後半 ~退場~
「王子、どうか抵抗をなさらないで下さい」
なんとしてでも結婚を阻止したい国王陛下。
彼は怒声と共に護衛の騎士たちに命令を下しました。
その命令とは、第二王子を力尽くで捕縛せよというもの。
公の場で騎士を動かす。
それだけなら問題は無いのですがね。
自分の子とはいえ王子が捕縛対象となると色々と問題はあります。
ですが今回は違います。
この場にいる誰もが陛下を支持しているのですから。
”なんとかしてくれよ、オイ”
そんな心の声が聞こえてくるようです。
埴輪さんを王族の一員として扱うのはキツイ物がありますから。
悲劇を遠ざけるため。
騎士達が2人に近づいていきます。
ただし慎重に。
ダニとはいえ王族。
傷付けるわけにはいきません。
騎士たちも慎重にならざる得ないのです。
さらに距離が縮まっていきます。
脳みそがいつも以上にお花畑なダニ。
アレも自分の置かれた状況は理解できているようですね。
騎士達が発する圧に顔を強張らせております。
対する騎士の皆さん。
彼らからは相当な覚悟が伝わってきます。
王国の未来が掛かっていますから。
埴輪を王族として崇める。
なんとも愉快な国なのでしょう。
間違いなく周辺の国から嗤われます。
悲劇を起こしてはいけない!
そんな覚悟が騎士の皆さんからは伝わってくるのです。
やがて手が届くであろう距離にまで迫ったとき────埴輪さんが飛び出しました!
王子の後ろでプルプルと震えていた埴輪さん。
彼女? が前に飛び出すさまは、か弱い少女が勇気を振り絞ったように見えたことでしょう──第二王子の脳内でだけは。
一応ダニは埴輪さんを呼び止めました。
ですが呼び止めるだけで自分は後ろにおります。
やっぱりクズですね。
この状況に騎士の皆さんは戸惑っております。
”これ、どうすればいいんだ?”
そんな声が騎士様たちから聞こえてくる気がします。
「捕えよ!」
彼らを動かしたのは国王陛下のお言葉。
騎士の皆さんは自分のするべきことを思い出し動き出しました。
一斉に埴輪に襲い掛かったのです。
「 」
「暴力は嫌いです! ですがアナタ達が力で押さえつけるのならっ!! って言っている」
あっ、ユーリス(人間)様。
まだ通訳をして下さっていたのですね。
意外とまじめでビックリです。
それでも埴輪さんは、なにも言わず軽く頷くだけ。
きっと儚げに笑ったという設定なのでしょう。
表情筋が皆無のお肌なので、まったく感情が読み取れません。
ですがダニには届いたようです。
あっ、ダニのハートがキュンッと鳴ったようですね。
乙女のような目で埴輪さんを見ています。
野性味のある顔でやられると気持ち悪い以外のなにものでもありません。
吐き気がします。
ぜひ騎士の皆さんには、あの顔に拳をめり込ませてやって頂きたいものです。
王族相手だと難しいかもしれませんが。
それでも、せっかく事故に見せかけられるチャンスなのですから。
日頃の恨みをここで晴らして頂きたいものです。
しかし私の細やかな願いは脆くも砕かれることとなります。
お強いですね。
捕らえるためだけあって騎士の皆さんは剣を抜かず素手です。
それでも筋肉が凄いですし日頃からこういった状況の訓練もしているのでしょう。
連携をとって一斉に動いています。
ですが埴輪さんは──
「まさかあれは九十九式合気の朧か!! 幻と言われた技をあそこまで使いこなすとは!!!」
「それだけじゃない! よく見ろ。古式拳術ラーヴェの重心移動も併用している」
「なんていうことなの! 静の九十九式合気と動の古式拳術ラーヴェをここまで融合させるなんて!!!」
埴輪さんの一方的な蹂躙劇をクラスメイト達が騒いで──えっ? ユーリス(人間)様!?
