第17話 火魔・ベルブティ(1)
将也、メディ、ルシアの三人は一斉に岩狼将軍へと視線を向けた。
地に倒れたマーカスの体が、黒く光っている。その光は強さを増し、やがて彼の体から黒い霧が大量に噴き出した。
その霧は岩狼将軍付近の空中に集まる。そして、高さ三メートルを超える半人半馬の魔物が姿を現した。その魔物は、髪の毛と体毛の部分が赤黒く燃え盛っている。
半人半馬の怪物が地に足を着ける。
そこで、キターノ国軍兵士たちの支配が解けた。彼らの目から赤い光が消え、その意識から魔が消え去っていく。
「俺たちはいったい……ここは、どこだ?」
正気に戻った兵士たちは一心不乱に周りを見渡す。彼らは、自分がこの焼け焦げた平地に居ることを不可解に思っている様子だった。
しかし、あの屈強な魔物を見た直後、彼らの顔は恐怖に染まった。
「な、なんだあの化け物!?」
「マ、マーカス将軍! 助けないと!」
「だ、だめだ……俺たちじゃ敵わねえ……今、アレと下手に戦っては、俺たちが全滅する。退却だあああああああああ!」
副隊長の叫びが全軍の耳に突き刺さる。
兵士たちは冷静になり、その指示に従った。彼らは馬を回収しながら山脈方面へと走り、戦場を離脱していった。
半人半馬の魔物は逃げる彼らを見ながら、侮蔑するように鼻を鳴らす。
「ふん、臆病者どもが! 岩狼将軍、貴様も使えぬ!」
燃える魔物は、前脚でマーカスの体を蹴り飛ばした。
炎狼将軍は意識を失ったまま、遠くの森へと飛んでいく。彼の馬は主人を追いかけ、森の中へと突っ込んでいった。
そんな忠馬の後ろ姿を、黒炎の怪物は哀れむような目で眺めていた。
この場が静かになったところで、将也は小声でルシアに尋ねる。
「な、なあ……もしかしてあいつが」
「ええ、そうです。あれが魔王軍三魔将の一人、火魔ベルブティです。ステータスはレベル99、体力95、魔力98、力90、速さ88、防御89、戦闘センスA。バランスタイプの厄介な相手ですよ」
ルシアの目玉は囁くように言いながら、ゆっくりと上下に動く。彼女には緊迫感こそ無いが、相手を侮っている様子も無い。
メディは大魔法使いの言葉を聞きながら、肩を回していた。
「まぁ、こっちには魔族特効があるから、さっきの岩狼将軍よりはマシだろうよ。水属性のリーシャなら速攻で倒せる。もっとも、同じ火属性のあたしじゃ少し苦戦するかもな」
メディは大きく息を吐き、気持ちを切り替える。
彼女の右手にはすでに剣が握られていて、いつでも戦える体勢になっていた。
ここで、火魔が将軍の馬の見送りを終えた。
ベルブティは両拳を握り、将也たちに体を向ける。
「さて、岩狼将軍を倒したのは小娘、貴様らだな? 一年前に我を倒した、あの槍使いの小娘と同じ空気がある。奴の仲間か」
火魔はそう言って、三人を睨みつけてくる。
半人半馬の怪物は顔を歪め、少女たちの返答を待たずに再び口を開いた。
「だとしても、我ら魔族の悲願のためには、ここで我が引くわけにはいかぬ。刺し違えてでも、そこの炎使いと風使いを、この火魔ベルブティが屠ってくれるわ!」
魔将が雄叫びを上げる。
その瞬間、ベルブティの周囲に強大な熱風が巻き起こった。それに伴って怪物の魔力が増大し、その体の炎が燃え盛った。
灼熱の風が吹き荒れるなか、将也は腕で顔をかばいながら悪態をつく。
「なんだアイツ! 俺たちの正体見破ってんじゃねえか!」
彼の胸に焦燥感が湧き上がる。
だが、それとは対照的にルシアとメディは落ち着いていた。
「他の三魔将と違って、火魔は頭も回りますからねえ。風魔ヤシロが来る前は、あのお馬さんが魔族のナンバー2だったんですよ」
「相手が聖者だとわかってても戦うんだぜ? なかなか根性あるじゃねえかアイツ」
メディは口元を上げ、剣を前に構えた。
その余裕すら感じられる姿を見て、将也は自らを戒める。
(そうだ。俺たちのほうが有利なんだ。焦ってどうする。水魔ウィシュチェルの時と同じ失敗をするつもりか?)
