79話 魚釣島の清明 15/16
「さぁ、メイシア。ここからが本題だよ。」
カマディの声は一転。少し緊張したような引き締まった声だった。
「ワーとメイシアは姉妹になってしまったさぁ。」
ナギィがメイシアの肩に手を置いた。
「うん……そうだね、よろしくね、ナギィ。本当にイチャリバチョーデー……だね、」
「あはは、本当だ! メイシアみたいな妹が出来て、嬉しいさぁ。こちらこそよろしくね。」
「ありがとう、ナギィ。」
「ところで、オバア。どうして、メイシアが十六夜の夜に現れるってわかったの? 」
「ヤサヤー、それも説明しないといけないねぇ。……ではまず、ワシから話をしようかね。さっき、メイシアはこの国がスイだと初めて知ったと言っていたね。」
「はい。……ナギィから、十六夜の島・赤星島だとは聞いていて、」
「そうじゃ。十六夜とは、ここら一帯の事をそう言っておってな。十六夜には大小様々、島がある。ここは魚釣島。メイシアが辿り着いたあの島は、赤星島。赤星は十六夜では一番大きな島で、都がある。その都が首里じゃ。昔は十六夜一帯が一つの国じゃったから、そういう概念も薄く、分けて呼ぶことも無かったが、今はちょっとばかし状況が違ってしもぉた。島に違う勢力が出来てしまったんじゃ。だから、スイ天加那志の力の及ぶ地域はスイの国と呼ぶようになった。まぁ、十六夜は海に囲まれた場所じゃから、異国からの客はほとんど無い。そんなに厳密にみんな考えておらんのだよ。テーゲーさぁ。ははは。」
「今、違う勢力って……。」
「トイフェルさぁ。」
カマディはあまり変えないように気を使っていたようだが、一瞬、カマディの顔色が変わったのをメイシアは見逃さなかった。
「トイフェルは、悪魔じゃ……」
メイシアは息をのんだ。
「メイシア……。ワーのアンマー……母さんも、そいつに……殺されたんだ…………」
ナギィの声が怒りに震えていた。
メイシアの心がズキっと痛んだ。
自分の母親を殺した人物がはっきりしている。それがどれだけの怒りか。
メイシアはまだ、全てが靄にかかったような状態で、怒りなのか悲しみなのか、そう言った感情を向ける矛先すらわからないでいる。
だからこそ、まだ自分が保てているのかもしれない。
でも、ナギィは違う。
憎むべき仇が、はっきりしている。
身体から溢れそうなほどの悲しみと怒りを、ナギィは抱えている。
メイシアが震える手でナギィの手に触れた。
「ナギィ……私、どう言っていいか…………」
「……うん、大丈夫。ワーはアイツを許さない。でも、もう昔の事。少しはワーも変わったんだ。」
その言葉で、ナギィがどれだけ自分の中の苦しみと戦ってきたかが、メイシアは感じ取ることができた。
心の中でナギィは強いなぁ、とつぶやいた。
「ワシはな、メイシア。そのトイフェルからスイの国を守る役目をしておる。」
「……守る? 」
「こんなオバアが、と思ったじゃろ? 」
「いえ、そんな……、」
「ワシは清明じゃ。世の中の理と少しばかり通じ知ることが出来る。ワシだけじゃない。十六夜には、そういうものがいくらかおってな。そういうもの達と、スイの国とトイフェルが居着いてしまった北の土地に、境界の防壁を張っておる。」
「防壁? 」
「この魚釣から、赤星を挟んで……スイの御殿の向こうの海に、神降という島があるさぁ。そこにも清明がおってな、その清明と祈りによって結界を張ってるさぁ。」
メイシアにはちょっと、容易には想像ができなかった。
それが顔に現れていたのか、ナギィが黒砂糖をテーブルの上に並べ始めた。
「……ちょっと、わかりにくいよね。この一番大きな塊が赤星島。」
黒砂糖を何個か寄せて少し細長い塊を作って、それをメイシアに見せた。
その細長い塊の左右に小さな黒砂糖の粒を一個ずつ置いた。
そのうちの一つ。メイシアから見て赤星島とする塊より上の位置に置かれた粒を指さした。
「これが、ワーたちが今居る魚釣。そして、この下の島が神降。スイ天加那志がおられる御殿は、この辺り。」
と、長細い赤星島の真ん中より少し下にある、小高い丘に見立てた黒砂糖の高まりを指さした。
「ワッターも、昔はこの辺りに住んでいたの。家族で……。」
「ナギィ……」
「でも、アンマーが死んじゃって、オバアがこっちに来たから、ワーと森榮も付いて来たんだ。もともと、こっちに住んでいたからね。」
「ナギィの父親はスイの国の親軍をしておってな。任命されてから都に引っ越したんじゃ。」
「オヤイクサって何ですか? 」
「国を守る武人のことさぁ。でも海榮は……ナギィの父親は、司官もしておるから戦うだけが役目ではないのだがな……。まぁ、都でそれなりの役職についておるんじゃよ。」
「じゃあ、ナギィはお父さんと離ればなれなんだね。……寂しくない? 」
「父さんに会いたいって思う事はあるけど、ワーにはオバアがいるし。父さんもオバアに付いていくようにって。」
「……そうなんだ。森榮もいるしね! 」
「うんうん。アヌヒャーがいるから、気が休まらん! 」
「アヌ……? 」
「あぁ、ワッサイビーン。出来るだけ島の言葉を使わないようにって思っているだけど、時々出てしまう……。アヌヒャーは、アイツ、かな? 」
「そうなんだ。確かに森榮は、アイツ呼びで大丈夫だね。ふふふ。」
「ナギィは都に居たからねぇ、まだ異国の人でもわかる言葉を話すんだけれど、都から離れると島の言葉の方が多いんだよ。今、ナギィの言ったワッサイビーンも、ごめんってことさぁ。カシマサヨー。はははは。」
「いえ、なんか優しい響きの言葉で私は好きですよ。面白い。……ちょっとわからなくて考えてしまうけど。ふふっ」
メイシアは、なんだかんだ言って、明るい気持ちにさせてくれる不思議な二人の事が大好きだと思った。
「わからなかったから、聞けばいいよ。みんな、優しいからね。」
「はい。」
ヤサヤ / そうだな
テーゲー / 適当
ワッター/ 私達
アンマー / お母さん
カシマサヨー / 面倒くさいねぇ