動と静がなんとかと言ったのはユーリス(人間)様でした。
あなたも脳筋だったのですか。
と、なると私は脳筋の方に色恋沙汰の駆け引きで負けたことに────いえ、気のせいでしょう。
今はことの顛末を見届けることにします。
これこそが私の役目。
余計なことを考えている暇はないのです。
それにしても埴輪さんは圧倒的です。
クネクネと体を動かして騎士を制圧しています。
ドレスが翻る様は、まるで花が舞っているかのようです。
素人目でも美しいと感じる動きと相まって(顔を見なければ)埴輪さんを主人公にした舞台を見ているかのようです。
「抜剣を許可する!」
業を煮やしたのでしょう。
国王陛下が、ついに剣を抜くことを許可しました。
ですが白い眼を向ける方たちが。
もちろん脳筋の方々です。
”なにこいつ。少しは空気を読めよ”という想いがその目に込められています。
絶賛していましたからね。
脳筋の方々は埴輪さんの動きを。
もっと色々と見たかったのでしょう。
「しかし女神像の御前で流血など、陛下の御名に傷がつきます」
陛下を止めに入ったのは確か──エルヴィンス様でしたね。
この国1番の剣士で国王陛下の護衛騎士を務めている方です。
確かにあの巨大な女神像は国の歴史そのもの。
平和の象徴と言われております。
当然、この場での流血沙汰は好ましくありません。
ですが本心は違いますよね。
エルヴィンス様も国王陛下に白い眼を向けていたのを私は見逃しておりませんよ?
「お前はあの埴輪に血が流れていると思うのか!」
正論です。
いえ、もっと上のド正論と言うべきでしょう。
埴輪に血が流れているとは誰も思いませんよね。
これにはエルヴィンス様も口を閉じるしかありません。
「酷い。いくら身分が低いからって、同じ血の流れた人間として扱って下さらないなんて……」
ユーリス(人間)様、通訳お疲れ様です。
なるほど。
先程から襲い掛かる騎士の皆さんを適当にあしらいながら目?にハンカチを当てていたのですが。
そういう演出だったのですね。
涙が全く流れていないので分かりませんでした。
ひょっとしたら埴輪さんは、”お前には血も涙もないだろ!”と、ツッコミを入れさせたかったのかもしれません。
本当に器用な方ですね。
今も泣きまねをしています。
それでも屈強な騎士たちを一方的にあしらっています。
あまりにも圧倒的すぎて遊んでいるようにしか見えませんね。
本当に器用な方です。
その様子に、脳筋の方たちが目を輝かせ続けているのがなんとも目障りなことか。
騎士の皆さんが剣を抜いたことで不利になるかと思われましたが。
相変わらず一方的な展開です。
埴輪さんが剣を捌くたび武術マニアの皆さんがざわつきます。
あまりにも圧倒的。
鍛え上げた体と技を使っても埴輪さんは軽くあしらうだけ。
もう結果がどうなるのか誰もが分かっていました。
この方が動かなければ──。
「剣を持っても、お前にはハンデにすらならなかったか」
皮肉気に薄っすらと笑ったのはエルヴィンス様。
我が国で最強の剣士とも称えられる騎士。
動いた以上は勝たなければなりません。
最強が負けるという事は我が国の武が負けたということ。
しかも相手は埴輪さん。
負ければ見た目だけでアレ扱いされる理由になります。
きっと”最強の剣士エルヴィンス(でも埴輪に負けた)”と、一生言われ続けることでしょうね。
なんとリスクの高い戦いなのでしょう。
このような戦いに平然と身を投じるとは王国最強の剣士なだけあります。
「行くぞ!」
剣を握り直すと、エルヴィンス様が駆け出しました。
素人の私にも分かります。
他の騎士の方々も相当な腕だったのでしょう。
ですがエルヴィンス様の動きはあまりにも洗練されておりました。
まるで流れるかのような動きで剣を振り下ろします。
それだけではありません。
振り下ろすとすぐに剣を返し、全ての隙を次の動きでカバーしながら埴輪さんを追っていく──などと脳筋の方たちが騒いでおりました。
一振り、二振り。
何度も剣を振ります。
対して華麗に避ける埴輪さん。
まるで踊っているかのような動きです。
しかし反撃を全く行えておりません。
それどころか徐々に追いつめられて──その時です!
エルヴィンス様の剣が埴輪さんのドレスの胸元を僅かに斬りました。
開けた胸元を押さえて素肌を見せないように──────絶対にワザとですよね。
男性へのサービスのつもりなのでしょうか?
