第1話 勇者に討たれた悪役
勇者の剣が、俺の胸を貫いた。
熱いはずの血が、驚くほど冷たく感じる。
膝が崩れ、石畳へ倒れ込む直前――俺はようやく理解した。
ああ、これが俺の末路か、と。
王国最悪の悪役。
傲慢不羈の怪物。
裏社会を支配した男。
【カイン・ヴェイルハート】。
その生涯は、たった一人の英雄によって終わろうとしていた。
……いや、終わるハズだった。
――神歴798年・春季 第128日
痛みで身体が動かない。骨の芯まで焼けるような痛みが、じわじわと全身を侵していた。
カイン・ヴェイルハート。それが俺の名だ。
この国……“ソルディア王国”において絶大な権力を誇っていたヴェイルハート公爵家の跡取りであり、幼少の頃から神童と持て囃され、同年代で俺に逆らう奴なんてひとりもいなかった。
剣術の腕は5歳にして実家の私設騎士団員と比べても遜色なく、魔法に関しても家庭教師から非凡な才と認められていた。
自他共に俺の人生は輝けるものになると信じて疑わなかったし、英雄となる器だと言う者もいた。
周りは俺を持て囃し、煽て、媚を売った。それは、ひとりの少年の性格を歪めるには充分な理由だった。
だが、そんな俺の人生は今、終わりを迎えようとしている。
神童と呼ばれながら、結局は何も成し遂げられず、卑怯者、裏切り者と罵られ、30年の月日を生きて来た結果、最期は因縁の相手に敗れて……。
思えば俺の人生は、あの日を境に大きく変わった。勿論、悪い方にだ。
“国立シルバーレル・アカデミー”。国中から優秀な者だけが集められる学校だ。
基本的に15歳から18歳までの3年制で、剣術科、魔法科共に、将来の国を担う人材を世に輩出し続ける名門中の名門校。
当時の俺は、1年生時から2年生の1学期まで剣術科の首席として君臨していたし、その頃は自分の未来は輝かしいものになると信じて疑わなかった。
だがあの日、俺は気に食わないという理由からひとりの同級生にアカデミーの退学を賭けて決闘を申し込み、無様に敗れた。
あの時点の実力なら間違いなく俺の方が上だったが、俺は負けた。結局は、油断と慢心が招いた結果だったが、プライドをズタズタにされた挙句、逃げ出すようにアカデミーを去ったのだった。
そこからは、絵に描いたような転落人生が始まった。
先ず、アカデミーで醜態を晒した俺は、公爵家を勘当させられた。要因の一つとして、俺のこれまでの素行の悪さも原因だったのだろう。
傲慢不羈〈ごうまんふき〉……。よく、当時の俺を表した代名詞だ。
己の才能に溺れ、他者を見下し続けた俺は、アカデミーでの件が決定打となり、当主である父は見限られてしまったのだ……。
家も肩書きも失った俺は、それでも神童だった頃のプライドだけは捨てられなかった。
今思えば、この頃ならまだやり直せた。だが俺は、残されたプライドから真っ当な道を選ばず、裏社会へと身を置いたのだ。
強盗、詐欺、殺人。
数え切れない悪事に手を染め、気付けば裏社会の頂点にまで上り詰めていた。
その頃、表の世界では魔王軍との戦争が激化していた。
そして、その中心にいたのが、俺の人生を狂わせたあの同級生……【レオン・ソルブレイド】だったのだ。
レオン率いる最強のクラン、“ブレイブハート”は、魔王を討ち取る。中でも、その中心にいた5人は“オリジナルファイブ”と呼ばれ、英雄として語り継がれる事になる。
そしてレオンはやがて勇者と呼ばれ、その活躍は英雄譚として世界中に広まったのだ。
俺はアイツ等の活躍を、薄暗い裏社会の闇の中から眺める事しか出来なかった。羨望の眼差しと、大きな後悔と共に。
この頃には、俺はかつての自分の行いを呪っていたのだ。もし、傲慢不羈な振る舞いなどせず、周りに優しく実直に生きていれば、もしかしたら俺も英雄と呼ばれたのかもしれない……と。
