始まりの樹
「そんな時手に入れたのが、建国記の初版本だ。…初版本とは言っても、世に出ることのない、初代国王の直筆の手記だ」
私は掃除をしながら見かけた、ほとんど読めなくなったあの本の背表紙を頭に浮かべる。
「建国の物語というのは、どこの国でもある程度の改編は当たり前なんだ。国威発揚のため、時代に合わせて、子どもに分かりやすいように、色々な理由で少しずつ変化している。でも初版本は…いや、この手記は、物語ではなくて、真実、歴史を綴っていた」
アレンさまの視線が聖樹の根元に落ちる。
「昔この場所には小さな国があった。ある日、その国に一人の男がやって来た。男は不思議な力を使って病を癒し、作物に実りを与え、災害から国を守ったそうだ」
「…魔物が出て来ない…?」
アレンさまは頷く。
「そう、最初から違っているんだ。遠い地からやって来た男は、ある日友人にこう告げた。〝自分は病を得た身だ〟と。この身はいずれあなたたちに疫をもたらす。〝静かに大地に還れる場所を与えて欲しい〟と願ったそうだよ」
わかってしまった。この話の結末が。
美しい物語の真実が…。
「いつまでも老いず、食べることも眠ることもなかったその男は、……死ぬことさえできずに…最後に自らをこの樹の中に封じた。いや、違う。最後に樹になる事を選んだんだ」
「……人々を、魔物からではなく、自分の魔力から守ろうとした…」
「おそらくね。ところが、だ。男が自らを樹に封じてから数十年後、この国に不思議な力を持つ赤ん坊が産まれるようになる」
「えっ?」
「ここからが僕らの知る国の始まりだ。およそ1650年前、この国に、産まれながらの魔法使いが誕生した。彼の誕生が、この国の始まり…建国の日とされているんだよ」
「だから……始まりの樹…?」
アレンさまは頷く。
「この樹はね、王都の南に立っている。今もまだ尽きる事の無い魔力を、南風に乗せて運んでいるんだ。国の起こりとともに当然に存在するから、まるで忘れられたように誰もここには来ない」
アレンさまが、じっと私の目を見つめる。
「セレス…、僕はね、どうやら〝二番目の樹〟に選ばれたらしい」
樹に選ばれた…。
選ばれた…。
選ばれたらどうなるの?
あなたはどこにいくの?
選ばれたら樹になるの…?
……ずっとここに一人で立つの………?
『〝聖樹〟にならざるを得なかった人がいたとしたら…?』
あぁそうか。
なりたいわけないじゃない。
何度も何度もあらがったに決まってる。
諦めきれなかったに決まってる。
それでも、そう、ならざるを得ない……
私の頬を流れる雫はどんな意味を持つのだろう。
彼の悲しみの肩代わり?
無力な自分への失望?
彼を失うことへの恐怖…
心が冷えて震えるような、恐怖。




