memorys,91
名前を呼ばれた陽太は、驚きすぎて言葉を失くしてしまい、放心状態だった。いきなりの展開に、状況を把握できていないのは陽太だけではなかった。俊彦も涼華も、暉ですらも目を丸くして絶句していた。わたしはそんな中、晶の反応を恐る恐る窺っていた。
「こんなの納得できるわけないだろっ!!!!」
わたしの心配は的中した。案の定、自分が社長候補から外されたことに激怒した晶が、喚くように声を荒らげる。
「なんでだよ! こいつはもう朝比奈の名前を捨てた人間なんだから、こんな奴が社長だなんて誰も認めやしない!! ただの一般社員がいきなり社長なんて、朝比奈の顔に泥を塗るようなもんじゃないか!!」
「息子の言うとおりだ! 朝比奈の名前を継ぐものが後継者でなければ意味がないじゃないか!!」
「そうですよ、お父様。だからどうか考え直してください」
「黙りなさいっ!!!!」
会長の一声で、三人は一瞬にして身を強張らせた。また静まり返った部屋に、会長が深く息を吐く音だけが響く。
「なんの考えもなく、陽太を社長にするわけではない。寛二が亡くなり、涼華が再婚を決めた時は、確かに朝比奈の名前を継ぐものを次期社長にした方がいいとわたしも思い、陽太を副社長から外し、晶に任せた。だが、本当に晶が後継者として相応しい人間かどうか、一度見極めたかったからこその行動だった。お前は父親譲りなのか、仕事に関して少し横暴なところがあったからな……副社長としての仕事ぶりを時間をかけて見てみたかったんだ」
会長は先ほど秘書から手渡された茶封筒の中から、数枚書類を取り出す。
「秘書に頼んで、二人の仕事ぶりについては、逐一報告を受けていた。陽太は社員に戻っても地道に仕事をこなし、周りの社員からの信頼は厚い。だが、晶……お前は社員の時もいい噂は聞かなかったが、社長候補になってからはさらに社員をぞんざいに扱う態度が目立った。あのパーティでの出来事もそうだ……副社長としての参加にもかかわらず、権力を悪用して陽太を見下し、煽るような発言……わたしは見ていて恥ずかしくなった」
「そ、それはっ!」
「そんな中、陽太を家族として庇った亜矢……本当に頼もしかった。君の勇敢さに心打たれたよ」
「い、いえ」
急に話がわたしに移り、驚きながらも小さく答えた。
「君を見て、家族は名前や血縁など関係ないのだと深く考えさせられた。あの時からどうするべきかずっと迷っていたんだ」
「お祖父様! お、俺はこれから社長として真面目に頑張ります! だから、陽太ではなく俺をっ」
「お前はすでに朝比奈の名前を汚しかねないことをした自覚はないのか!!」
また茶封筒の中から書類の束を取り出すと、ベッドの上から勢いよくばら撒いた。会長の手を離れた紙はハラハラとわたしたちの足元へと散らばり落ちる。書類の中には写真も混ざっていた。ちょうど近くに落ちてきた一枚を、わたしは拾い上げる。その写真には、何度かわたしのところへやって来た記者と晶の二人の姿がはっきりと写し出されていた。
「お前は社長候補でありながらも、記者を使い他者を陥れようとした。これが朝比奈家をも巻き込む事態になりかねない、非道な行いだと気づかなかったのか!!」
「こ、これは……」
「裏でこんな小細工をするような卑怯者を後継者にできるはずがないだろう!!」
見る見るうちに青ざめていく晶を前に、もはや両親は何も言えずにいた。
「亜矢、怖い思いをさせてしまって済まなかった。孫の仕出かしたことだが、わたしからもお詫びさせてほしい」
「そんなっ!」
「俊彦くんにも迷惑をかけて申し訳なかった」
「いえ、そんなとんでもありません」
会長は厳しい目で晶と、その両親を見据えて言い放った。
「朝比奈晶……お前は明日からまた一般社員としてわが社で働いてもらう。だがしかし、また横暴な態度や陰険な裏工作をするようであれば、血縁だろうが関係なく会社を辞めてもらう。わかったな?」
さっきまでの威勢の良さはどこへいってしまったのか、悔しさに顔を歪め、今にも地団駄でも踏みそうな雰囲気だった。
「本来なら、そろそろ会長の座を誰かに譲りたいところだが……まだ動けるうちは、このままわたしが会長としてゆっくり次期会長を見極めていきたいと考えている。決して血縁者だからと油断する気持ちは切り捨てておけ……この会社を守るためであれば、他人に任せる選択肢もあることを肝に銘じなさい」
「わかりました、会長……それでは、わたしたちは失礼いたします」
「待ちなさい。陽太が社長となった今、息子に情けはかけたいが……少しでも甘い顔をすれば付け上がるだろう。だから、お前は専務からやり直せ。今の専務を副社長に就任させる」
「っ……父さんのご命令どおりにします。お前たち、もう行くぞ!」
弟夫婦は身動きできなくなった晶の手を引き、そそくさと病室から出ていった。ドアが静かに閉まっていく様子を見届けてから、ようやく重苦しい空気から解放されたように、みんなが息を漏らした。
「済まなかったね。本来なら君たちを巻き込むべき問題ではなかったのだが、こんな形で迷惑をかけてしまって、改めてお詫びしたい。本当に孫の不手際、誠に申し訳なかった」
そう言って深々と頭を下げる会長に、涼華と俊彦が慌てたように駆け寄る。
「お父様は何も悪くないんですから頭を上げてください」
「そうです、今は身体を大事にして、回復することに専念してください」
「ああ、ありがとう」
さっきまでの厳しい目は消え、今は優しいおじいちゃんの顔へと戻っていた。その姿に安堵していたわたしの隣で、陽太が一歩前へと踏み出し、会長に向かって深く頭を下げた。
「会長、ありがとうございました。これからは社長の名に恥じぬよう、精一杯、精進していきます」
少し涙ぐんだ陽太を見つめ、会長の表情はさらに柔らかく、穏やかなものになっていった。
「本当に陽太は父親にそっくりだ。君なら立派に会社を守っていける……これから共に会社を守っていこう」
「はいっ!! よろしくお願いいたします!!」
こうして、わたしたちは新年の朝日がまばゆく光る中で、新たなスタートを切ったのだった。




