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 私は思わず、口を「は?」の形に開けたまま、固まってしまった。


「だって考えても御覧なさい。当たり前に常識的な考えをお持ちの娘さんだったら、こんな状況、拉致監禁の疑いで大騒ぎされてもおかしくないじゃありませんか」

「えっ?」


 彼女の可愛らしい口から飛び出してきた物騒な言葉にぎょっとする。


「公園にいたところを車で知らない屋敷に連れてこられて、更には身包み剥がされてお風呂に放り込まれたんですよ? わたくしが同じ状況に陥ったら、まずはどうにかして警察に通報する手段を探りますわね」


 言われてみれば、そういうことになる、のだろうか。

 考えてもみなかった発想に混乱していると、更にユリさんの笑みが深くなる。こんなこと初対面の時には想像もしていなかったけれど、その可愛らしい笑顔が悪魔の微笑みに見えてきた、ような。


「あるいは、兄様の見た目やステータスに目を付けたしたたかな女性かとも疑ったのですけれど……そういう訳でもなさそうですしね、そのボヤッとされた様子からすると」


 不名誉な疑いは晴れたという意味らしいけれど、なんとなく馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。


「あの、わたし別に、能天気とかボヤッとしてるとか、そういうわけじゃ…」

「それで、ここからが重要なのですけれど!」

「えっ。はい!」


 ぐいっと顔を近づけられて、思わず姿勢を正す。

 間近で見ると、睫毛が長くて本当に美少女だなぁなんて状況にそぐわないことを一瞬思った。


「あなたは先程兄様が親切にしてくれた、と仰ってましたわね?」

「あ、はい」

「ということは、兄様に感謝してらっしゃる?」

「はい、もちろん」

「拉致監禁や誘拐の可能性など微塵も思い至ってらっしゃらなかった?」

「は、はい」

「ならば当然、警察に通報するつもりなどこれっぽっちも持ってはいらっしゃない?」

「……はい……」


 流石に彼女の言いたいことも段々分かってきて、最後は項垂れるようにして首を縦に振った。ユリさんの大きな瞳が満足げに輝く。


「まあ、ありがとうございます」

「どういたしまして…」


 サポートキャラとして、様々な登場人物の情報を扱ってきた経験上の判断から、断言できる。


「さ、言質もバッチリ取れたことですし、兄様に会いに参りましょ。きっと首を長ーくしてお待ちよ」


(この子、腹黒キャラだ…!)



「それにしても、兄様の悪癖には困ってしまいますわ」


 再び長い廊下を進みながら、先を歩いていたユリさんが溜息と共にそう吐き出した。


「悪癖、ですか?」

「ええ。…あ、その敬語、崩して下さって構いませんわよ。一応わたくしの方が年下のようですし、ちょっと遅くなってしまったのが、気が合って2人で仲良くお喋りしてたの、という言い訳に説得力が増しますからね」

「そ、そう、だね…」


 同意する以外の返事ができなかった。


「ええと、それで悪癖っていうのは?」

「あの人、昔から捨て犬や捨て猫を見境なく拾ってきてしまいますの」

「拾って?」

「そ。いつもいつも里親探しが大変で……」

「飼ったりはしなかったの?」

「箱入りお坊ちゃまの兄様に動物の世話なんて逆立ちしたって無理ですわ。わたくしは動物なんて煩くて大っ嫌い」


 苦々しく呟く彼女に、くすっと笑ってしまった。それを聞きつけたらしく、振り向いたユリさんの瞳が剣呑な光を放っている。思わずぎくりと肩を揺らしてしまった。


「何を笑ってらっしゃるの?」

「あ、ごめんね。けど、動物が嫌いって言いながら、ちゃんと里親は探してあげてたみたいだから。優しいんだなって思って…」


 私の言葉が意外だったのか、きょとんとしたせいでユリさんの表情から棘が消えた。こういう、年相応の幼い表情をしていると、本当に可愛らしいというのに。


「……まったく、能天気な人間はこれだから!」


 しかめた眉の下の眼光が鋭すぎる。瞳が大きいから余計に。


「あなた、そんなだから犬猫の代わりに拾われてきてもへらへらしていられるんですわ」

「えっ…」


 話の流れからしてそういうことかもと察してはいたけれど、正解だったと知るとやはりショックだ。

 確かに、彼も「公園で拾ってきた」と断言していたし、事実間違いではないのだけれど。


「まあ、人間を拾ってくるとは思ってもみませんでしたから、流石に驚きましたけれどね…」


 溜息交じりに吐き出された言葉に疲労が滲んでいて、少し同情してしまう。

 可哀想な目に遭っている動物を助けてあげられるのだから、ユリさんのお兄様はやはり親切な人に間違いはないのだろう。お人好しと言ってもいいかもしれない。もちろん素晴らしいことだと思うけれど、同時にその周囲には心配や苦労が絶えないものだ。犬や猫を拾うというイベントはなかったから具体的に同じ経験をしたことはないけれど、“彼”もお人好しな性格だったから、少しだけ、分かる気がする。


「あの…」

「あなた、今日は泊まっていかれる?」

「はっ?」


 何か労わりか慰めになるようなセリフを、と思った矢先に彼女の口から飛び出した言葉に驚いて、言いたいことも頭から飛んでしまった。


「と、泊まる?」

「ええ。どうせ、すぐ兄様から提案されると思いますわ」

「え、っと、どうして…?」

「昔からそういう人なんです、あの人」


 一体どういう人なのだろう、と思わず首を傾げてしまった。

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