初任務③
私は今床を磨いている。1時前の私も床を磨いていた。そして恐らく1時間後の私も床を磨いているだろう。
何が言いたいかというと、この床磨きには終わりが見えないのである。
よその部屋に比べれば見た感じマシに思えたキッチンも、やはり数年から数十年分の通常の汚れはあるわけで、溜まった埃を掃き出すのにおよそ2時間、調理台とシンクの磨き上げにおよそ2時間、とりあえず座る場所の確保のためのダイニングテーブルのセットに小1時間。
脇目も振らず励んだ結果ようやく取り掛かれた床磨きだが、腕も腰も限界が近い。
「というか…広すぎるのよこのキッチン!何なら私の寮の部屋より広いわよ!格差の象徴よ!」
叫びたくもなるというものだ。邸宅の名に恥じない、ダイニングを備えた豪華なキッチンである。使われた形跡がないなんて、宝の持ち腐れもいいとこだ。
「今日中にここだけは…と思ったけど、どうやら無理そうね」
大きく確保された窓から外を見やれば、薄っすらと橙色に色づき始めている。
「16時には研究所に戻って今日の分の報告書を上げなくちゃ。残念だけど続きは明日ね……」
一つ溜息をついて凝り固まった体をほぐすと、掃除道具の片付けに入った。
帰り際持ってきた鞄を開くと、昼食にしようと思っていた研究所謹製の謎肉サンドイッチが出てきた。
名前の通り、具材の原材料が謎という何とも乙女心をくすぐる魔法使い向けの一品だ。
「私ったらお昼ご飯食べ忘れてるじゃない。あんなに動いたのに…。空腹を忘れるほどの衝撃的汚さだったってこと?」
謎肉サンドイッチを手に逡巡したあと、胸元から日誌を取り出し、そのうち1ページを破いた。
「お、コールデン帰ったか!」
研究所に戻ると、私にとんでも任務を言い渡した上司が声をかけてきた。
「ガーナー副所長、ただ今帰りました。今から本日分の報告書上げます」
「ああ…そうだな、報告書……か」
いつもの強面は変わらないが、どうも上司の歯切れが悪い。私の顔をじっと見ながら口の中で何かしらの言葉を飲み込んでいる。
「何ですか?奥歯に何か詰まってるんですか?いくら私が言葉をかけづらいほどの可憐な美少女でも、ちょっと気持ち悪いです」
「………変わりないようだな。報告書は簡潔でいい。書き上げたら退勤だ」
はぁ〜…と大袈裟に溜息をつき、その強面の眉間を指で揉みながら上司は言った。
さっそく報告書に取り掛かろうと自席に戻ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「何なのこの書類の山!机が見えない!え、なに、任務とは別に通常業務もやれってこと!?」
机の前であたふた喚く私に、同僚の多くは心の中で突っ込んでいた。『当たり前だろうが…』と。
セレス・コールデン、社会人6年目、今日が初めての残業であった。




