25 花火の輪舞曲(ロンド)
「今日は待ちに待った鎌倉花火大会だぜぃーーー!! みんな! ノってるかーー!?」
七月のある朝。
横井が教室に飛び込んでくるなり叫んだ。
「へー。今日だっけ」
沢がマンガから目をはなさずに生返事する。
他の面々も下敷きうちわであおぎながらやる気ない答えを返す。
「おれ彼女いねーから何も楽しくねー」
「はっはっは。かわいそうに。俺はりんりんと花火デートさっ!」
横井は謎の決めポーズをしながら、僕と沢に矛先を向けた。
「おまえらも彼女いるんだから当然いくんだろ、花火デート」
つられて、みんながこっちを見た。
もしかしてこれは、花火デートに行かないと変に思われるか?
でも華音を夜に連れ出すのは気が引ける。
沢は右手をひらひらさせて笑い飛ばす。
「俺そういうの興味ないから行かねー。リアタイしたいアニメあるし」
「おれもアニメ録画予約してるー」
「アタシもドラマあるからそっちがいい」
うちのクラスは花火に興味がないメンツばかりなようだ。
「響司は? 阿部と花火行くのか?」
「今の所何も予定はないけど……あとで華音に聞いてみるよ」
正直なところ、僕は生まれたときから鎌倉に住んでいるのに、花火大会に行ったことがない。
のんびり花火鑑賞する一時間があるなら、その一時間をピアノの練習にあてたいと考えていたから。
でも今年は違う。
華音が行きたいと言うなら、行ってもいいかな、くらいには揺らいでいる。
昼休みになると、華音が神妙な顔をして教室に入ってきた。
いつもならよくしゃべるのに、今日はお弁当を食べ終えても、なかなか口を開かない。
コーヒーを一杯飲み干してから、意を決したように話を切り出した。
「……キョウジ、おねがいがある」
「なに」
華音の声のトーンがいつもより低い。
こころなしか、疲れているようにもみえる。
「……レオが、花火みたいって言い出した」
「レオが?」
「うん、そう。でも、PapaとMamaは今日おしごとなの。観光ガイドしてる」
「そっか。ガイドならこういう日は特に忙しいよね……」
今日は登校中、いつもより観光客が多いなと感じていた。
ツアーの旗を掲げたガイドさんと、後ろに続くお客さんたち。
駅前も人が多すぎて渋滞になっていた。
「うん。……PapaとMamaも、『迷子になったら困るから、もう少し大きくなってからにしたら?』って言ったけど、やだって泣くの。だからあたしがつれてくしかない」
レオはまだ小さいから、一分でも目を離したらいなくなってしまいそうだ。
御両親の言い分もごもっとも。
そして、レオはまだ四歳だから、無理だよって言ってもわかってくれるわけもなく。
行きたいとごねるのも仕方のないこと。
「…………キョウジ。めいわくでなかったら、一緒に花火行って、レオをみててほしい。キョウジはコンクールの練習しないといけないと思うから、むりならあきらめる」
本当はお願いするかどうか、すごく迷ったんだろうな。
ものすごく申し訳なさそうに頭を下げてくる。
レオがすごく楽しみにしてるだろうし、華音も悲しませたくない。
だから悩むことは何もなかった。
「うん、いいよ」
レオの願いをなんとか叶えてあげたくて必死なんだなぁ、華音。
ほんとうにいいお姉ちゃんだ。
「……いいの?」
探るような、上目遣いで確かめてくる。
「いいよ。母さんたちにも、根を詰めすぎだから少しは息抜きしろって言われてるし」
「Danke」
華音は肩の荷が降りたようで、安堵の息を吐く。
「時間が近くなったら、迎えに行けばいいかな」
市のホームページを見ると、開始時間は十九時二十分。
「よかったら、うちでゆうごはん食べてくといいよ。一緒に行ってくれるお礼に、あたしがんばって作る!」
ぎゅっと両手の拳をかためる華音。
こんなに意気込んでくれてるから、断るのも悪い気がする。
それに、華音の作るご飯を食べてみたいな、なんて……。
前にわけてくれたオムレツはすごくおいしかったし、家に行ったとき出してくれたマフィンもおかわりしたいくらいだった。
「……じゃあ、ごちそうになろうかな」
「うん。まかせて」
母さんにメッセージで簡潔に事情を伝えると、一秒で既読がついた。
グッドマークのスタンプが飛んできた、と思ったら。
花火デートの注意点から好感度アップのためのワンポイントアドバイス。
『小さい子連れで花火に行くなら、ここで見なさい!』
と、マップナビアプリのリンクまで貼ってある。
目が滑るくらい長文メッセージが届いてちょっと引いた。