過去の後悔から自分なりに性格も改め、裏社会のトップとして一定の威厳は保ちつつも、部下には極力優しく接していたし、軽口で場を和ませる努力も欠かさなかった。
だが同時に、それでもやはり自分では英雄になどなれなかっただろうと卑下していた。
なにせ、レオンが仲間と共に倒してきたのは、危険度ランクの高い魔獣の群れや、伝説の魔獣……そして、人類最大の敵である魔族の軍勢と、その頂点である魔王なのだ。
あんなのまともに相手に出来る方がおかしいのだ。魔王など、一撃で街を消し去る化け物なんだから。敵も人外ならアイツ等も人外。
落ちぶれて大して努力もせず成長もしなかった俺にとって、とても同じ世界の人種だとは思えなかったから。
……そして現在、炎に包まれた廃屋の中で、胸を貫かれた俺は膝をついていた。黒く焦げた外套が、風に裂かれて舞う。
目の前には、かつて俺の運命を決定付けた因縁のアイツ……レオン・ソルブレイドが、真っ白な外套を羽織って立っていた。
魔王を倒した人類は、更なる世界の平和を築くべく、裏社会の根絶を図ろうとしていたのだろう。そこで白羽の矢が立ったのが、レオン率いるブレイブハートだったのだ。
レオンのその瞳には、なんの迷いも悲しみもなかった。ただ“それが正しいと信じている者”だけが持つ、揺るぎのない光……“勇者”としての決意だけが宿っている。
「カイン・ヴェイルハート……。残念だよ。君との悪縁が、こんな結末を迎えるとはね」
言葉とは裏腹に、レオンの声は淡々としていた。
思わず、俺は笑ってしまった。ひび割れた唇から血が滲み、それでも笑った。
「ああ……やっぱり、こうなるのか」
これでも裏社会の支配者だ。レオンが化け物だとは知りつつも、少しは抵抗できるかと微かな期待はあったのだが、実際に対峙してみてハッキリ証明されてしまった。
レオンは……多分オリジナルファイブの面々も、俺では、絶対に届かない領域の人間なんだと。
己の欲のままに振る舞い、時には仲間を裏切り、結局は国を混乱に陥れた。
その結末がこの断罪なら、誰も彼を咎めはしない。
……それでも。
違う。違う違う違う、こんなはずじゃなかった!
なんでだ? なんで俺は、あの時あんなくだらない理由で、レオンに決闘なんて申し込んだんだ?
勝てると思っていた。負けるはずがないと思っていた。なのにこのザマだ。
全部、あの一瞬で、なにもかもをを失った。
家も、未来も、誇りも……俺は、何をやっていたんだ? 違う、本当は違う。俺は、こんな風になりたかった訳じゃなかったんだ。
そう、心の中で叫んだその時……レオンの聖剣が俺に振り下ろされた……。
「……カイン。これで君は……」
世界が赤く染まり、意識が遠のいてゆく。レオンが最後に俺に向かって何かを言っていたが、もう聞こえなかった。
……これで……終わりか……。
……ああ、俺の人生は多分、アカデミーでのあの日に決まっていたんだろう。
レオンが英雄になる素質を秘めている事にも気付かず、ただの劣等生としか思わずに決闘を申し込んでしまった、あの瞬間から。
もしあの時、油断せずにレオンを全力で打ちのめしていれば、あの時点でなら俺は勝てていたかもしれない。いや、そもそも決闘なんて申し込んじゃいけなかったのだ。
勝った負けたではない。あの日の選択で、人生そのものを間違えたのだから。
だからこそ、もし時間の針を戻す事が許されるのならば……今度は平穏な一生を過ごしたい。
レオンに代わって英雄になる? とんでもない。
レオンが……ブレイブハートが、どんな強大な敵と戦い、どれ程の絶望的な状況を覆して来たのかを俺は知っている。
そして、その強さは俺自身が身を以て知らされた。例え真っ当に生きていたとしても、俺では絶対に同じ真似はできなかっただろう。
それに、もう裏社会で生きるのも御免だ。
裏切り、裏切られ、信用できる人なんて片手の指でもおつりが来る様な、そんな生き方は2度としたくない。
