僕らの協奏曲(コンチェルト)は続いていく
ゆったりした歌声が聞こえる。
まぶたを開くと、華音と目があった。
「おはよ、キョウジ」
「……おはよう華音。どれくらい寝てたかな」
「二十分くらい。もっとねててもよかったのに」
指輪をした細い指先が、僕の髪をすく。
僕は手を伸ばして、その手に触れる。
僕の左手にも同じ指輪が光る。
「夢を見てた。僕らが出会った頃のこと」
華音は目を細めて僕の手を取る。
「キョウジ、変わったよね。昔は手を繋ぐだけで照れて逃げてたのに、いまは子犬みたいに甘えてくるの」
「あはは、そんなこともあったね……」
嘘の恋人を演じていた頃、クラスメイトにからかわれてとっさに華音がそんな嘘を吐いた。
嘘から出た真とでもいうのか、華音といるととても落ち着く。
こうして、甘えていられるくらいに。
あれから五年。
高校卒業後、僕と華音はウィーンの音大に進学した。
華音のおばあちゃん……ラファエラさんが是非にと言ってくれて、ラファエラさんの家に下宿させてもらうことになった。
華音も同じ家で暮らしている。
いくら恋人とはいえ、僕が同居するのは華音の親御さんが心配するだろう。
だからけじめとして、高校卒業と同時に婚約した。
籍を入れるのは、大学を出て自分で生計を立てられるようになってからと話している。
ソファから起き上がって、華音の髪を撫でる。
華音はあの頃より髪が伸びて、いくぶん大人びている。
変わらないのは、僕が贈ったバレッタを今でもつけていること。
軽いノックが聞こえてきて、ラファエラさんが顔を出す。
「お昼ごはん作ろうと思うの。カノン、キョウジくん。メモを渡すから、お買い物行ってきてくれる?」
「はーい」
メモを受け取って、コートに袖を通す。
外は雪がちらついていて、吐いた息が白む。
マフラーをきつく結び直す。
「うぅ、寒い……。これだけは慣れないなぁ」
「鎌倉、雪降らないもんね」
雪が積もる街は、クリスマスイルミネーションで鮮やかに輝く。
スーパーは家から徒歩十五分ほどのところにある。
店についたら、ドイツ語のメモを見ながらかごに商品を入れていく。
ベーコンにじゃがいも、りんご、ハードチーズ。
メモにはないけれど、華音がたまごもかごにいれた。
僕らが日本を発つ前に母さんが伝授してくれたから、ウィーンにいてもたまご焼きを食べることができる。
【かわいいお嫁さんにたまご焼きの味を伝える】という夢が叶って、母さんはすごく喜んだ。
華音が「あたしも、このだし巻きすごく好きなの」と言って週三は食卓にのぼる。
買い物を終えて店を出ると、華音はクリスマスマーケットで足を止めた。
「キョウジ、あれ飲も!」いうが早いか、グリューワインを買って戻ってきた。
湯気の立つワインに、ドライオレンジが沈んでいる。
華音は一口飲んでから、僕にカップを渡してくる。
「キョウジも、飲んでみて。おいしい」
僕も少し飲んでみる。
「美味しい。オレンジの酸味もあって飲みやすいね」
「おいしいよね。カップかわいいから、持って帰るよ」
クリスマスツリーが描かれたブーツ型のカップ。
似たようなカップが家のキッチンにも並んでいる。
「おうちにあるのは、Opaのコレクションだから。これはあたしのにする。毎年一個ずつ買う。あと、クリスマスにもう一個買って、レオにカップ送ってあげよ?」
「かわいいカップだもんね。きっと喜ぶよ」
いまは亡き華音のおじいさん。
このマーケットでワインを飲むのを楽しみにしていたと、ラファエラさんが話していた。
華音は飲み終えたカップをハンカチで包んでカバンにしまう。
「来年も一緒に飲もうね、キョウジ」
「うん」
クリスマスソングのBGMが流れていて、街を歩く人たちもみんな楽しそうだ。
「華音、あれラファエラさんへのおみやげに買っていこうか。コーヒーのお供になるし」
「いいね!」
グリューワインの露店のすぐ近くには、焼き菓子の店があった。
店のおじさんに声をかける。
「Eine Packung……華音、ナッツのクッキーってなんだっけ」
「Nusskekseよ」
おじさんは僕らのやり取りを聞いて、笑顔で箱詰めしてくれた。
「Date?」なんて聞かれて笑うしかない。
代金を支払ってクッキーを受け取る。
華音がクッキーの箱を持って、僕の手を引っ張った。
「ふさがってたら、手、繋げない」
「ありがとう」
「Ich liebe dichの歌詞にもあるでしょ。あたしたちは全部分け合うの」
絡み合う指先から華音の熱が伝わる。
僕も手を握り返して、ゆっくりと歩き出す。
これからも、僕らはこうして音を重ねていく。
fine
後日談 僕らの協奏曲は続いていく fine
#__i_a356f78b__#
挿絵担当 あまひ はる(@hiyori_0)様