こんなに長いとぜんぜんワンポイントになってないよ、母さん。
「キョウジ、どしたの?」
「あ、ええと。母さんがあまり混まない穴場スポットを送ってくれた」
「それはうれしいね」
そんなわけで、放課後いったん家で着替えてから、華音の家に行くことになった。
誰かと花火を見る約束をするのは初めてで、なんだか胸がドキドキしている。
それも、華音と行けるなんて、嬉しい。
横井が彼女と花火だ! と朝からずっとテンションが高かったのも、理解できる気がした。
放課後、自宅で私服に着替えてから華音の家に向かった。
手には母さんから渡されたお土産がある。
彼女の家で夕食をごちそうになるなら持っていきなさい……と、半ばおしつけられる形だった。
約束の時間よりも十五分ほど早いけれど、遅れるよりはいい。
チャイムを押すと、華音とレオがでてきた。
「いらっしゃいキョウジ」
「きょーくーん!」
「わわっ」
レオはぴょこぴょこはねて僕の足にくっつく。
「きょーくん、みて。ぼくおやさいたべてるの。おっきくなったでしょ!」
「ほんとだ。こんなにすぐ大きくなるなら、僕、おいこされちゃうかもしれないな」
「えへへー」
じっさい前にあったときより、レオの背は伸びている気がする。四歳って成長期だもんな。
「キョウジ、あがって。もうできてるから、すぐはこぶ」
「これ母さんから。かぼちゃのプリン作ったんだって」
華音に保冷バッグを渡すと、華音が笑顔になる。
「うれしいよ。れいぞうこいれて、ごはんのあとで出すね」
靴を揃えると、レオが待ちきれない様子で僕の手を引く。
華音がトレーに食事を乗せて運んでくる。
三人分だから、そこそこ量がある。
「手伝うよ」
「Danke。なら、これおねがい」
「うん。まかせて」
トレーを受け取って大きめの団子のスープをテーブルに並べる。
僕を見ていたレオが「ぼくもおてつだいする!」と走っていき、スプーンを三人分テーブルに並べはじめた。
「おまたせ。これでぜんぶ」
華音がトーストとおかずと運んできて、夕食が揃った。
「いただきます」
テーブルにはうちで見たことのない料理が並ぶ。
華音がひとつひとつ説明してくれる。
「これはクヌーデルズッペ。パンとベーコンとチーズ、バジルをこねた団子の野菜スープ。よくOmaがつくってくれた。こっちはシュニッツェル。牛のカツ。添えてあるのは、イモのソテー」
「これ全部華音がつくったの? すごくおいしい」
「そういってくれて、うれしいヨ」
スープの団子はカリカリに焼いたベーコンの香りが引き立っていて、噛むたびに口の中にうまみがひろがる。
薄い牛のカツもバターで揚げてあって濃厚な味がする。
「このライ麦パンのトーストにそえてあるのも手作りだよね。あっさりしてて美味しい」
「キュウリで作ったソースよ。葉月さんキュウリくれたから」
「そうなんだ。初めて食べたけど、ソースにしても美味しいんだね」
どれも、食べ終えるのがもったいないくらいに美味しい。
レオもキュウリのソースをトーストにのせて、小さな口をもごもごさせている。
「ごちそうさまでした。こんなにおいしいごはんを毎日食べられるなんて、レオがうらやましいな」
素直に言うと、隣に座るレオはスプーンで団子を潰しながら口をとがらせる。
「でも、ねーねすぐおこるよ」
「レオ。そういうこというと、プリンあげないよ」
向かいから華音が睨みをきかせてきた。
レオは僕を見上げて「ほらね」と言う。
華音は華音で苦労しているのがわかるから、笑っちゃいけない。
わかるけど、微笑ましくてつい、笑いがこみ上げてしまう。
「キョウジわらわないで」
「ご、ごめん、つい。ふふふっ。僕、兄弟がいないからこういうの新鮮で、僕に弟がいたらこんな感じなのかな」
ひとりっ子で寂しいと思ったことはないけれど、兄弟がいると賑やかで楽しそうだとは思う。
兄弟がいる人からしたら、うるさいからひとりっ子のほうがいいっていうかもしれないけど。
「ぼくも、きょーくんにお兄ちゃんになってほしい」
「……そっか」
なんて答えればいいかわからなくて、レオのあたまをぽんぽんなでる。
レオは気持ちよさそうに目を細める。
法律的には、レオの兄になるのは華音の夫になる人だ。
まだ幼いレオにはわからない話だから、説明はしない。
何年か先、レオの義兄になるのは僕ではない誰かだろう。
想像すると、胸の奥がわずかにきしむ。
「ほら、プリンたべるよ。レオ、お皿片付けるの手伝って」
「はあい」
