度も無事に戻ってきましたー! みなさんお疲れ様でーす!」
ルシアは両手を挙げ、その場で横に一回転する。その軽やかな動きからは、疲れや消耗といった様子は一切感じられない。
しかしそれとは反対に、聖者の四人は息も絶え絶えになっていた。
「ちょ、ちょっと……体の力が……」
「や、やべえ……魔力を、使い、過ぎた……魂、抜けてんじゃ、ねぇ、のか……これ……」
将也とメディは背中を丸め、両膝に手をつく。
二人の目はほとんど開いていなかった。
防衛線でバリアの維持に努めていたアイリスとリーシャは、いまだにその任務を続けている。彼女たちは歯を食いしばり、防壁に両手を押し付けて懸命に耐えていた。
「ルシア! 早くお戻りください! このままでは持ちません!」
「その前に回復をするんだ! ルシア以外、全員疲弊している!」
二人は正面を向いたまま、背後のルシアに向けて切羽詰った声を上げる。
アイリスとリーシャの目と鼻の先では、キターノ国の兵士たちがバリアを攻撃し続けていた。このがむしゃらな攻めを絶えず受けた結果、魔法防御膜は黒く変色していた。
地聖と水聖の要請に、ルシアは穏やかに目を細める、
「まったくもう、しょうがないですねー。では回復~!」
ルシアは能天気な声で応え、右手の人差し指を高く掲げた。
すると、従者四人の体が緑色の光に包まれた。治癒の魔力が彼女たちの全身に浸透し、それから三秒後に光が弾けた。緑の光が消えた直後には、聖者たちの顔色が良くなっていた。
「み、みなぎってきたーっ!」
将也は背筋を伸ばし、両拳を強く握り締める。
他の三人も気力に満ち溢れた状態になった。
その様子を、ルシアは微笑みながら見ていた。
その後、彼女は思い出したかのようにバリアへと歩き始めた。彼女は巨大な防膜の前で立ち止まり、得意げな顔をして左手を突き出す。
その瞬間、バリアが息を吹き返した。防壁は切り替わるかのように黒色から無色透明へと変わり、敵兵士を全員まとめて後方へと弾き返す。
将也はその光景を見て、乾いた声で笑った。
「ルシアお前……とんでもない魔力持ってんのな、ほんとに」
「ふふーん。なんたって大陸最高の大魔法使いですから」
ルシアは彼に振り返り、得意げに胸を張る。
それから間髪入れずに、彼女は表情を引き締めた。
「では、メディとアイリスは交代です。私とメディとリーシャはバリアの維持をしますから、ショウヤとアイリスは南のサウナン国で水狼将軍クリスと地魔ブロスを倒しに行ってください」
「おう!」
「承知しましたわ」
将也は威勢よく返事をし、メディは慎ましやかに頭を下げる。
二人の了承を得て、ルシアは微笑んだ。
「では、お願いしますよ、ジャーンプ!」
彼女はそう言って指を鳴らす。
将也とアイリスの足元に魔法陣が現れ、黄色い光が二人を包み込んだ。その光は数秒後に弾けて消え、二人を次の戦場へと送っていった。
将也とアイリスは白い砂浜に足を着けた。
目の前には青い海が広がっている。その澄んだ水面は突き刺すような日光を反射して輝き、穏やかな波を浜に送り続けている。二人の後ろにはヤシの木が数本伸びていて、さらにその向こうには亜熱帯系の木々が立ち並んでいた。
「おお、まさに南国って感じ」
「綺麗で静かで、本当にいい所ですよね」
将也は太陽を見上げて歯を白く光らせ、アイリスは波打ち際を眺めながら微笑む。
しかしその言葉の直後、アイリスの表情が険しいものへと変わった。
「ほんとうに、戦争中でなければ、よかったのですが……」
アイリスは恨めしそうに呟き、水平線を睨み付ける。
将也は彼女が見ている方向に目を凝らした。
その視線の先には、大艦隊があった。数えきれないほどの大帆船が群れを成し、こちらに近づいてきている。あれは間違いなく、キターノ国軍の水上部隊だ。
「おお~! おっきなお船がいっぱいですね~!」
呑気な声とともに、二人の間に目玉が現れる。
将也は横目でそれを見て、顔をしかめた。
「もう驚かねえからな」
「これで三度目ですもんねー。ショウヤも慣れてきましたねー」
ルシアの目玉は嬉しそうに揺れながら、再び大艦隊に視線を向ける。
「しかしまぁ、キターノ国は飛竜と軍馬に加えて軍艦までたくさん持ってるんですねぇ。あれ百隻以上ありますよ。大砲も魔法使いも、てんこ盛りです。よくこの短時間で集めたもんです。これはサウナン国が一日も経たずに荒れ地になるわけですよ」
偽物の眼球は上下に動き、感心したように言う。
実際、サウナン国は迎撃の準備が整っていないのか、最前線の戦地となるはずのこの砂浜には兵士の姿が一人も見当たらない。内地で守りを固めているとしても、あの大部隊の上陸を許せば国土はすぐに火の海と化すだろう。
アイリスは咳払いをし、将也とルシアに目を向ける。
「お二人とも、ゆっくりとお話をしている場合ではありませんよ。船からの攻撃が始まる前に、水狼将軍クリスを倒さなければなりません」
「でも、どれに乗っているのか、パッと見、わかりませんよ」
ルシアの目玉は左右に小さく動く。
そこに、将也が口を挟んだ。
「それなら、前回と前々回みたいに魔法で吹き飛ばしてみればいいんじゃねーの?」
彼は真面目にそう提案した。
これまでの戦いでは、東国に向かっていた飛竜部隊も、西国へ突撃していた騎馬軍団も、まずは魔力の大放出を浴びせて将軍を孤立させた。今回もこの手が有効だろうと、彼は考えていた。
だが、聖者の主人たるルシアは、残念そうに目玉を揺らした。
「さすがに艦隊相手にそれは無理ですよ。部隊の規模が桁違いです。まあ、水狼将軍の居場所は、近くに行けば魔力でわかると思いますけど」
ルシアはあっけらかんと言う。
前二回の方法が通用しないことに、将也は肩を落とした。その一方で、ルシアには落胆する様子など微塵もない。
「でしたら、どの船でも構いませんから、直接乗り込むのが手っ取り早いですね」
アイリスは微笑みながらそう言って、左手で将也の右手首を掴んだ。
将也はアイリスを怪訝な目で見る。
「乗り込むって、飛んで行くのか? 見つかったら一斉に攻撃されるぜ?」
「あら? お忘れですか? わたくしも、転移魔法が使えるのですよ」
アイリスの微笑みに、戦闘狂の色がわずかに滲み出る。
ここで、将也はアイリスとの風聖試験を思い出した。巨大な斧での攻撃や、土魔法と植物魔法を用いた波状攻撃。それらも恐ろしかったが、なにより転移魔法での急接近が一番厄介だった。
「あ、あぁ……そういえばそうだったな……」
「そうですよ。では、さっそく乗り込みましょう!」
アイリスは右手でルシアの目玉を引っ掴む。
その直後、魔法陣も光も現れることなく、眼球と将也とアイリスは砂浜から瞬間的に姿を消した。




