43. 帰って来たヒロ
(帰って来たヒロとハル)
「おかえり……」
「やー、……、これ北海道のお土産……、ほんと酷い目にあったよ。いきなり国防軍にさせられて……、帰れなかったんだ」
「知ってる……」
久しぶりのスワンだった。
以前とは、何も変わらない風景があった。
「変わらないね……」
お店の中には、お客が誰もいなかった。
そこにハルナが一人立っていた。
「何が……?」
「いつも奇麗だから……、……」
ハルナは、細かな花柄の白のパフスリーブのワンピースを着ていた。
いつか見たことのあるワンピースだった。
「一つ、お婆ちゃんになったわ……」
「僕もだよ……、その服……、見たことがある。パンツ、履いているの……?」
「パンツもブラも、着ているわ……」
ハルナは笑って、僕の傍まで歩いてきて、僕のすぐ前で止まった。
そして、体を九の字にまげて襟を摘んでワンピースの中を見せてくれた。
僕はそれを見て、ハルナの腕をとって抱き寄せ、一年ぶりにハルナを抱きしめた。
それから頬を寄せ、ハルナの体を撫ぜた……
「……、逢いたかったよ……」
「私も、……」
静かな店の中が、一瞬花やいで消えた。
僕は、ハルナを抱きしめたまま……、ハルナは、僕に体を預けたまま、声にはならない声で呟いた……
「ハムやソーセージ、チーズやヨーグルト……、ありがとう。手紙も嬉しかったわ……」
「帰りに、また牧場によったんだ。それでまた一式、ハムやソーセージ……、送っておいたから……、まだ、届いてないよね?」
「まだよ……」
「僕の方が、早く届いたね……」
ハルナは、もう一度、微笑んだが、それもすぐに消えた。
「手紙に書いた……、三億円……、牧場の人と、向こうで一緒に仕事をした戦友とハルとで……、一億円ずつ分けたんだ。だからハルには、一億円しか残らなくて、ごめん……」
「お金なんかいいのよ。ヒロが無事戻って来てくれれば……、あとは、何もいらないわ」
「こんな僕でも……、お爺ちゃんになるまで一緒にいてくれる……?」
「もちろんよ……、私がお婆ちゃんになっても捨てないでね……」
「捨てないよ……、ハルがお婆ちゃんになって、寝たっきりになっても、僕がハルを裸にしてオムツを替えてあげるよ……」
「あら……、恥ずかしいわ……」
ハルナは、僕を見つめたまま、また微笑んでくれた。
僕は、その唇に激しくキスをした……
そして、また店の中に静寂が戻った。
「……、携帯電話……、まだ繋がらないんだね……」
「でも、普通の電話は、繋がるようになったわ」
「ほんと……、羽田空港で、携帯で電話したんだ。でも繋がらないから、だめだと思っていたよ。公衆電話でかければ良かったね……」
「そうね……」
僕の腕の中のハルナを、もう一度力ずよく抱きしめ、その体を撫ぜた……
店の中にまた静寂が戻った。
「今日は……、お客さんいないの……?」
「そう……、こんな、ご時世だから……」
「でも、もう戦争は終わったし、国防軍も無くなったし……、僕も帰ってこられたし……、これから、良くなるよ」
「ヒロ……、まだ知らないの……? 地球は、もう終わりなのよ……」
「……、終わりって……」
「環境破壊で、温暖化で、もう一〇年は持たないんだって……、それで、選ばれた人だけ宇宙に移住するんだって……、私たちは置き去りよ……」
「……、どうして、それを知っているんだ……?」
「みんな、知っているわよ。ニュースでやっていたもの……」
「ニュースって、テレビの……?」
「そうよ……、それで世の中は、世界は、大混乱よ……、日本でも、国会議事堂の前で、毎日デモと集会で大変な騒ぎよ……」
「……、そう言えば、羽田も東京の街の中も、いつも賑やかだけど、今日は特に、身動きできないほど、混んでいたよ……」
「全国から、抗議の人たちが集まっているそうよ……」
「ほんと、……、どうして知れたんだろう……?」
「何処かの社長さんが、国際会議の中で、全世界に地球はもうダメだって、今まで秘密にしたことを話したのよ……」
「ほんと、それは、大変なことになったね……」
「私たち、どうなるのかしら……」
僕の耳元で抱かれながら話すハルナを優しく解放し、ハルナを僕の目の前に置いて、見つめて言った。
「大丈夫だよ……、宇宙移住の選ばれた人たちというのは、地球を壊してきた人たちだから……、宇宙へ行って、居なくなれば、地球は、また元に戻るよ……」
「ほんと、……、そうなの……?」
「そうさ……、人間は、そんなに馬鹿じゃない……」
地球は過去において幾たびか、繁栄と絶滅を繰り返してきた。
一つは地殻の変動により、火山活動が盛んになり、噴煙と火山灰の影響で寒冷化し、そこにいた生物の九割が絶滅したという。
一つは巨大隕石の衝突による環境破壊のため、恐竜時代が終わったという。
そして、もう一つは、これから起きようとしている、人間による環境破壊のための人間の絶滅かも知れない……
今、水平線に見えている赤い太陽は、これから上り行く太陽なのか……
それとも、水平線に沈み行く太陽なのか……
暁と夕映え……、同じ風景に見えても、その行く末は、人類が眠りから覚めた時に、気がつくのかも知れない……
おわり