レオはすなおにうなずいて、空になったお皿を一枚ずつ持ち上げる。
僕も手伝ってテーブルをきれいにする。
「キョウジ、たすかるよ」
「ううん。作ってもらってるから、これくらいさせて」
食後のデザートに、うちの母さんお手製のかぼちゃプリンにコーヒーをそえて楽しむ。
レオはごまんえつのようだ。
「きょーくんのママのぷりん、おいしい」
「それはよかった。レオがよろこんでたって伝えておくよ」
華音もいつも以上に蕩けそうな顔でプリンを口に運んでいる。
「キョウジのMamaプリンもじょうずなのネ」
「うん。僕、小さい頃は食が細くてあまり食べられなかったから、父さんがいろんな食材を買ってきてくれて、母さんはこうやって食べやすい方法をいろいろ考えてくれたんだ」
おかげでここまで大きくなれたから、両親に感謝しかない。
「キョウジ、家族のこととてもだいじにしてる、良いね」
「そうかな」
褒められると、なんだかこそばゆい気持ちになる。
窓の外は薄暗くて、だんだんと外が賑やかになってきた。
時計を見ると花火大会の時間がせまっている。
「そろそろ行こう。レオ、くつはいて」
「わーーい!! はなび!」
華音が言い終えるより先にレオが玄関に向かって走り出す。
「待って、これつけなさい」
華音がレオの服に反射素材のバッジをくっつける。
マジックで名前と連絡先が記入してある、いわゆる迷子札だ。
「キョウジ、わすれものない?」
「ないよ。全部持ってる」
「レオ、ねむくなったら帰るのよ」
「はぁい」
最後の確認をして、今日のメインイベントである花火が見える場所へと移動した。
星がうっすらと見え始めた空のもと。
稲村ヶ崎の海岸線を歩けば、遊歩道にたどりつく。
穴場だとは聞いていたけれど、多少は人がいる。
「レオ、かたぐるましようか」
小さなレオでは視界が人で埋まって花火が見えなさそうだ。
提案したら、レオはすぐに飛びついてきた。
「いいの? する!」
かがんでレオを担ぐと、レオはきゃっきゃと笑う。
「わぁ! すごいねきょーくん! おそらがひろい!」
華音はどこか申し訳なさそうに聞いてくる。
「ごめんね。キョウジ、重くない?」
「大丈夫だよ。それに、こうしてると迷子にならないでしょ?」
「そう、だね」
華音は言いながら、僕のシャツのすそをつまんだ。
顔を赤らめ、僕から視線をそらす。
「……はぐれたら、こまるから」
手を、繋ぎたいな。
そんな気持ちにかられて、そっと右手を差し出してみる。
「そ、そうだね。はぐれたらたいへんだ」
華音はまばたきしたあと、おずおずと僕の手を取る。
繋がれた手はとてもあたたかい。
なんだか気恥ずかしくて、視線を空に移す。
ドン、と音がして、空が一瞬明るくなる。
黄色やピンク、様々な光が輪になって散っていく。
ひとつ、またひとつ。空に花が咲く。
まわりにいた観覧客が、スマホを空に向けている。
「はなび!!」
レオがはしゃいで肩の上で跳ねる。
「きれい」
「うん。きれいだね」
波が打ち寄せる音と花火の音が入り交じる。
風向きが変わって、潮の香りに、火薬の香りが交じる。
煙に覆われた空に花火があがり、光が半分ほど隠れてしまう場面もある。
レオはすっかり夢中だ。
こんなに喜んでくれるなら、花火につきあってよかった。
「なんだか、花火って音楽に似てるね」
つぶやくと、華音は僕を見上げた。
「花火と、音楽が?」
「……うん。花火はさ、ひとつ作るのにもすごく時間がかかるって聞いたことがある。打ち上げると、十秒たらずで終わっちゃう」
こうして話している間もまたひとつ、花火が上がって散っていく。
「ひとつは短くても、たくさん集まるとこんなに空が華やかになる」
楽譜の中で、必要ない音なんて一つもない。
すべての音が繋がって曲になる。
「うん、にてるね」
華音は僕の手をぎゅっと握る。
「……キョウジのピアノも、きれい」
レオが僕の頭をとんとん叩いて言う。
「きょーくん。ぼく、つぎのはなびもきたい」
来年の花火の頃、僕はこうしているのかな。
すこしだけ、僕自身の願いも込めて答える。
「そうだね」
途中でレオが眠ってしまったから、花火の途中だけど引き上げることにした。
もう一度家にお邪魔させてもらって、レオをふとんに運ぶ。
玄関を出るときに、華音は僕を呼び止めた。
「あのね、キョウジ。あたしも……また、いっしょにみたいな」
来年もこうして、華音のとなりにいていいんだろうか。
願わくば、来年も隣にいられますように。
「うん。……僕も、また一緒に行きたい」