だからこそ、今度はせめて平穏に、楽しく生きたい。後悔を背負い、裏社会のジメジメした闇の中で後ろ暗く生きるのは、もう御免だ。
いるかも分からない神よ……次の人生では、俺は決して傲慢な態度も取らないし、我儘なんて言いません。
だから、願わくば今度は、平穏で平和で明るい人生を……。
その時、血に染まる視界の中、黒い羽が一枚、落ちてきた。それはどこからともなく現れた“黒鳥”の羽。
瞬間、世界がひび割れた。
音も、色も、痛みさえも、逆流する。
燃えた廃屋が元に戻り、崩れた塔が立ち上がり、死んだ部下達が息を吹き返していく。
……どうなってる? まるで、時間が、逆回転しているみたいな……。
『……面白い。おまえ、まだ終わる気がないんだナ〜?』
誰の声か分からない。
だが、その声は確かに俺に問いかけていた。
「……誰だ……おまえ……」
『名などどうでもいい〜。だが、呼びたければ……“ネメシス”とでも呼べ』
ネメシス……? 随分と物騒な名前じゃないか。
「それで……おまえは俺を救ってくれるのか?」
『ああ、そうだ。ただし覚えておけ。これはただのやり直しじゃない。おまえは、逃れられない因果を背負うのだ』
やり直し? 因果? どうでもいい。本当に、全てをやり直させてくれるのなら……。
『おまえに力を与える。だが忘れるナ? その力を使う度、おまえは“なにか”を失う。それが、おまえの罪であり、罰……つまり、因果だ』
黒い羽が、光の粒となって俺の胸に吸い込まれていく。
燃え尽きた心臓が再び鼓動を打ち、世界が反転した。
『さあ、おまえの叫びが、世界を巻き戻した。それが、おまえの罪であり、罰の始まりだ。これが、新たに定められたおまえの因果だヨ……カイン・ヴェイルハート』
そして、俺は光に包まれながら意識が遠のいていくのを感じたのだった……。
『因果、逆転。ネメシスリバース、発動』
……ん? 確かに死を覚悟していたのだが、突然意識を取り戻す。
痛みで身体が動かないものの、気は失っていない。辛うじて瞼を上げれば、目に入るのは真っ青な空。
確かに俺は、薄暗い廃屋でレオンに心臓を貫かれたハズなのに、なんで青空が?
徐々に感覚が戻って来て、なんとか上半身を起こす。すると、どうやら闘技場の上で……レオンが剣を構えていた。
なんだ? なんでレオンがアカデミーの制服なんか着てるんだ? さっきまでは、真っ白な鎧とマントに身を包み、その手には聖剣を構えてたのに……いつの間にかアイツが手に持ってるのは訓練用の刃を潰した模造剣だし。
おかしい。アイツは冷淡な表情で俺を見下ろしていたのに、今は鬼気迫る表情で倒れてる俺を見つめてる……というか、なんか若返ってないか?
辺りを見渡す。多くの人が観客席にいるが、場は静まり返ってる。
観客席の一角には、氷のように静かな眼差しでこちらを見つめる、見覚えのある少女……かつての許嫁であり、オリジナルファイブのひとりだった存在が、学生の頃のままの姿でこちらを見ていた。
……ここは、そうだ、アカデミーの野外闘技場だ!
あの日、あの時、レオンと決闘を行った場所で……当時の若いレオンが目の前に立っている。
死を覚悟した時に、頭に響いた声を思い出す。
……もしかして、本当に“あの日”に戻ったのか?
いや、少し違う。どこか、違和感があった。
レオンの構え。観客の空気。張り詰めたこの緊張感。記憶と、ほんの僅かにズレている。
まるで“別の何か”が、この瞬間に介入しているみたい
――これで君は……。
そして……誰かの声が、俺の耳の奥で反響した気がしていた……。
第一話をお読み頂きありがとうございます。もう一度言います、ありがとうございます。
1〜13話までは一日複数話投稿でお送りしますので、宜しければお付き合い頂けると嬉しいです。
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