彼は首を左右に振り、心のざわめきを払い落す。そして顔を引き締め、体中の魔力を活性化させた。
火魔の咆哮と熱風が止まり、魔将と聖者は静寂のなか睨み合う。
わずかに空気が乱れる。そこでメディが口を開いた。
「来るぞ!」
その言葉とほぼ同時に、火魔が駆け出した。
速い。ベルブティは岩狼将軍を超えるスピードで突っ込んでくる。あの巨体にこの速度で衝突されたらひとたまりもない。
「ウィンドバリア!」
「でりゃあああああああああああああ!」
将也とメディは自分たちの前に風と火のバリアを張った。業火と強風が互いを巻き込みながら、その強度を高めていく。
進行方向を塞ぎ、迂回させることで勢いを削ぐ。それが二人の狙いだった。
だが、火魔は炎風の防壁に正面から突撃した。
二人の意に反した行動だった。火魔は渦巻く火と風に衝突し、動きを止める。ベルブティはそのまま前方に莫大な魔力を放った。
魔将の黒炎が、聖者のバリアを打ち破る。
火魔は再び脚を前に出し、猛烈な速さで相手に迫った。
将也とメディは防御を突破されてもなお、狼狽えなかった。二人は左右に分かれるように跳び、ベルブティの突進を回避した。
火魔が二人から通り過ぎていく。
二人は転がって受け身をとり、片膝をついて敵の後ろ姿を注視した。
火魔は二人に背を向けたまま止まり、両腕を振り広げる。
その直後、将也とメディは足元に異様な熱を感じ取った。
二人は咄嗟に後ろへ跳ぶ。
次の瞬間、二人が居た場所から黒炎が噴き上がった。その炎は巨大な柱のごとく空へと突き抜けていく。
間一髪だった。あの炎をまともに受ければ、多大なダメージを負っていたことだろう。
将也は唾を呑み込んだ。
ベルブティは大きく弧を描いて方向を転換し、将也たちに体を向ける。そして、自分の周りに数多の火の玉を浮かび上がらせ、再び突進を開始した。
火魔は速度を上げながら、砲弾となった黒火を放つ。
メディは咄嗟に前に出て、剣で火弾を払った。
彼女に少し遅れて、将也が風のバリアを張る。
黒炎は風の渦に次々と衝突し、爆発を起こしていく。その威力は高く、彼の防壁はすぐに形が揺らぎ始めた。
火魔は進行方向を微調整し、将也に狙いを定める。
魔将は彼に向けて猛進しながら、火の弾を撃ち続けた。さらに、動き出そうとしたメディには将也以上の火を送り込み、彼女を牽制する。
メディはベルブティの猛攻を受け、炎の防壁を張った。
視界が大幅に狭まってしまうが、そうすることでしか彼女は自分の身を守れない。火聖は防御に徹し、足を止める。
火魔はメディの動きを封じた後、自らの脚に更なる力を込めた。それによってその走行は最高速度に達し、猛烈な威力を持って将也に迫る。
息をつく暇も無く、ベルブティは風聖のバリアに激突した。
何の芸も無い体当たりだ。しかし、その衝撃は絶大だった。その膂力のみで暴風の壁は大きく乱れ、霧散の一歩手前まで追い込まれる。
将也はバリアに魔力を送り込み、風を再構築した。
それによって火魔の突進は止まる。
だが、ベルブティは退かなかった。半人半馬の強魔はその巨体を防壁に押し込みながら、自らの体に黒炎を纏わせる。
物理と魔力、その強大な二つの力が、将也に襲いかかった。
メディとの共同バリアで防げなかったものを、彼一人で弾き飛ばすことなど不可能。風壁は瞬時に歪み、全方位に風を爆散させて消えていった。
バリアを打ち破った火魔が、前脚を上げて将也を蹴り飛ばそうとした。
将也がここで回避したところで、魔将は彼をしつこく追い回すだろう。将也には、今すぐ蹴り殺されるか、少し先の未来で轢き殺されるか、この二つの選択肢しかない。
だが、聖者側にも好機はあった。
少し前から、ベルブティからの火弾攻撃が止まっていたのだ。
メディはそれを見逃していなかった。
彼女は炎壁を瞬時に消し去り、火魔に向かって駆け出していた。彼女はすでに標的に接近している。
火魔の意識は将也に集中している。この隙に斬り込み、そこから聖者の魔力を体内に直接流し込めば勝てる。
メディは剣を振り上げて飛びかかった。
その時、火魔は上げた前脚を咄嗟に地面に押し付けた。そして右手を横に突き出し、側面から飛来したメディの胸に掌底を叩き込んだ。
「ぐっ!?」
強烈な一撃を受け、メディは為す術も無く吹っ飛ばされた。
仲間の危機だが、将也は冷静に目の前を注視した。
火聖は地面を転がり、火魔は右手を伸ばしたまま敵二人に意識を向けている。味方が反撃を受けたことは痛手だが、敵の注意が分散しているのはチャンスだ。
「トルネード!」
将也は咄嗟の判断で、その場に強力な竜巻を起こした。
渦巻く風に煽られ、火魔が体勢を崩す。
その隙に将也は走り出し、右手を火魔に向けたままメディのもとへ向かった。彼が駆けつけたときには、メディは仰向けに倒れて咳き込んでいた。




