28. 贈り物とベガの通信機
(贈り物とベガの通信機)
夕方……、ジャージーホームに帰って来た。
「今日の晩ご飯は、何にする……?」
ヒカルさんが嬉しそうに言う。
「嬉しそうだね……」
リュウも、僕の横で……
「そりゃー、嬉しいだろう。1億円、入るかもしれないから……」
「まだ、分からないけどね」
ハルに贈ろうと思った宝くじの1等賞の3億円……
宝くじの前後賞、1億円に減っちゃたね……
でも、喜んでくれるよね……
幸せは、分かち合わなければいけないから……
「ち、違うわよ。そんなことよりも、みんなで晩ご飯が食べられることが嬉しいのよ。いつもは、一人だから……」、ヒカルさんは真顔で否定した。
「ヒカルさんも、早く結婚すればいいのに……」
「ヒロは、幸せね……、結婚したい人がいるのなら……」
「そうかもしれない。幸せだよ……、彼女のことを思っているだけで……」
「ご馳走様……、ごはん前から、お腹がいっぱいになっちゃったわ」
「ヒカルさんも、結婚……、どうですか……? リュウなんて、いい男だと思うけど……」
「はん……、誰でもって、いうわけにはいかないわよ」
リュウは照れたように……
「それは、こっちのセリフだよ」
「仲がいいね……」
「よくないわよ。それより、晩ご飯、カレーでいい? 昨日の霜降り肉が余っているから、焼き肉カレーにしましょう」
「それは凄い……、ヒカルさん、いいお嫁さんになるよ」
「あら、私が結婚したら、旦那に食事は、作ってもらうわ」
「俺……、料理できないよ」
「二人とも、時間がかかりそうだね」
ヒカルさんは台所、リュウはテレビの前のソファーに寝そべり、僕はベランダに出た。
今日もいい天気で、星がよく見える。
その下で、釧路の夜景が、街の賑わいを表すように明るくぼんやり浮き上がって見える。
幸せな家族が食卓を囲んでいる。
恋人たちが頬を寄せ合っている。
個人だけが幸せではない。その周りの人が幸せだから、僕も幸せなのだ。
でも、ヒカルさんが言ったように、この街のどこかにも、一人寂しく、個食をしている人もいるだろう。
ヒカルさんは、みんなと食事ができて嬉しいといった。
食事はただの栄養補給じゃない。食事を作る人から見れば、食べさせたい人への愛情であり、食べさせてもらう方も、作ってもらえる人への愛情と感謝がある。
きっと、みんなで食べる食卓は、愛情のてんこ盛りなのだ。
人への思い遣りや優しさは、そんな食卓の中から育まれるのかもしれない。
でも、個食だから、愛情が持てない人間になるとは言わないが、僕もハルと逢うまでは、長く、長く、一人寂しく個食をしていた。
でも、子供のころは両親と家族、楽しい食卓を囲んでいた。
嬉しかったのは、やっぱり焼き肉だったかな。
昨日みたいな霜降り肉じゃなかったけど、肉ばっかり食べちゃだめよ、野菜も食べなさいって言われたり、手巻き寿司で、大きなシャリの桶を囲んで食べたり、今、思い出しても心が温まる。
家族の愛情に包まれて、僕は暮らしていたんだ。
子供が成長する時期には、母親のおっぱい、家族団らんの食事が必要なのかもしれない。
昔は何でもない普通の家族の日常が、今は少なくなっているのだろうか?