誰にも効いておりません。
それどころか気にしている方すら皆無です。
いえ、ダニが反応していました。
エルヴィンス様にセクハラ野郎などと叫んでおります。
バカは放っておいて続きを見ましょう。
埴輪さんは片手を胸元を押さえるのに使っておりますね。
ですから使えるのは片手のみ。
しかし切られる前よりも明らかに動きのキレが増していますね。
絶対に先ほどのはワザとです。
そう確信せざる得ません。
「あれは!!」
叫んだのは武術マニア&通訳のユーリス(人間)様。
彼女の声が響いたのを最後に一切の音が失われました。
原因はユーリス(人間)様の声ではありません。
音を消した物の正体は宙を舞った剣でした。
それはエルヴィンス様が手にしていた剣。
振り下ろされた瞬間にタイミングを合わせて打ち出された埴輪さんの手。
それらが重なった瞬間、剣が柄の無い姿となって宙を舞ったのです。
振り下ろされる剣を横から殴るだけで折った。
この事実がどれほどの意味を持つのかは、脳筋ではない私でも理解ができます。
理解は出来るのですが、脳がありえないと否定をしてしまいます。
他の方々も同じなのでしょう。
その結果、誰も声を発することが出来なくなってしまいました。
ですが、やはりというべきでしょうか。
沈黙を破ったのは彼ら。
「新永流の刃砕きまで使いこなすのか!」
やはり沈黙を破ったのは武術マニア──えっ、お父様!?
いつの間に!! と、思ったのですが。
そう言えばおりましたね。
国王陛下がいらしたとき、その後ろの方に。
「しっかりと記憶に刻んでおくのだ。あれぞ武の神髄。これ程の業を間近で見られた事は武に携わる者としてこれ以上の喜びは無い」
なんか語り始めました。
お父様は武に携わるどころか年中書類と睨めっこしている事務系のお仕事のハズ。
確か武に携わるどころか年中運動不足だったかと。
現にベルト付近に目を向ければ、お腹がボテッとして──
いえ。
なんでもありません。
今のお腹は個性を主張しております。
ですが昔は騎士の真似事をしていたと聞いたことがあります。
そうですか。
お父様も脳筋の方でしたか。
語らせて差し上げましょう。
こういう状況でなければ、お父様が語れない類の話なのですから。
興奮のあまり性格がおかしくなっているということにしておきましょう。
あっ、会話をしている間にエルヴィンス様が倒れておりました。
決着を見られず、お父様が呆然としておられます。
その表情だけで、どれほどの絶望を感じているのか分かるほどです。
全く共感は抱けませんが。
それにしても鎧が砕けて──生きていますよね?
さすがにこんな馬鹿々々しいことで国一番の剣士がお亡くなりになられるのは、あまりにも哀れ過ぎます。
それにしても埴輪さんはどこに?
あっ、いました。
他の方々の視線の先。
巨大女神像の肩にいらっしゃいました。
ダニ──もといゴミ──やっぱりダニにしておきましょう。
ダニはお姫様抱っこされているようです。
出来ることなら高さに震えていて欲しいものですがそれは無理でしょう。
だって甘ったるい舞雰囲気が2人の間にありますもの。
自分達の世界に浸って周りなんて全く見えていないことでしょう。
そのまま、こちらの世界に戻ってこないで頂きたいものですね。本当に。
ですが不思議ですね。
なぜか二人の会話が聞こえてくる気がします。
「埴輪:アナタにはこれからも苦労を掛けると思います。それでも一緒に来て頂けますか? ダニ:お前の隣が私の居場所だ。断られても追いかけるさ。埴輪:……ありがとう。なんて言っていそうね」
通訳さん、ありがとうございます。
仕事が丁寧でいらっしゃいます。
それとユーリス(人間)様もダニと心の中で呼んでいらしたのですね。
出会い方が違えば、よい友人になれたかもしれません。
「今、寒気がしたんだけど……」
「引き続き通訳をお願いいたします」
さて、どうやら全く同じ内容が私以外にも届いているようですね。
と、なると。
この不愉快なビジョンも会場にいる誰もが見ているのでしょう。
お姫様抱っこされた恋する乙女の表情をしたダニが腕の中から埴輪さんを見上げているという気色悪い姿が。
男性がするとキツイ表情ですね。
しかも野性味のある顔なので気持ち悪さが3倍。
さらにダニということもあり、追加で4.56倍を加えた気持ち悪さに仕上がっております。
ですが我が家の先生の目であれば違った世界が見えたことでしょう。
お見せしたかったですね。
きっと素敵な作品を仕上げて世に広めてくれたことでしょうに。
残念でなりません。
私が後悔の念を抱いているなか、この舞台もついに最終局面を迎えます。
ゴミをお姫様抱っこした埴輪さん。
彼女?が女神像から跳んだのです。
突然のことにざわつく会場──などということにはなりません。
先ほどまで異常な強さを見せつけられていたせいでしょう。
誰もが感覚をマヒさせていたのだと思います。
騒ぐ方は誰一人とておりません。
皆が黙ってことの顛末を眺めております。
やはりというべきか。
埴輪さんは準備をしておりました。
手を鋭く振ると黒いワイヤーが天井に固定されます。
そのまま体が振り子のように弧を描き、すぐさま硬質な音が響きました。
2人が窓ガラスを割って夜の闇へと消えていったのです。
あまりにも派手な退場。
先程とは違った理由で会場は静まり返っております。
さて、どうしたものでしょうか?
