126.勇者さん、トウキョウ
圧倒的であった。
あれだけ苦労したウサギが全く手も足も出ない。
強い強いと思ってはいたが、まさかここまでとは……
月丸隊のツキハは茫然と目の前の出来事を眺めていた。
当事者であるウサギからは見えておらず、プレイヤーであるツキハからは見えている事象があった。それはウサギに掛けられた見慣れない状態異常……”無”であった。
「……何が起きているの……?」
「あらら……あの人……いや、モンスターか……まぁ、どっちでもいいが、可哀そうに……」
「っ!?」
ふとツキハの背後から別の人物……作業着を着ているが、明るめの髪に、やや西洋風の顔立ちをした青年が現れる。
「数ある状態異常の中でも無は特に凶悪。状態異常に掛かっている間、視界を全て奪い、暗黒の世界に叩きこまれる。まさに無慈悲って感じだな」
「……」
ツキハは勝手に語っている青年の言葉に耳を傾ける。
「それを生み出しているのが、師匠が持つ黒剣”スターク・ブラック”の追加効果……」
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■スターク・ブラック
AT+642
【効果】
攻撃対象を無状態とする。
【付与】
攻撃Lv1
速度Lv2
属性Lv1
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「まぁ、何を隠そう……俺が打ったんだけど……!」
青年が満足そうに微笑んでいるのを見て、ツキハは疑問に思う。
この人……
――誰……?
ツキハには分からなかったが、彼はミストという名の鍛冶師であった。
とはいえ、彼の発言は事実であった。
スターク・ブラックはジサンが所持していたノーブライトを元にキリガミネ高原ダンジョンで入手したブラック・ストーンなどの素材を使用し、ミストが生成したものであった。
更にそれに付与による強化も行っていた。
今回のジサンのウサギに対する圧倒劇には、ミストも大いに貢献していたということである。
ただし、ボスは長期戦になれば、状態異常や弱体化に対する耐性が付きやすく、同じ状態異常は効きにくくなることがある。
そのためこの戦術は、すでに月丸隊がある程度、ウサギのHPを削ってくれていたからこそできた部分も少なからずあった。
と、戦況を見つめていたミストがふと呟く。
「あいつもか……」
「……?」
ツキハも状況を確認する。
ウサギのHPがゼロに限りなく近づき消滅しそうになる。
と同時に、”ウサギ”の名称も消滅し、元の人間に近い姿へと変化したのであった。
「あいつ……まさか……!」
「あいつも改名石使った方がいいんじゃないか? ウサギからチキンに」
青年は嘲笑するように少々、意地の悪そうな笑みを浮かべながら言う。
ウサギもキョウトにいたモモと同様に、プレイヤーにキルされないために、プレイヤーに戻ったのであった。
同時に”無”の効果も切れたのか状態異常表示が消滅する。
「これで……これでキルされることはない……!」
「……」
「残念だったな、この野郎が……!」
ウサギは疲れたような目をしている中年男性の前で、興奮気味にそんなことを言う。
「ふむふむ……ニャるほどニャ~」
「っっっ!?」
が、しかし、すぐに再び青ざめた顔へと逆戻りする。
「ニャるほどニャるほど、ウサギ、君はそういうことをするんだニャ」
「い、いや……こ、これは……」
「いやいや、いいんだよ。プレイヤーに殺されないために、モンスターからプレイヤーに戻る。賢明じゃあないかニャ」
「はは……お褒めにあずかり光栄で……」
「でもさ、忘れてニャい?」
「は、はい……何をでしょう……?」
「プレイヤーに戻るとさ、今度はキルされちゃうんだよニャ……モンスターに……」
「っ……!? え、えーと、そ、それはどういう……」
「んー? 頭のいい君なら、わかってるよニャ?」
「っっっ……!」
「つまり、こういうこ……」
「うっ、うわぁああああ゛あああ゛あああ、やめぇえええ゛えええ゛ええ」
「ニャんてね」
「っ……!?」
「ニャッはっはっは……醜悪、醜悪……」
「……っ」
「今まで自分も同じことを繰り返してきたにも関わらずだよ? それなのに、滑稽にも生にすがる姿……実に醜悪ニャ」
「っ……」
「本当……最高にみじめで最高に好き」
「ふぇ……」
「うちはそういうみじめで滑稽なものが最高に大好物なんだニャ。これからも僕にその情けない醜態を晒しておくれニャ」
「……ふぁ……」
ウサギは全身の力が抜けたように腑抜けた声を出す。
「というわけで、今回の襲撃イベントはプレイヤー側の勝利ということでニャ」
そんなことを言いながらネコマルはふにゃふにゃになったウサギを二つ折りに畳んで肩で担ぐ。
「逃げるのか?」
それまで対峙していたサラがネコマルにそんな言葉をぶつける。
「うーん、それだけが心残りではあるんニャけど、流石に……えーと……決められたこと以上のことはできないニャ……ルールを守って楽しく遊びましょうってニャ」
「……」
「そういうことで、また遊びましょうニャ」
そう言って、ネコマル達は去っていく。誰も引き止めるもの、追うものはいない。
次第にウサギが生み出していたフィールドは消滅し、元の大講堂前の広場へ戻る。
◇
敵は去り、安堵からかツキハも力が抜け、その場でへたり込む。
「……だ、大丈夫……ですか?」
「っ……!」
そんなツキハの元に一人の中年男性が近づき、声を掛ける。
「……じ、ジサンさん……ありがとう……ございます……な、なんとお礼を言ったらよいか……」
「いえ……余計なお世話でなければよいのですが……」
「そ、そんなこと……!」
ツキハは精一杯否定する。
「でもどうやって……」
ツキハにとって、ついさっきまでキョウトにいたはずのジサンがこの場にいることが不思議であった。テレポート可能な牧場からもそれなりに距離があり、間に合うような時間はなかった。
「えーと……いただいた”転移陣”で……」
「っ!? な、なるほど……」
それを聞き、ツキハは複雑な気持ちとなる。
助けてもらうために渡したわけではなかった。
彼にとって何かの役に立ってくれればと渡したものであった。
だが、それがなければ今頃、自分達は消滅していたかもしれない。
「師匠はフレンドリストでずっとお前らのHPを確認しておられたのだ。感謝するのだな」
「あっ、ちょ、ミストくん、そういうのは言わなくて……」
「っ!?」
ツキハは未だジサンにミストと呼ばれた青年が何者なのかはっきりと把握はできていなかったが、それよりも……彼の発言が心に突き刺さる。
っ…………――――
「えっ……」
ジサンが戸惑いの声を上げる。
「っ……!?」
ツキハはその声で逆に何だろうと思うのであるが、すぐにその戸惑いの理由はわかった。
自分自身の頬に涙が伝っていたからだ。
「あ、あれ……なんでだろう……」
ツキハは右腕で頬を拭う。
しかし、ぽろぽろと流れる涙は簡単には止まってくれない。
それでも諦めずに、今度は両手でもって一生懸命に頬を拭おうとする。
「ぅぐ……ぅぐ……」
それも全然駄目で、むしろ水量が増してしまう。
「ごめ゛んな゛さい…………あ゛りがと゛う゛ございます」
感謝――来てくれて嬉しい。
それと同じくらい……自分の無力が情けない。
この人は自分のことをこんな大切に思ってくれている。
いろいろな感情が混ざり合って……
ツキハは大泣きした。