子供に個食をさせてまで塾に通わせる家庭……、親の仕事で子供だけが個食をする家庭……、それが良いのか、悪いのか分からないが、愛情ホルモンと言われるオキシトシンやセロトニンは、深く愛情を感じられるときに分泌されるという。それは、想像だけでも、同じ作用があるが、その分泌量は少ない。
子供のころの個食だけが問題だとは言わないが、喧嘩の絶えない殺伐とした家庭も個食以上に問題だ。
今の世の中、愛情ホルモンの分泌が悪い大人が増えているように思う。
それは、子供のころの愛情を受ける体験が少ないからではないかと考えてしまう。
あの時も……、彼女は、そう言っていた……
「……、外で食事ですか……?」
「そうよ……、ベガに食事の楽しさを教えるのよ。家族団らん的な感じで……」
「それなら、本物の家庭が必要ではないですか……?」
「私と貴方では、父親と母親役には、ならないかしら、同じベッドを共にしていても?」
「その、その言い回しには、誤解が生まれそうですが……」
ここは、高層ビルの賑やかな屋上庭園のあるカフェのテラス席……
僕とスミレさんは、久しぶりに研究室を出て、有名レストランの食事に来ていた。
「まー、いいわ……、本物の家庭の中にベガは連れていけないわ。極秘だから……」
「そうでした。でもベガは研究室から出られるんですか? アンドロイドでもないし?」
「そこが、問題なのよ。センサーで私たちの体はモニターできても、それをベガに送る手段がなかったのよ。しかし、このブラックボックス……、完成したのよ!」
スミレさんは、黒いアタッシュケースをテーブルに置いた。
「凄いでしょう……、大統領が持つ核爆弾の発射装置に見えない?」
「見えますけど……、そんな恐ろしいものですか……?」
「そうね……、見ようによってはね……」
彼女は、アタッシュケースを開いて、その蓋を百八十度開いた。
その蓋の内側には鏡のような円形の装置が付いていた。
「……、通信機ですか……?」
「当たり……、小型のレーザー通信機ね。それも宇宙からの反射衛星を使ってね」
「こんな小さな目標に、それもピンポイントで、レーザーを当てられるんですか……?」
「ベガの解析力を使えばね。これも超極秘だからね」
「心得ています……、でも、テラスで食事をするわけでもないでしょう……?」
「窓側の見晴らしのいい席を三人分予約したわ」
「三人ですか……?」
「もちろん、茜も来るわよ。こんなおいしい話、あの子が来ないわけないでしょう。飛んでくるわよ。でも今日は教授に捕まって、四時には来るって言っていたけど……」
「家族らしく、賑やかでいいですね……」
「家族というよりも、デートと言った感じかしら……」
「そうですね……、お見合いの席にも似ていますね」
「誰と誰のお見合いかしら……?」、彼女は、嬉しそうに笑って言った。
「お待たせ……、……」
「あ、あ、貴女、ね……、何、その格好……?」
茜さんは、キャミソールに似たクロップドトップスとミニスカートのようなキュロットパンツでウエスト60センチを強調するようにおへそが見えるスタイルでやって来た。
「えー、もー、熱くって……、研究室のエアコンの中にいるから、外は体に堪えるわ……」
「あんた、そういう、露出趣味だったのね」
「こんな暑い日は、裸で歩きたいわ……」
「歩きなさいよ……」
スミレさんは、茜さんの開いた背中のキャミソールを引っ張って、脱がそうとした。
「だめー、……、これブラトップだから見えちゃうー」
茜さんは、胸をしっかり押さえて、体を丸めて抵抗した。
「見せたいんでしょう……」
「だめ、だめー、……、ここは研究室じゃないのよ。裸になるのは後でねー」
「じゃー後で、すっぽんぽんにするから……」
「スミレさんたちって、いつも研究室で裸になっているんですか……?」
「なっていないわよ!」
二人同時に向きになって否定するところが怪しい。
「それより茜……、腕のセンサーはどうしたのよ……?」
「あんな物付けて、外歩けないわよ」
「じゃー、茜は食事はなしね。これも実験なんだから、参加しないのなら食べられるわけないでしょう。経費で食べるんだから……」
「そんなー、今日、持ってきてないから、許して……」
「だめよ……、予備のセンサーもあるから、これ使いなさい」
「えー、予備まで持っているの……?」
「そうよ……、血液を採取するから一週間も持たないのよ」
「でも……、そんなの付けたら、かっこ悪い……」
「私みたいに、シャツくらい着てこないからよ」
「じゃー、お姉さんのシャツを貸して……」
茜さんは、スミレさんのシャツを引っ張って剥ぎ取ろうとした。
「だめよ……、私はどうなるのよ!」
スミレさんも、広く胸のあいたタンクトップのクロップドトップスの装いだ。
「二人で脱がし合わないように……、僕がシャツくらいプレゼントしますから……」
「ホント、買ってくれるの……? 嬉しいわ……」
「経費で落ちませんよね……?」
「落ちるわけ、ないでしょう」
「……、やっぱり……」
僕たちは、通信機をたたんで、このビルにあるファッションモールに寄ってからレストランに行くことにした。
外は、午後四時を回ったのに、まだまだ猛暑は収まらず、今日も40度越えの雲一つない快晴の空だった。