本来であれば、私は婚約破棄をされた至らない女としてこの場を去るハズでした。
しかし埴輪さんに話題を全て持っていかれてしまいました。
明日から社交界で色々と言われることも覚悟していましたが、そちらも全て埴輪さんが持っていくことでしょう。
あとはお父様を説得して、少しでも私にとって良い結婚相手を見つけるだけです。
さてどうしましょうか?
これからの事を考えていると右肩に重みを感じました。
それは手。
これが素敵な男性の物であれば良かったのですが。
非常に残念なことにお腹がポテッとしたお父様でした。
「あれほどの武を見れて私はとても満足しているのだ。これ以上は何も望むまい。お前の未来はお前の好きにしなさい」
まるで憑き物が落ちたかのようにスッキリとした笑みを浮かべています。
私が全く興味を持てない昔を思い出したのでしょう。
ですがありがたいですね。
お陰で言質を取れました。
もう言葉を翻されることは無いでしょう。
例え私が本心を伝えたとしても。
ですから私は勇気をもって伝えました。
この胸に収めきれない想いを。
「お父様、正気に戻って下さい」
ハッキリ言って気持ち悪いです。
鳥肌が立ちます。
腹黒く陰鬱な表情でこそお父様なのです。
決して爽やかな笑みなど浮かべてはいけない存在なのです。
私の想いが届いたのでしょう。
割れた窓ガラスに視線を向けたお父様は気まづそうな表情をしておりました。
最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _ )m
以下は物語の未来に関する私の妄想です。
〇マルセラ・マルスクエル
埴輪に武の真髄を見せつけられ、その衝撃から権力欲が抜けた格闘マニアの父は、すでに彼女を政略の駒にする気持ちを失っていた。おかげで恋愛結婚をすることになる。その後、先生の作品を出すために出版社を設立。その出版社は女性作家が世に認められる先駆けとなる。なぜか出版社設立後、男性同士が話していると熱い眼差しを向ける女性が増えた。
〇通訳さん
男を手玉にとって貴族にまでなった母に教えられた手簡を用いて王子様を落とした。だが、いつの間にかポジションを埴輪に奪われていた。結果、一線を越えなかったので処分は口頭注意だけで終わる。今回の件で脳筋な趣味が露呈して開き直った結果、話の合う男性と付き合うことになる。多分この事件で、一番の幸せな結果を掴んだ人。
〇マルセラの父
野心の抜けた彼は、あの武の真髄を見た衝撃から武術マニアの血が騒ぎ体を鍛え始めた。だが3日でギックリ腰となる。まともに動かぬ体(主に腰)をなんとかしようと武術マニアのツテを使って多くの医療関係者を集める。その時の治療方法を洗練させていき、後に世界的な(主に腰の)健康法を完成させる。
〇第二王子
今回の件のあとで行方を捜索される。だが10年もの間、一切行方が分からなかった。その後、真実の愛を知った彼は己のこれまでを悔いることとなる。償いのため名を隠して人間として貧しい村や災害に見舞われた街を周り、そこに住む人々を助けるのに尽力した。そして、後に埴輪の聖者と呼ばれるようになる。なお愛の奇跡で埴輪との間に子どもが出来たかは秘密。
〇埴輪さん
謎の超存在。三つの穴で表された顔に黒いワカメを垂らした髪。それは真似た相手をディスっているとしか思えない見た目である。前作の埴輪との関係は不明。
〇王国
王様は疲れた。